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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 二十七

いよいよ第二章 最終話です。



 先日まで、賑やかに鳴いていた虫の音も、いつしか止んでいた晩秋の静かな夜、清涼殿の庇の間に酒を酌み交わす二人の男の姿があった。


 酒のせいか少し上気した凛々しい(かんばせ)に憂いを滲ませ、


「長く生きると悔いることの方が多くなるものだな。」


と、帝が呟く。


「何かお心に懸ることがおありになるのですか?

盛仁(もりひと)様。」


こちらも秀麗な顔を少し赤くして雅忠が問う。


 昔と同じ名で呼び掛ける幼馴染の従兄弟を帝は目元を和らげて見た。


「そうだな。今更悔いても仕方の無いことなのだが、人の思いとは(ぎょ)し難きものよのう。」


「さようでございますな。思いの持ちようで、人は慈母にも鬼にもなりますゆえ…。」


「全く。俺も亡き中宮ばかりに執着する鬼になっていたのかも知れぬ。

今まで俺は何をやっていたのだろう…。」


 苦悩を滲ませる帝に雅忠は、


「後悔する事が出来ることこそ人間(ひと)かと…。

それに嘆く事ばかりではございません。

御上には次代を継ぐ立派な若木がお育ちになっておられます。」


「そうだな…。

宗興(アレ)がしっかりと根を張るまでもう少し見届けてやるか。

それにそなたの所の()も、今はまだ(ほころ)びかけた蕾だが、やがて美しい大輪の花を咲かせるのであろうな。

それまでお互い、こうして()(ごと)を言いながら酒を酌み交わすことも良しとするか。雅忠。」


「はい。それでこそ大樹にございます。盛仁様。」


 和やかに盃を重ねる二人に、人が減りひっそりとした後宮の淑景舎の辺りから、遠く賑やかな楽の音が流れてきた。




 同じ頃、淑景舎では伽羅、翡翠、橘侍従、真白、かるらの五人で賑やかに慰労の小宴が開かれていた。


 鴨や塩漬けの鮭の焼物に根菜の焚き物、鮑の蒸し物、牛乳から作った()、果物に甘い唐菓子に白酒、橘侍従特製の()()まで、豪華な食事が並ぶ。


 皆、気分良く食べ、飲み、皇子が「十六夜」の銘のある琵琶を弾き始めると、橘侍従も高麗笛を持ち出した。

 曲は遥か異国の西域の響きのある「稜山」だ。

琵琶と笛による早い調子の賑やかな曲調に、真白は何か懐かしそうに顔を上げ、かるらは堪らず胡旋舞のようにくるくると回りながら踊り出した。

 伽羅も扇を打ちながら調子を取り、笑い、大いに盛り上がった。


 そして宴がひと段落着いた頃、翡翠が真面目な面持ちで皆を見回し口を開く。


「今回の事、皆には本当に感謝している。

一年前、何の希望も持たず、無為に毎日を過ごしていた俺は、伽羅達に出会い、急に世界に色が付いたような気がした。

辛いことも大変なこともあったが、あの時からは考えられない程、今、毎日が充実している。

知っての通り次の新年の除目(じもく)で俺は立太子する。

今まで以上に困難な事も起こるかもしれないが、もっともっと強く、賢くなって皆の事守れるようになる。

だから伽羅、俺の側に居てくれないか。」


 言い切って伽羅を見ると、耳まで顔を赤くして俯いていた。


(はっ!今、俺は…。

こ、これではまるで婚姻の申し出のようではないか…⁈)


「ち、ちがっ。えっと…。その…。それは…。」


真っ赤になってゴニョゴニョ言っている翡翠に、伽羅も、


(だ、ダメ。勘違いしては!

私は御上からも頼まれた皇子様の陰陽師なのよ…。)


「は、はい。お任せ下さいませ。

精一杯お勤め致します…?」


「あっ。ああ…。」


「……。」


「……。」


 二人の周りには生暖かい視線が三つ…。


「ううんっ。少し部屋が暑いか。」


橘侍従がニヤニヤしながら半蔀(はじとみ)を半分ほど上げた。

 伽羅はひんやりとした空気に外へ目をやると、


「あっ、雪! いつの間にか雪が…。

綺麗。まるで(はな)のよう。」


「ああ、あの春の宴の夜を思い出すな。」


 暗い空からチラチラふわふわと白い雪が舞い降りて来る。


 翡翠は脇にあった琵琶を手に取り調子を合わせ、(じょう)と、掻き鳴らし弾き始めた。

 あの春の夜と同じ「想恋夫」だ。


 甘く切なく響く琵琶の音は伽羅の心を締め付ける。

 以前、帝より紅葉賀の舞人の褒美として授けられた濃紫の袿を肩からふわりと羽織り、琵琶を弾く翡翠の姿は絵のように艶めかしい。


(私は今、恋をしている。苦しい恋だけど…。)


 甘い余韻を残して曲が終わる。

部屋の中はいつの間にか二人きりになっていた。

 伽羅がくしゅっと小さなくしゃみをした。

翡翠が柔らかく笑い、


「冷えてきたな。蔀を下ろすか。」


と、立ち上がる。


「い、いえ、このままで。」


と、少し恥ずかしがる伽羅に、


「ではこうすると暖かい…。」


 翡翠は伽羅の横に腰を下ろし、伽羅の肩に手を回しふわりと袿をかけた。

 一枚の袿を二人で羽織る距離の近さに伽羅は身を固くした。

でもふわっと香る伽羅の大好きな橘の花のような爽やかな甘い香りと肩に回された手の温かさに、


「温かい…。」


と、思わず呟いた。


 伽羅の頭の上からふっと笑う声がして、


「ああ、温かいな…。」


と、呟く。 

 また背が伸びたようだ。


 白い花びらのような雪が後から後から降り積り、全てを白く変えていく。

 善きものも悪しきものも。

 美しきものも醜くきものも。


 この白い世界でたった二人きりになったような心細さを覚え、伽羅は翡翠にそっと寄り添った。

 肩を抱く手が強くなる。


 二人は無言で静かに舞い落ちる雪をいつまでも眺めていた。


 

 




 




第二章無事に完結致しました。

ありがとうございました。


閑話を挟みまして、

「第三章 陰陽師姫の失恋と最後の事件の話」

をスタートいたします。


いつものメンバーにたくさんの新キャラを加えて、ますますすれ違っていく二人と翡翠の立太子にお妃騒動、伽羅のモテ期?

そして新たな事件の予感…。

ハッピーエンドを目指しますのでどうぞご期待下さいませ。


また、ブックマークや評価等、頂けましたら嬉しいです。

どうかよろしくお願いいたします。










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