第一章 陰陽師姫神隠しの怪に遭う話 六
謎の美少年登場。
次の日の朝、伽羅はいつもの通り淑景舎へ朝の膳を下げに行くと、橘侍従に呼び止められる。
「源典侍殿、待たれよ。」
何ごとかと立ち止まる。
「実は折り入って話があるのだが、この後またこちらに来てもらえないだろうか。」
伽羅は初めてのことで一瞬考えた後、
「分かりました。
一度戻って仕事を片付けますので、後ほど参上いたします。」
と、答える。
「ああ、ではよろしく頼む。」
と、言いながら何故か釈然としない顔つきの橘侍従を不思議に思いながら、伽羅は内膳司へと下がって行く。
昼過ぎ、細々とした仕事を終わらせて伽羅は再び淑景舎へと赴く。
(呼び出されるなんてやっぱり昨日のことよね?
侍従様は私のこと気付かなかったと思ったんだけど。
あのもう一人の若い男のほうかしら。
初めて見た顔だったけど…。)
庭が見渡せる庇近くの部屋に通された伽羅は、まだ硬い蕾をつけた桜の木を眺めながら物思いに耽っていると、橘侍従が部屋に入って来た。
その後に続いて昨日見た若い男が入って来た。
「お待たせした。」
「い、いいえ。」
動揺しているのを隠して伽羅は若い男をそっと伺う。
歳の頃は伽羅と同じぐらいか少し上か。
まだ少年と言ってもいいような少し幼さの残る顔は、特徴的な濃い緑色の瞳の切れ長の眼に高い鼻梁、きりりと形の良い眉をした整った顔立ちをしている。
じっと見られて気恥ずかしくなり思わず俯く伽羅を見た橘侍従は、
「この方は私の本家筋に当たる家の若様で、一の皇子様の側近見習いとしてこちらに来られている。名は…」
「翡翠でよい。」
と、若い男はぶっきらぼうに言った。
そして伽羅に訝しむような目を向け、
「そなたはなぜ昨日あの屋敷に居た?
兄の手伝いか?」
と、問うてきた。
(ああ!全てバレていた…。
確か初めて会ったと思っていたんだけど。)
気まずげに伽羅は正直に答える。
「ええ、陰陽寮の役人の父より頼まれまして神隠しの件について調べております。」
「一体そなたは何者だ?」
「陰陽師にございます。」
「そうか…。
そなたが元陰陽頭 源 尋明殿の孫か。」
思いがけない名に
「え!祖父をご存知で?」
「ああ、幼い頃、大変世話になった。」
と、昔を思い出すような遠い眼をした。
「ところで、我々もこの神隠しの事件について調べる事になった。
明日、一番最初に神隠しに遭ったとされる中務寮の大江 秀正殿に話を聞く手配をしている。
そなたも一緒に来い。」
「え!私もですか?」
「ああ。そのままの姿でいいぞ。
ま、童の格好も良く似合っていたがな。」
と翡翠はニヤリと笑った。
夜、曹司に帰り、伽羅はかるらに今日何だが良く分からないままに橘侍従達を手伝うことになった経緯を話した。
「その翡翠って人、ちょっと変わってますね。
ま、姫様も変わってますけど。」
「え、そう?」
そう、伽羅もこの時代のお姫さまの基準より自分はだいぶズレている自覚はあった。
祖父は伽羅に陰陽師としての自分の知識と経験の全てを伝えた。
それは座って知識を学ぶだけでなく、異形のものとの戦い方も含まれていた。
だから宮中に上がる前の小さかった伽羅は男の子の格好をして剣を振り、野山に分け入り薬草や毒草を探し、実際に式神や異形のものを呼び出したりと普通の貴族のお姫さまとはかなり違う生活をしていた。
それらに恐れをなした侍女達はあまり伽羅に付きたがらず、結局はかるら一人となった。
伽羅の母が早くに亡くなり、男手だけで育ったこともあるだろう。
まあ、伽羅は祖父や父、兄からもたくさんの愛情を受け、特に気にせず育ったのだが。
(翡翠様か…。
不思議な人だわ。)
褥の中、伽羅は明日の事を思いながら静かに眼を閉じた。
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