表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
33/82

第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 十五

いよいよ反撃 伽羅のターン



 宵の明星が沈んだ暁の空、東の山の端が白み始める。

真っ暗闇だった伽羅のいる牢の中も薄明るくなってきた。

夜明けだ。


 昨日より気力を高めるため精進潔斎し、一睡もしていない伽羅だが、軽い疲れはあるが、むしろ気持ちは澄んでいた。

 もうまもなく遠国へ護送するため役人達が来るだろう。

配流地は聞かされていないが、絶海の孤島か人も通わぬ僻地か。

 必ず生きてたどり着き、解呪を行う。

八百万(やおよろず)の神々よ、それまでどうか皇子様をお守りください。

 翡翠のことを考えると、今まで凪いでいた心にさざ波が立つ。

 再び逢うことは叶わないが、あの夜黙って抱きしめてくれた温もりを、この先短い命の最後まできっと忘れることはないだろう。

 そして伽羅はこの恋心に封をした。


 しばらくしてドカドカと大勢の人が入ってくる音がした。

伽羅は静かにその時を待つ。

 格子戸が開けられ若い男の声で


「出ろ。源香子。」


と、言われ伽羅は無言で牢を出た。

 そこには武人の男達と見慣れぬ侍従のような壮年の男がいた。


「ついて参れ。」


男の言う通りに従い、男達に囲まれて黙って後ろを歩いて行く。

 久々に獄舎の外へ出た。

そのまま近くの門より大内裏の外へ出るのかと思っていたが違うようだ。

 兵部省を通り、宴の松原を抜け、ついた門の先には、


(ここは内裏!)


男達はそのまま歩いて行く。

 まだ夜が明けたばかり、下働きの者達が起き出す頃か。


 そうして男の足が止まった。


(ここは清涼殿⁈ 帝のいらっしゃる場所…。)


「こちらへ。」


と、男が促すが、伽羅は驚きの余り動けない。


「さあ、こちらへ。」


再び促され、伽羅は汚れた足を気にしながらおずおずと中へ入る。 

 そして通されたのが昼御座だった。


 そろそろと男が御簾を巻き上げると、そこには上背のある人が座っていた。

 風格ある男らしい顔立ちに黄櫨染の袍(こうろぜんのほう)を纏った姿。

 禁色であるその色を纏えるただ一人のお方。


(御上!)

 

 ガバリと平伏した伽羅に、深い張りのある声で


「面を上げよ。」


と、声がした。


 少し目線を上げた伽羅は、帝の後ろの脇に控える人物を認め思わず顔を上げてしまった。


(父上!)


 二度と会うことは出来ないと思っていた父がそこにいた。

何故か濃い鈍色の直衣を着て。

目頭が熱くなる。


 そこに帝の声が掛かった。


「話はそなたの父から聞いた。

辛い思いをさせて悪かったな。」


「め、滅相もございません。」


「そうか…。」


「源香子、そのほうの遠流の沙汰を変更する。

今後、陰陽師として宗興親王の解呪に当たれ。」


 思っても見なかったお言葉に身を硬くして再び平伏する。


「しかと仰せのままに。」


 帝は段を降り、伽羅の前まで来て伽羅の頭を上げさせた。

 少し翡翠に似た面差しに憂いを浮かべ、


「どうか息子を救ってくれ。頼む。」


と、頭を下げる様は、以前、神隠しに遭い目覚めぬ息子を心配する藤大納言の姿を思い出させた。


「お任せくださいませ。」


 三度平伏する伽羅の目の端に同じように頭を下げる父の姿が見えた。


 

 その後、伽羅は父と共に退出し、二度と帰れないと思っていた三条の屋敷へと向かった。





 父が去った後、一晩中仏間に籠って皆の身を案じていた実重の所に


「若様ーっ!大変です!」


と、転がるようにかるらが駆け込んで来た。


「伽羅姫様と殿様がお帰りに!」


「何と!」


 自身も転がるように正面に駆けつけた実重は、牛車から鈍色の直衣姿の父に幼子のように抱えて降ろされている伽羅の姿を見た。


「伽羅!父上!

無事でしたか。良かった…。」


 伽羅を抱える父ごと抱きついた実重は涙を流していた。


「兄上、ご心配をおかけしました。」


 三人で抱き合いしばらく泣いた後、皆は仏間に続く部屋へと移動し、今までに起こった事について話をした。

 そして伽羅が力強く告げる。


「御上より陰陽師として一の皇子様をお救いするよう宣下を受けました。

時間がありません。これからすぐに解呪の準備をいたします。」


 身体は疲れ切っているが、休んでいる暇は無い。

 伽羅はすぐさま庭の奥に祖父が作った清澄な湧水の流れる井戸で禊を行う。

 長い髪を一つに束ね、清浄な白衣に白い袴を着ける。

数枚の呪符を書き上げ、少しの索餅(さくべい)を口にする。

 先ほど汲み上げた湧水の入った壺、塩、酒、洗い米を用意して、真白とかるらと共に急いで淑景舎へと向かった。



 その知らせを聞いた橘侍従は深い安堵のため息を漏らした。

 しばらくして到着した、やつれてはいるがしっかりとした伽羅の姿を見て目頭が熱くなった。


「伽羅殿!心配したぞ。無事であったか。

どうか皇子様をお助け下され。」


 そう言って頭を下げ、急いで一の皇子の眠る寝所へと皆を案内した。






注 黄櫨染 黄色がかった茶色


お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ