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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 十七

復活!

久々の翡翠のターン



 寒さを増した爽やかな秋の朝、淑景舎の一画にかるらの甲高い声が響く。


「皇子様、そろそろお(いで)下さいませ!

姫様のお着替えをいたしますので。」


「あっ、ああ。」


 翡翠はつまみ出されるように几帳の外へ出た。


「まったく。あなた様は何をやってるんですか。

未婚の女性の寝所に入り浸るなぞ…。」


「ちがっ。そ、そんなことは。」


 真っ赤になって否定する様子に橘侍従は生暖かい目でため息をつく。


「とにかく、伽羅殿が心配なのは分かりますが、目が覚めたらすぐにお知らせしますので、皇子様もお休み下さい。

まだ体調も万全ではございませんので。」


「分かってるんだが…。」


 翡翠が呪いにより倒れ、伽羅の決死の働きで目覚めてから三日が経った。

 二日目には驚くべき回復力で床を払うまでになり、それからずっと翡翠と入れ代わるように眠り続ける伽羅の枕元につきっきりとなっている。

 じっと眠っている顔を見つめ、時たま生きているのか確かめるように頬や手にそっと触れ、心配そうにうなだれている。

 そんな翡翠の姿を見て、かるらは、伽羅の褥の足元には猫の真白が丸くなって寝ていたが、


(こちらはまるで忠犬のようね…。)


と、密かに微笑ましく思った。


「皇子様、そんなにまじまじ寝顔を見つめられていたら、姫様も恥ずかしがられます。」


と、抗議する。

 きっと伽羅も後から知ったら、変な寝言を言ってなかったかとか、よだれを垂らしてなかったかとか、気にするし恥ずかしがるに違いない。


「では自分の部屋に帰るが、伽羅が目を覚ましたらすぐに呼んでくれ。」


と、名残惜しそうに御簾をくぐって出て行った。



 医師からは過労だと言われたが、それと解呪の時に無理をしたからだとも分かっている。

 翡翠は自室で横になり、手枕をしながら自分が意識を失ってからの八日間のことを考えていた。

 目覚めて二日目、翡翠は枕元に橘侍従と真白、かるらを呼んだ。

 三人から自分が五日間眠っていた間に起こった事の一部始終を聞いた。


 自分が呪詛により命を狙われたことにももちろん強い怒りを覚えたが、それ以上に伽羅が毒殺犯として投獄され遠流に処されかけたことに頭に血が昇るような衝撃を受けた。

 そして今、伽羅が自分の命をもかけた解呪を行い、気力を使い果たして眠っているという事実に悔しさと申し訳なさに拳を握りしめた。

 自分と伽羅を助けるために、伽羅の父と兄、橘侍従、真白、かるらの皆がそれぞれに奮闘してくれたこともありがたく思う。


 目覚めてすぐに父帝が淑景舎に見舞いに訪れ、自分と伽羅が無実だという事も分かってもらえた。

 後は早く体力を戻して、一刻も早く呪詛を行った真犯人を捕らえることだ。


 そう考えた翡翠は、早速清涼殿へと向かい、父帝への御目通りを願った。

 


「宗興か。身体の方はもう大丈夫なのか。」


「はい父上。ご心配をおかけ致しました。」


「そうか。良かった。でもまだ無理はいたすなよ。」


「はい。かたじけなく存じます。」


「して、何用だ。そなたがここへ来るのは珍しい。」


「御上。どうか私めにこの度の呪詛の件の真犯人を捕らえる命をお与え下さい。

私自身を、大切な者を傷つけられ、このままでは納得がいきません。

どうか追捕使の任をお授け下さい!」


「あい分かった。

宗興親王、そなたを追捕使に任命する。

存分に奮闘するがよい。」


「御意。必ずや犯人を捕まえて見せましょうぞ。」


 帝は怒りを滲ませ平伏している息子の顔を見て、


(急に良い面構(つらがま)えになりおって…。)


と、にやりと笑った。



 淑景舎に帰った翡翠を待ちかねていた橘侍従は、


「伽羅殿が目を覚まされました。」


と、告げる。


 急いで飛び込んだ几帳の中で、伽羅は青ざめた顔でかるらに水を飲まされていた。


「伽羅!目が覚めたのか!」


 駆け寄った翡翠に伽羅は一瞬びくりとしたが、弱々しいが笑顔で、


「皇子様。よくご無事で…。」


 翡翠はその言葉を聞き、伽羅へ伸ばしかけた手を止めた。


(翡翠ではなく皇子と呼んだ…。)


 弟である二の皇子により自分の正体がバレたことは聞いていた。

 最初は特に隠していた訳ではなかった。

そのうち何となく今更明かすのも気恥ずかしくなり、名のることで真面目な伽羅が今までのように気軽に身近に接してくれなくなるような気がして言い出し辛かったのだ。

 そして今、伽羅との間に何となく見えない壁を感じていた。

 それでもとにかくちゃんと礼を言わねば。


「伽羅、私のせいで辛い思いをさせて悪かった。

そして助けてくれたこと礼を言う。」


 と、頭を下げた。


「皇子様、頭をお上げ下さいませ。

本当にご無事で良かった…。

皇子様をお救いできたのは私一人の力だけではありません。

皇子様のことを祖父が、御母上様が、そしてご先祖の精霊(しょうれい)様方がお守りあそばしておいででした。」


「そうか…。私は今まで自分は一人きりだと思っていたが、たくさんの方たちに守られていたのだな。」


「はい。決してお一人ではいらっしゃいません。」


 伽羅はにっこり微笑み、静かにまた目を閉じた。



 翡翠は温かな気持ちと少しの寂しさを感じ、そっと几帳を出た。








伽羅の復活はしばらく時間がかかりそう。


お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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