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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 八

伽羅の複雑な思い




 淑景舎の庇の間で、一の皇子、伽羅、頼子姫、大江学士の四人は話し合いを続けていた。

 今日の本題、伽羅の兄が星見で見た例の事例のことだ。


 天文学で帝を表す北辰星を犯すように横切った火球と東を司る青龍、つまり東宮を示す尾宿を覆う靄について、陰陽寮から帝へ天文密奏が行なわれた事を報告する。


 天体の動きに何か異変が見られた時、緊急に行われる天文密奏であるが、この二件の事例は不吉なものと言われていた。


「やはり俺の立太子を控えての何かの悪い予兆か…。」

 

眉をひそめる翡翠に、


「でも今回の立太子は二の皇子様があの様な事態となられ、反対する勢力も無く、皇子様が東宮に就かれるのに何の障害もないはずでしょう。」


と、頼子姫が淡々と答える。


「その通りです。何せあの青龍の剣を授かった、選ばれし正統なる日嗣の皇子様でいらっしゃいます。」


大江学士も同意する。


 伽羅も口には出さなかったが、この一年少しの付き合いで、翡翠の勇敢さと聡明さ、そしてぶっきらぼうだった態度の裏で何事にも真摯に向き合う姿を見て、東宮に相応しいお方だと思っている。

 そして何より、解呪の時に触れた先祖神の加護を受けた金剛石のような美しい魂の輝きはこの国を守り導く希望の光だ。

 だから、二十日余りに迫った立太子の礼と、帝の御代に対する不安を取り除く為に伽羅もお力になりたいと思っている。


「陰陽寮で記録を調べたところ、八十四年前の弘順の帝の御代に明け方西の空に火球が現れたとあります。

靄については何度か記録があり、昨年の秋、畢の宿辺りにも見られました。

父がこれを皇子様の呪詛の事件によるものと判断し、密かに御上に奏上しています。」


と、伽羅が報告する。


「弘順帝の御代に確か、大変な災いが起こったと記録にありましたが…。」


大江学士が記憶を探るように口にする。


「災いとは?天災や戦乱、疫病に飢饉と色々あるが…。」


と皇子も続く。


「いえ、わかりません。

何故か詳しい記録が残されておりません。」


「なぜそのようなことが。」


一同にしばらく沈黙が続いたが、頼子姫がハッと顔を上げる。


「確か、その御代に生きた曽祖父の日記には、『宮中を震撼させる(おそ)れ有り』という記述がありました。

何があったとは記されてないが、それが原因となって公卿などが入れ替わり、確か帝も伏された後、代わられたと…。」


 有力な貴族の家には日記という形で代々子孫に引き継ぐ家伝書がある。

普通は当主となる男子が読むものだが、頼子姫の家にも在るようで、精読しているようだ。


「何かある。どこにも記されていない何かが。」


皇子が呟いた。


 古い時代のものではあるが、詳しい記録が一切残っていないという不自然さの裏に、何が起こったのかという手がかりを探すため、一旦今日の話し合いは終了となり、四日後再び集まることとなった。



 伽羅は先程の話し合いの席で初めて見た頼子姫の様子を思い出しながら、淑景舎からの長い廊を歩いていた。

 頼子姫は、口調は男性のようで少しきつい感じはあるが、とても聡明でハッキリと自分の意見が言える知性的な美しさのある女人(ひと)だと思った。

 翡翠様とはサバサバと遠慮なく意見を言い合えるような良い仲となるだろう。

もし妃となれば、将来、背の君をしっかりと支える賢妃と呼ばれる方になるに違いない。

 

 そんな事を考えていた伽羅は、鼻の奥がツンとする思いに気づく。

 家柄、容姿、才能、どれをとっても自分は頼子姫には敵わない。

 自分が優れているのは陰陽師としての能力だけ。

翡翠や御上からも側で力になって欲しいと言われている。

それだけで充分だと思っていたのに…。

じわりと涙が滲んだ。



「君、大丈夫かい?」


急に伽羅の後ろから柔らかな男の声がした。


 伽羅は慌てて袖で顔を拭い、振り返るとそこには心配そうに眉を下げ、こちらを伺う優美な貴公子が立っていた。


「あ、中務卿の宮様。」


「誰かと思えば源陰陽師殿か。どうしたの?こんな所で。」


「い、いえ、ちょっといろいろあって。

もう大丈夫ですので。」


「ならいいけど…。陰陽寮へ帰るのかい?

私も退出するから送ろう。」


「えっ、そんな…。」


「遠慮しなくてもいいよ。さあ。」


 ふわっと笑う宮様に逆らえず、伽羅は一緒に後宮を後にした。


 大内裏への道すがら、宮様はポツポツとたわいもない話をしてくれる。

 強引でない距離も心地良く、いつしか伽羅は少し微笑んでいた。


「源陰陽師殿はとても素晴らしい才能(ちから)を持っていると思うよ。」


「えっ?」


「東宮の神器の話を聞いたよ。君が授けたって。」


「いえ、私ではありません。

私を守護してくれている神獣の力です。」

 

「でも、その神獣を従えている君の力を、能力をもっと誇っても私は良いと思うよ。」


「ありがとうございます…。」


 今までそんな事を言われたことのない伽羅はドキドキした。


 そうしているうちに陰陽寮に着いた。


「またいろいろ話を聞いてもいいかな。源陰陽師殿。」


「はい。わざわざありがとうございました。中務卿の宮様。」


「あ、私のことは『琥珀(こはく)』と呼んでもらえると嬉しいな。」


「では、私のことも伽羅と。」



 琥珀色のきらきらした濃い茶色の瞳が優しく微笑んだ。

 




また違うタイプのイケメン登場。


お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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