第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 二十二
流血注意です。
二の皇子はクサクサしていた。
せっかく見舞いに来てやったのに母にも祖父にも会えないし、使用人達も何かビクビクしていて屋敷の中も雰囲気は最悪だ。
かと言って、後宮へ帰ってもますます腹が立ちそうだ。
それでウロウロして家令より決して立ち入ってはならないと言われていた北の裏庭へ入ったのは偶然だった。
そこにはあまり手入れのされていない林のような中に窓の無い、倉庫のような大きな建物が建っていた。
(おや?こんな所に建物があったのか。)
何となく近づき周りを見るが、入口の戸には閂がかけられ、人の気配も無い。
興味を失い行こうとした時、建物の中からガリガリと大きな音がした。
一瞬ビクッとしたが、
「誰か居るのか?」
と、声をかけるが返事はなく、音も止んだ。
少しだけ、中を覗くつもりで閂をずらしてみる。
その時閂の下方に貼ってあった護符のような札がぱらりと落ちたのに気が付かなかった。
「ガッ!」
と、鋭い音をたて、戸の隙間より人でもない獣のものでもない大きな長い爪が板に突き刺さった。
メリメリバキバキと軋む音とともに建物の入口の戸が壊され吹き飛んだ。
その勢いに飛ばされて地面に転がった二の皇子は、その壊れた戸からのっそりと出てきた異形のモノを見て悲鳴を上げる。
「うああああっー!」
ギョロリと白く濁った目がこちらを見た。
(鬼だ…!!)
人の身長よりはるかに大きな体は屍のように茶色く、顔や腕や体中至る所に血がこびりついたように赤黒く変色し汚れている。
枯れ木のようにガリガリに痩せた手足に浮き出た肋骨、腹だけが異様に大きく膨らんでいた。
裂けた口からは牙をのぞかせ、額の真ん中には一本の角があった。
「ひっ…!」
恐怖のあまり足腰が立たず座ったまま後へ下がろうとする二の皇子に、ジリジリと鬼が近づく。
「く、来るな!向こうへ行け!」
と、泣き叫ぶが、鬼は二の皇子に覆いかぶさるように飛びかかり、逃げようと暴れる身体を押さえつけ肩に鋭く尖った牙を立てた。
「ぎゃあああっ!!」
再び上がった悲鳴に伽羅達は声のした庭の林の方へと急ぐ。
林の中には戸がぼろぼろに壊された大きな建物があり、その前に人の形をした大きな異形のモノが男の上にのしかかりその肩に噛みついていた。
その時、前方の横手から
「基康!」
と声を上げ、女が走り出て来て異形のモノの背中に飛びついた。
頭皮が透けて見えるほどまばらな白い髪を振り乱し、痩せて皺だらけの顔と骨ばった手足をした老女が叫びながら異形の背を掻きむしるさまはさながら鬼女であった。
異形のモノは顔を上げ片手で、長い爪で女の背中を引っ掛けるように切り裂き地面に叩きつけた。
女は血まみれになりながらも地面を這い庇うように男に縋りつく。
「母上⁈」
男がうめくように呟いた。
「あれは鬼か…⁈
それに基康とあれが中宮なのか…。」
翡翠が呆然と立ち止まった。
「伽羅、あれは餓鬼だ。」
と、真白が言う。
「餓鬼…。」
伽羅がつぶやいた。
餓鬼とは食べても食べてもなお満たされぬ強い飢餓感に苦しみ続ける地獄にいるという鬼だ。
口の周りに血を滴らせた餓鬼が倒れている二人に再び襲いかかろうと腕を振り上げた。
「いけない! 真白!」
一瞬で青い炎をまとう全ての智慧を司るという神獣の「白澤」の姿になり駆け出す真白と、伽羅は懐より取り出した呪符を放つ。
呪符は白く光り二人を包み込む結界となる。
真白は大きく跳んで前足で大きな鬼を弾き飛ばした。
鬼はドォーンと凄まじい音を立て建物に激突し、建物の壁を突き破り辺りに黒い土煙が舞い上がった。
二の皇子のやらかし回
でも何か憎みきれないんですよね。
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




