第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 二十一
いよいよ決戦
ひさびさの伽羅と翡翠のタッグです
いよいよ実行の日が来た。
昼を過ぎ、曇天の下、大内裏の皇嘉門にはものものしい出立ちの男達の姿があった。
追捕使として任を負った一の皇子翡翠は、武官の衣装の黒い袍に腰には太刀を佩き、幼なさの残っていた美しい顔立ちは今、凛々しい青年のものへと変わりつつある。
両脇には同じく武官姿の橘侍従と付き従う検非違使を始め従者達の姿がある。
そんな中、歩行で近づいてくる二人の人の姿があった。
すらりとした体躯に白皙の顔、髪は結わずに長く垂らしてある年齢の分からない男は人の形をとった真白だ。真っ白な狩衣を着ている。
そしてそんな真白を従えるようにこちらも真っ白な童のような水干姿の伽羅だ。
長い髪を高く一括りにし、小柄な身体はまるで神子のようだ。
突然現れた謎の二人の神々しい中性的な美しさに周りの男達も穏やかではない。
二人は翡翠の前まで来るとスッと片膝をつき、
「皇子様、お呼びにより参上致しました。」
と、頭を下げた。
「よく来てくれた。伽羅。」
久々の伽羅の元気な姿を見て、翡翠は胸が熱くなる。
(よし、行こう。)
「皆の者、これより出立する。
行く先は二条左大臣邸。咎人を捕縛する。
心してかかれ!」
「「はっ!」」
翡翠の号令に全ての男達が片膝をつき声を上げる。
左大臣邸は宮城を出てすぐだ。
しばらく歩くと黒い築地塀に囲まれた広大な屋敷が見えてきた。
大きな四脚門の前で隊列が止まった。
伽羅はこの屋敷から立ち昇る禍々しい穢れの臭いに思わず息を止める。
(やはり兄様の星見の通りだわ。此処に間違いない。それにしても…。)
そして翡翠に向き直り、声を掛ける。
「皇子様、ここには大きな穢れの気配があります。このままでは皆に悪い影響が出るでしょう。
清めの加護を付しますのでしばらくお待ちを。」
男達が伽羅を不思議そうに見ている。
「このお方は…?」
男達の一人が訊ねる。翡翠が答えた。
「源陰陽師殿だ。伽羅、頼めるか。」
「はい。お任せ下さいませ。」
伽羅は懐から呪符を取り出し、ふわりと空へ投げた。
そして小さく呪を呟くと、辺りが白い光に包まれ、清浄な白檀のような香りの風が吹き、きらきらと淡い光が消えていく。
「おおっ。」
どよめく男達の声に
「これで大丈夫でございます。」
と、伽羅はにっこり微笑んだ。
そして橘侍従が声を張り上げる。
「帝の命により、追捕使、宗興親王のお越しである。
すぐさま開門せよ!」
門の内より騒めく人の声がして、しばらくして大きな門が開く。
「追捕使である!この屋敷を改める。
主である藤原師頼の元へ案内せよ。」
家令なのか、年配の男が進み出て、
「主はただ今病にて伏せっております…。」
「構わん。寝所へと案内せよ!」
と、畳みかけるように翡翠が言う。
「は、はい。」
しぶしぶといった感じで男は北の対の寝殿へと歩みを進める。
広い屋敷の中は暗く澱んだようにひっそりしていた。
寝殿の最奥、御簾と几帳を何重にも巡らせた寝所らしき所へ一行は案内された。
「追捕使である。神妙にいたせ!」
翡翠の号令で検非違使達が几帳を引き倒した。
中には褥が敷いてあるのみで人の姿はなかった。
「伏せっているのでは無いのか。逃げたのか!
どこへ行った!」
思わず家令らしき男を怒鳴りつけた橘侍従に、
「い、いえ、それは…その…」
と、おどおどと答えたその時、
「うああああっー!!」
と、広い裏庭の方向より男のけたたましい叫び声が聞こえた。
少し前、邸内がガタガタと急に騒がしくなったのを不審に思い、中宮は御簾の内より側に控えていた侍女に声を掛けた。
「この騒ぎは何事か?」
「は、はい。ちょっと見てまいります。」
と、側を離れた侍女はしばらくしてバタバタとはしたなく戻ってきた。
「御方様、大変にございます!
屋敷に追捕使と検非違使達が入った模様にございます。
追捕使は一の皇子様だとか。」
「何と!憎らしや…。
それで基康はどちらに行った?」
「それがお姿が見当たりませぬ。」
「うああああっー!!」
庭の奥から響く叫び声に中宮は臥所より起き上がる。
「この声は基康!まさか…。」
几帳を倒し、御簾を引きちぎり、髪の毛を振り乱し単衣姿で駆け出した中宮の尋常でない様子に侍女達は後を追うのも忘れ固まっていた。
いやーな感じ…。
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