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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 十六

流血表現があります。

伽羅の男前回

痛い事ばかりさせてごめんなさい。



 淑景舎にある一の皇子の寝所の御帳台の上で、伽羅は静かに眠っているそのお姿を見ている。

 

 閉じられた瞳の色は見えないが、高い鼻梁に形の良い眉、薄い唇。

青白く少しやつれたその端正な顔はまさしく翡翠のものであった。

 

 伽羅は改めて確認して、もう手の届かない方となってしまった寂しさに堪え、今はただ、この方を自分の命を掛けてもお救いしなければという強い使命感と、それでもなお捨てきれていない恋心に打ち震えていた。


 寝所に急きょ護摩壇を設え、炉に真白が清浄な火を入れる。

 壇を作り屋敷から持ってきた物と、皇子様の御名と宿曜を記した呪符を置き、その上に大ぶりの高坏を乗せ、中を持ってきた湧水で満たし、かるらから邪を祓うといわれる(しきみ)の枝をもらい水に沈めた。


 準備は整った。


 伽羅は心を鎮め、静かに呪詞を唱え始める。


「オン サンパラ サンパラ…。」


 祝詞と共に用意してきた呪符を炉に焚べていく。青白い炎が勢いを増す。

 高坏の中の浄水を樒の枝に浸し周りに振り撒く。

部屋の中に濃く漂っていた腐臭が白檀のような清い香りに消されて薄まっていく。


 その時、伽羅は頭に鋭い痛みと眩暈が襲い強い吐き気を覚えた。


(相手の呪詛の力が強くなった!)


 伽羅はその痛みに耐えるように気を引き締め、唇を噛み左手で印を結び呪を唱える。

口の中に血の味が広がった。

 

 呪詛とは特定の人に対して、負の感情や怨みを持った者がその人を害する目的を持って、術者の力を借りて行う行為である。

 陰陽道において、呪詛は外道であり禁忌である。

呪いが成就しても返されても、呪いを掛ける本人はもちろん術者にも何らかの大きな代償と危険を伴う。

 それでも呪詛を行おうとするのはまともな者ではない。

 そのような者たちを相手に、伽羅はそれを上回る強い力をもってこの呪いを跳ね返さなければならない。

 翡翠の生きたいという思いと伽羅の守りたいという思いの強さが呪いに打ち勝つ力になるのだ。


 伽羅の祓いの力に対抗するように一段と呪詛の力が強まった。

 薄まっていた腐臭が再び酷くなり、体中が痺れるように痛む。少しでも気を緩めると意識が飛びそうだ。

 伽羅の鼻から血が伝い白い浄衣に赤いシミを作る。


(くっ、駄目…。翡翠様は死なせない!

お守りしてみせる!)


 伽羅は力を振り絞り、叫ぶように呪詞を唱える。


「掛けまくも(かしこ)き天つ大御神、尊き(すめらき)先祖(みおや)神、八百万(やおよろず)(たち)の大前を(おが)み奉りて(かしこ)(かしこ)みも(もう)す。

尊き皇の血を継ぐ正統なる日嗣の御子、宗興親王に掛かる諸々の禍事(まがごと)、穢れを祓え給い清め給え。

尊き血に連なる(すえ)、源香子の血を以って恐み恐みも白す。」


 伽羅は唱え終わると懐から小刀を取り出し、左の掌を迷い無く切りつけ、血の滲む手を御名が書かれた呪符の上に叩きつけるように置いた。

 そして金色に輝く樒を勢いよく青白い炎の中に気合いと共に投げ入れた。


「オン!!」


 炎が高く燃え上がり、呪符から白く眩い光が放たれた。


 伽羅の身体は静かに前へ倒れた。


 

 どれくらい経ったのだろう。

伽羅は寒さと息苦しさを覚えて目を覚ました。

ここは何処だろう。

 目を凝らしても真っ暗で何も見えない。

真っ黒な水の中に漂っているみたいに、前後上下も分からない。

 この真っ黒なものが体の中に染み込んでくるような不思議な感覚で息が苦しい。

 ここは意識の中、または魂だけの空間か。

 そして取り巻く黒いモノからは強い憎しみや悪意といった人の負の感情を感じる。

 苦しい。心が絶望に染まって行く…。


 その時、温かいものが伽羅を包み込む。


(ああ、息ができる…。この懐かしい感じは…。もしかして…。)


 向こうに小さな光が見える。

金剛石のような七色の輝きを淡く光る温かな気配が守るように包み込んでいる。

 伽羅はたまらず手を伸ばす。


(あぁ、これは…。翡翠様?)


 途端に輝きを増した七色の光に、まとわりついていた黒いモノが蒸発するように消えていく。 

周りに眩しく温かな光が満ちていく。


「はっ!」


 目が覚めたような感覚に伽羅は辺りを見回す。

先ほどと同じ護摩壇の前で、心配そうに見つめる真白とかるらの顔があった。

 それ程時間は経っていないようだ。

 火の消えた炉に樒の燃えた細い煙と仏香のような清らかな香りが漂っていた。


「姫様大丈夫ですか。」


「ええ…。嫌な臭いが消えている…。私はやりとげたのね。」


 伽羅は急いで起き上がり、椀に高坏の中の水を掬い、そおっと皇子の枕元へ運び控えていた橘侍従に手渡す。


「この水を皇子様に。」


「承知した。」


 橘侍従はそっと皇子の頭を抱え起こし口元に椀を宛てがうが、上手く口には入らず脇へ流れていく。


(お願い。一口だけでも…。)


 伽羅は思わず椀をもぎ取り、水を自分の口に含み、そっと皇子の唇に重ねた。

 水を飲み込む気配がし、唇を離し祈るように見守る。

 しばらくすると、瞼が僅かに動き薄く目が開けられた。

ぼうっとした様子で彷徨っていた視線が伽羅を捉える。

伽羅の大好きな濃い緑色の瞳だ。

 息を吐くような掠れた声が


「伽羅…。」


と呼ぶ。


「翡翠様。よかった…。本当によかった…。」


と、伽羅はぽろぽろ涙を流す。

橘侍従もかるらも泣いている。


 そして伽羅はそのまま崩れるように意識を失った。








 





 



 


解呪の方法は創作です。

それっぽい雰囲気で読んで下さい。


お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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