第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 二十六
あと二話で二章も終わりになります。
秋も終わりの日の午後、伽羅は父と共に久しぶりに後宮、清涼殿の昼御座にお召しを受けた。
帝にお目もじするのは二回目だ。
案内され、中に入ると先に翡翠が対座していた。
「来たか。源陰陽頭、香子。」
「はっ。失礼つかまつります。」
二人は翡翠より少し控えて横に座った。
並んだ三人を見て帝が口を開く。
「こたびの皆の働きにより事件を解決できたこと礼を言う。」
「かたじけないお言葉でございます。」
三人か叩頭する。
「宗興が呪詛に遭い、香子も罪を着せられ、左大臣や中宮があの様な事になったのも、ひいては亡き中宮や叔父貴の事も、全て朕の未熟で弱き心が為せることであった。
今となっては許しを乞うことも出来ぬが、もう二度とこのような事を起こさぬと肝に命じよう。
宗興、香子、雅忠、済まなかった。」
帝は三人を前に頭を下げた。
「父上…。」
「御上、御頭をお上げ下さい。
もったいなきお言葉に御座います。」
雅忠が思わずにじり寄った。
伽羅も今回のことは思いもよらなかった受難であったが、皇子様を解呪した事も、その後の討伐も自分が望んで行ったことであり、まさか帝に頭を下げられるとは畏れ多くて思っても見なかった。
でも素直に省みて謝罪できる帝の度量の深さに感嘆した。
斜め前に座っている翡翠に少し似ている面差しに、じんわり心が温かくなる思いがした。
「そして源香子よ、宗興の呪いを解き、中宮と基康を助け、悪鬼を討ちこの事件を解決したこと誠に見事な働きであった。改めて礼を言おう。
雅忠の言う通り、当代一の陰陽師である。」
急に褒められた伽羅はドキドキしながら口を開く。
「もったいなき事にございます。
私一人ではなく皆の力によるものにございます。」
「そうか。」
満足そうな帝は翡翠に向き直り、
「宗興も呪詛に倒れるも、その後の働きは素晴らしいものであった。よくやったな。」
「はっ。有り難きお言葉に存じます。」
と頭を下げた。
「それと父上、こちらをご覧下さい。」
翡翠は白い布で包んだ物を帝に差し出した。
「これは?」
帝は翡翠が差し出した包みをゆっくり開き中にあるものを見て驚愕の表情を浮べた。
「何と、これは!まさか…。」
布に包まれていたのは剣だった。
長さは二尺とあまり。
鋼でできた反りの無い直刀の両刃の細身の剣には、先端の切先から柄にかけて金の象嵌で見事な龍の姿が彫られてあり、持ち手の柄頭は龍の顔となっていた。
龍の両目には濃い緑色をした翡翠が嵌め込まれている。
今は金色ではなく研ぎ澄まされた青白い光を放っていた。
「この剣は二条の左大臣邸て鬼を斃した時、香子を守護している式神の一人、迦楼羅天が我に授けた物です。」
「香子は叔父貴と同じく式神を使うのか…。
それにこの剣は『青龍の剣』に間違いない。
まさか実物をこの目にするとは…。」
「え⁈ あの伝説の剣ですか…。」
遥か古の神話の時代、天つ神の血を引く御子が地上に降り立ち、苦難の末、三つの山に囲まれた聖なる地で即位しこの国の初代の帝となった。
後に息子の一人に自分の後継の証として与えたのが「青龍の剣」である。
そうしてこの剣を持つ者が次の帝となるが、長い年月の中、いつしか剣は失われ伝説のみが残った。
方角と季節を司る四神の一柱である青龍は、東の方角を護り季節は春を司る。
よって皇太子のことを東宮、または春宮という。
まさに青龍の剣は東宮の象徴ともいえる神器であった。
感に耐えない面持ちで、帝は一の皇子を見た。
「そなたがこの剣を授けられたのなら、神に選ばれし紛う事なきこの国を継ぐ後継者である。
宗興親王よ、立太子せよ。」
「そなたも分かっておるだろう。
次の後継が定まらなかったために数々の諍いが起こったことを。
もう迷う余地は無い。そなたこそが相応しい。
東宮となり次の帝と成れ。」
あまりの展開に翡翠も後ろで見ていた伽羅も雅忠も言葉を失った。
長い沈黙の後、両手を前につき振り絞るように翡翠が答える。
「不肖ながら謹んでその儀をお受け致しまする。」
「よくぞ申した。宗興。」
帝は破顔している。
雅忠も
「ご英断呪言申し上げます。」
と、嬉しそうである。
伽羅もこのような重大な瞬間に立ち会った感動と少しの寂しさの混ざった気持ちで顔を赤くしている。
帝は晴々とした表情で伽羅に声を掛ける。
「どうかこれからも、宗興のことを近くで支えてやってくれ。陰陽師の姫よ。」
「え?はい。お任せくださいませ。」
と、伽羅も微笑んだ。
伽羅はこれからも陰陽師として精一杯皇子様をお助けしていこうと心の中で誓った。
思わず振り向いた翡翠の耳が赤くなっていたことに伽羅は気づくことは無かった。
伽羅ちゃんちょっと違う…。
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