第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 十三
一夜明けて…。
次の日、穏やかな眩しい朝の光に伽羅は目を覚ました。
昨日の大極殿での出来事が嘘のようだ。
褥から起き上がろうとして、右足首が少し腫れ、ズキッと傷んだ。
その痛みで昨日の事が夢ではなかったと実感する。
(あの後どうなったのだろう。
お父様はお兄様は御上は。そして翡翠様は…。
あの異形のモノは何だったのだろう。
真白は悪霊だと言っていた。でもどうして今なのだろう…。)
今ここで考えても分からないことだらけだ。
「あっ、伽羅姫様。お目覚めですか。」
「かるら!戻って来てたのね。」
「はい。お身体は大丈夫ですか?」
「ええ、右の足首はまだ少し痛むけど大したことは無いわ。それよりあの後、宮中はどうなったの?
お父様とお兄様は無事なの?御上も倒れられたと…。」
「では、まずは朝のお支度を。」
身支度をし、朝餉を食べ終わった伽羅は改めてかるらに昨日の事を尋ねた。
「最初に御上のご容体ですが、命に別状は無いようです。が、時々何かにうなされながらずっとお眠りになっているようです。
それで殿様がお側についておられます。
殿様と若様、橘蔵人様は無事です。きっと姫様の護符のお陰ですね。
でも新左大臣様と藤右大臣様、瑠璃姫様のお父上の兵部卿の宮様、堀川の大納言様、東院の大納言様と東三条の権大納言様など何故か高位の方ばかりが八人も御上と同じような容態で伏しておられるそうです。」
「そんな…何てこと。それではこのままでは神隠しの時と同じで衰弱してしまうわ。
何とかしないと…。」
「そうですね。突然のことで宮中も大混乱で翡翠様、あっ東宮様も大変忙しくしておられました。」
「そう。お元気なのね…。」
「それなのに姫様聞いて下さいませ!
皆、とんでもなくバタバタしているのに、あの後梨壺(昭陽舎)でお休みになった瑠璃姫様が東宮様を何かと理由をつけてなかなかお離しにならないのです。
東宮様も放っておけばいいのにデレデレして…
あんのヘタレが…。
で、黙って見ているのもイライラするから帰って来たのです!」
「えっ、ええ…?」
プンスカしているかるらに、伽羅は
「とにかく、かるらが戻って来てくれて嬉しいわ。
まずはすぐにあの悪霊について調べないと。
完全に浄化できたと思えないし。
伏している方々を解呪する方法を見つけないと。
午後から宮中へ行くわ。御上のご様子も詳しく知りたいし。」
かるらからあの後の翡翠と瑠璃姫の様子を聞き、伽羅は心がぎゅっと掴まれたように痛んだ。
あの時の二人の様子を思い出すと息が出来なくなるような苦しさが蘇る。
(私、失恋したのね。この気持ちを伝えることさえ出来なかったけど…。)
昼過ぎ、家人が伽羅に来客を告げに来た。
訝しく思って客間に向かうと、そこには少し疲れた様子の琥珀が座っていた。
「琥珀様!」
「伽羅殿、足の痛みはどう?様子を見に来たんだ。」
「えっ、それはありがとうございます。
まだ痛みはありますが何とか大丈夫です。」
「そう、良かった。
それで伽羅殿は今日内裏へは行くの?」
「はい。その後のことも気になりますし。」
「では、私も行くから付き添うよ。
まだ一人で歩くのは不自由だろ。」
「ええ、でも…お願いします。」
内裏に着いて、皇位継承第二位の若くて美丈夫な中務卿の宮に抱きかかえられるようにして歩く伽羅はすぐに大勢の注目を浴びることとなった。
昨日の、和やかな饗宴の最中に突然起こった事件の騒動も冷めやらぬ中、得体の知れぬ異形のモノに襲われた人達の恐怖は相当なものだった。
幸い今のところ死者は出ていないが、今なお帝を始め何人かの男達は意識が戻らない状態だ。
そんな恐慌の中、剣と呪符を持ち、長い髪をなびかせて現れたこの美しい小柄な少女は、神々しい神獣達を従え、立太子したばかりの凛々しい東宮と共に異形のモノに対峙し、見事に怪異を打ち祓った。
聞くところによると、東宮に授けられた伝説の剣はこの少女の力によって与えられたものだという。
人々はこの陰陽師の少女を憧憬と感嘆と畏れを持って見た。
伽羅も周囲の人々の目がいつもと違うことに戸惑いを隠せずにいた。
伽羅の失恋。
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