第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 十二
災い襲来す。
春の晴れ渡っていた空が嘘のように暗雲が広がり、強い風が吹き砂埃を巻き上げる。
先程まで東宮と瑠璃姫の演奏に酔いしれ、宴に浮かれていた人々が怯えた様子で辺りを伺っている。
ドロドロドロと低い雷鳴が響き渡り風が吹き荒れる。
その時、強い閃光が走り、バリバリバリピシャンドォーンと耳をつんざく轟音がして大極殿が大きく揺れた。
そこにいた人々はその場に倒れ伏した。
伽羅も立っていられず膝をつく。
南庭の奥に立っていた背の高いクスノキに雷が落ち、天辺から途中まで大きく幹が裂けているのが見えた。
そしてもうもうと黒い土煙が舞う。
風が止み、土煙が落ち着いた。
でも伽羅は立ち上がり警戒を解かずじっと辺りを見回し前へ出る。
生臭い臭いが立ち込める。
いつの間にか伽羅の側には、牛のような角に額には三っ目の眼を持ち白い炎を纏った大きな神獣、白澤の姿の真白と、その半分ぐらいの大きさの、二本のふさふさした長い尾を逆立て、鋭い牙を持ち赤い炎を纏った黒い妖狐の姿の玄丸がいた。
「伽羅、用心しろ。来るぞ。」
「分かってる。行くわよ。真白、玄丸!」
伽羅は呪符を左手に、小刀を右手に構える。
雷に打たれ、白い煙を上げている樹のすぐ近くの土の上に黒い靄のようなものが立ち昇る。
まるで土の中から滲み出してきたような黒い靄が少しずつ集まっていき、ぼんやりと人の形を作る。
その黒いモノがズズッ、ズズッとこちらに近づいて来るたびにだんだんと人の形をはっきりさせていき、顔には赤く血走った眼が睨んでいた。
若い男のようだ。
その場にいた人々はそのあまりの禍々しさに息を飲み声もでない。
「真白、あれは…。」
「強い怨念を感じる。怨霊、いや悪霊だ。」
「来るわ!」
玄丸もフーッと全身の毛を逆立て、赤い炎が激しくなる。
黒い悪霊がゆらりと手を前につき出すと、地面から染み出るように無数の丸い黒い煙のようなものが湧き出て長い尾を引きこちらへ飛んできた。
伽羅は咄嗟に呪を唱え、自分と近くにいた二の皇子に結界を張った。
黒い球はよく見ると人の頭部のようで、結界に弾かれジュッと音を立て消滅した。
真白は青白い炎を吐き次々と燃やし、玄丸は赤い炎を纏った鋭い爪で切り裂いていく。
どこからか金色の鳶の姿の迦楼羅も参戦し、鋭い嘴で次々と黒い球体を消滅させている。
伽羅も人形を鳥のように飛ばし、小刀で切りつける。
気がつくと近くで青龍の剣を手に、舞うように黒い球を切り裂いている翡翠もいた。
五人で防戦するも数が多すぎて消滅を逃れた黒い人の頭部は大きく口を開き、公卿の男の頭を飲み込んだ。
飲み込まれた男は苦しそうに呻めきながらばたりと倒れた。
人々が逃げ惑い泣き叫ぶ阿鼻叫喚の場と化した大極殿に、
「御上!」
と、叫ぶ源蔵人頭の声が響いた。
「伽羅、埒が開かん。本体を浄化しろ!」
叫ぶ真白の声に、伽羅はすぐさま尊勝陀羅尼の呪符を手に、左手で印を結び呪ともに悪霊に向けて放った。
呪符からは白い眩しい光が溢れ、男達を襲っていた黒い球体と、真っ黒な人の形となった悪霊が光の中、蒸発するように消えていく。
最後に赤い眼が伽羅を睨みつけ溶けていった瞬間、一気に爆発のような生臭い突風が起こった。
その場にあった食器類が割れる音と御簾や旗が吹き飛び散乱し、人々は倒れ伏した。
一番近くにいた伽羅も同様に立っていられず長い袴に足を取られて側の柱に叩きつけられた。
風が収まった大極殿の中は、たくさんの人が倒れ、泣き叫ぶ女の声や散乱した器物に騒然としたありさまだった。
混乱を収めるように、父、源蔵人頭が下知を叫ぶ。
「衛士の者、弦打ちをいたせ!
御上がお倒れになった。急ぎお運びせよ!」
我に返った平舎人と衛士達は、急いで魔を退けるといわれる弓の弦を弾き音を立て始める。
ビイーン、ビイーンと弦打ちの音が宮中に響き渡る中、伽羅が起き上がろうと体を起こすが、右足首に痛みを覚え顔を歪めた。
それを見た翡翠が伽羅に駆け寄ろうとした瞬間、
「翡翠お兄様!わ、私…。」
と、目にいっぱい涙をため、儚げな姿で震えている瑠璃姫が気を失いくずれ落ちた。
「瑠璃!」
駆け寄った翡翠が抱き起こし、横抱きにして伽羅を見ることも無く出て行った。
呆然とする伽羅に、
「伽羅殿、大丈夫か。」
と、優しい声がかかる。
「琥珀様。」
心配そうに焦茶色の瞳が揺れている。
「手を貸すよ。歩けるかい。」
大きな温かい手に引き上げられ、翡翠よりも背の高い腕に支えられて伽羅は歩き出した。
源家の牛車へと向かう間、突然の悪霊騒ぎと翡翠と瑠璃姫の仲睦まじい様子、様々な事がいっぺんに溢れてきて混乱している伽羅を抱えて琥珀は黙って送ってくれた。
伽羅を抱えて牛車に乗せ、
「疲れただろう。ゆっくり休んで。」
「ありがとうございます。」
それだけいうのが精一杯で、伽羅は静かに目を閉じた。
伽羅活躍す。
どうした翡翠…。
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