第三章 陰陽師姫の失恋と最後の戦いの話 七
悪役令嬢(?)登場
「源陰陽師にございます。遅くなりました。」
沈丁花の花の香の漂う廊を抜け、伽羅は淑景舎のいつもの庇の間の御簾の前に少し緊張しながら立つ。
「伽羅殿こちらへ。」
橘侍従に促されて入った部屋には、正面に一の皇子が、その右脇に若い男、左脇には若い女が座していた。
伽羅は勧められて皇子の前に橘侍従と並んで座る。
「よく来てくれたな。」
と、皇子が笑いかける。
左の若い男がこちらを向くと、伽羅も見知った、今は東宮学士として皇子を教育している大江秀正だった。
「源陰陽師殿、久しぶりです。
あの時は大変お世話になりました。」
「まあ!あなたは大江様…。」
一年前、伽羅達の最初の神隠しの事件で被害に遭い、伽羅に悪しきモノを払ってもらったことがある中務寮の下級文官だったが、あの時よりすっかり顔色が良くなり、落ち着いた聡明そうな若者となっていた。
そしてそんな二人のやり取りをじっと見ていた視線に気づいたのか、皇子が伽羅に左脇に座っていた女を紹介した。
「伽羅、初めてだろう。
こちらは新左大臣、藤原経信公の息女の頼子姫だ。」
紹介され、伽羅は改めて頼子姫を見る。
歳は伽羅より少し上ぐらいか。
少しキツく見える切れ長の眼に綺麗な形の額つきの冷たそうに見えるが大変美しい女が、鋭い目つきで伽羅を見ている。
「源陰陽頭の娘の香子でございます。」
と、挨拶した伽羅に、
「ふむ、源三位殿の娘か。
女だが陰陽師をしていると?」
と、凛とした声だった。
そして感情の読めない眼差しでじっと伽羅のことを上から下まで見ている。
「は、はい。女ですが、父や兄に祖父のような陰陽師としての才が顕れなかったので、そのように育てられました。」
「そうか。祖父というのは稀代の陰陽師と呼ばれた源尋明殿のことだな。
才というのは見鬼の才といわれるものか?」
「え、祖父のことをご存知なのですか?」
「ああ、私の祖父の遺した日記に何度か出てきた。
ではそなたが見鬼の才を受け継いだのか。」
「ええそうです。と、いっても私が受け継いだものは視るというより、匂いで分かるといったものですが。」
「ほう、ではそなたも式神を使うことができるのか?」
頼子姫は冷たい眼差しは変わらないが、少しずつ伽羅の方へにじり寄ってくる。
「はい。式神も使えますが、私を守ってくれている神獣様がそばに居ます。」
「何と…。」
「それでは皇子様に伝説であった青龍の剣をお授け下さった神獣様というのも源陰陽師殿の?」
と、今度は右脇に座っていた大江学士も伽羅ににじり寄ってきた。
「はい…。」
二人からの圧がすごい。
「それは俺から説明しよう。」
翡翠が少し苦笑しながら話しだした。
「昨年秋に前左大臣の屋敷で伽羅と餓鬼を討伐した際、伽羅の守護神獣の迦楼羅天より授かったものだ。
その時は餓鬼を斃すのに精一杯でそれとは気付かなかったが、伝説の通り刀身に龍の象嵌と龍の頭を形どった柄頭に両目には緑色の翡翠が入っていた。
今はこんどの立太子の礼の時に下されるため、父帝に預けてある。」
「伝説の東宮の神器…。」
頼子姫が呟く。
「ええ、早くこの目で拝見したいですね…。」
大江学士も同じように呟く。
「それから、その迦楼羅天ともう一人、伽羅の守護神獣である白澤様も名と姿を変えて淑景舎にいるぞ。」
「ええっ!あの全ての知識に精通し、邪を祓うといわれている瑞獣と呼ばれるお方が…⁈」
「何と!ぜひお会いして話を伺ってみたい…。」
大江学士と頼子姫が呆然としている。
先ほどから二人とも何だか動きが似ている気がする。
「それに神獣様ならもう一人ここにいるぞ。玄丸!」
「アオーン!」
部屋の隅に置かれた籠の中からくあーとあくびをしながら黒い子猫が出てきた。
「あっ。ヒメサマ、来てたんだー。」
と、伽羅にすり寄る。
「「ええーっ!!猫(?)が喋った…⁈」」
今度は言葉まで同調した。
「ああ、コイツは神獣の妖狐だ。
真の姿は知らんがここで小舎人童をしている。」
「「はあーっ。」」
二人の様子を見て、伽羅は思わずくすくすと笑いか漏れた。
頼子姫も、もちろん大江学士も悪い人では無さそうな気がした。
神獣様、ペット化してます…。
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