第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 二十
決戦に向けてそれぞれが動き出す。
帝のたっての希望で陰陽寮の長官に復帰した源雅忠は、部下に隠密に調べさせた報告書に端正な顔をしかめた。
先日の一の皇子が呪詛された事件では、呪いに使ったと思われる形代が見つかったり、伽羅が解呪した際、それに抵抗するように呪詛の力が強まったり、明らかにある程度の力を持った陰陽師が関与した形跡があった。
陰陽寮に属する公の官吏である陰陽師の他に少数ではあるが市井にも陰陽師は存在する。
噂では金を積めばどんな事でも引き受けると言われている、裏社会で暗躍する者もいるらしい。
そうした者達の一人だといわれている、弓削 乙麿と言う陰陽師が、最近急に羽振りが良くなり、隠行法師とかいう蓬髪の怪しげな者と花街で派手に遊んでいるという。
その二人が二条の貴族の屋敷街で姿を見かけた後、行方が分からなくなっているという。
同じく賀茂 国氏という名の、以前陰陽寮の官吏だった能力もある陰陽師が、博打で身を持ち崩し、市井に下ってから最近姿をくらませたという。
ほぼ同じ時期に少なくとも三人の陰陽師が姿を消していた。
(偶然では無いなこれは。むしろ疑わしい。
一の皇子様に報告せねば。)
と雅忠は思った。
かるらも後宮の侍女仲間達から妙な噂話を聞いてきた。
弘徽殿で下女をしていた女が、突然淑景舎の下働きを始め、数日後、大金が手に入ると言い残して急に後宮からいなくなった。
ちょうど伽羅が拘束される前だったという。
この時期を考えると何らかの関わりを考えられなくも無い。
真白は猫の姿で二条の左大臣邸へ忍び込んだ。
主人の左大臣の姿は確認出来なかったが、二の皇子の母の中宮が宿下りしており見舞いのため、二の皇子も滞在していた。
二人とも病ということで、屋敷の中は何か陰気な雰囲気が漂っている。
怪しい所がないが探っていると、広い庭の奥にポツンと大きな道場のような建物があり、結界が張ってある。
中をうかがうことは出来なかったが、建物からは幻覚作用のある芥子の匂いと、淑景舎の床下に埋まっていた形代と同じ酸のような腐敗した臭いが漂っていた。
それに何よりこの建物からは濃い穢れの気配がある。
中に死体でもあるのかも知れない。
(やはりこの建物が怪しい…。)
確信を得た真白はすぐさま淑景舎へと帰って行った。
源陰陽頭とかるら、真白からの報告を受けた翡翠は、ますますの確信を得て狙いを二条にある左大臣邸と定め、左大臣を捕縛する決意を固めた。
「明後日に決行を決める。行き先は二条左大臣邸。
禍の元を断つ!」
「伽羅に連絡を頼む。」
翡翠は今回伽羅を呼び寄せることに、その後の伽羅の体調と再び危ない目に合わせるかも知れないことを考え躊躇した。
でも、自ら感じた伽羅の能力は絶大だった。
正しく当代一の陰陽師だと思う。
それに、ただ純粋に伽羅に逢いたかった。
三条の屋敷に戻った伽羅は、潔斎を続けながら静かにその時を待っていた。
一時は体力も気力も使い果たして寝込んでしまったが、今はもう元通りで、幸い解呪による後遺症も無さそうだ。
今回、初めて解呪を行い、自分の陰陽師としての未熟さを思い知らされた。
そして人の思いの強さというものを改めて実感した。
人を強く思う気持ちは力になる。
それが善いものであれ、悪いものであっても。
(必ず真犯人を見つけて皇子様の御身を守る。)
私も強くありたい。
そう願わずにはいられなかった。
静かにその時を待つ二人。
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