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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 十四

帝と伽羅父のイケオジ回

久々の翡翠登場(ただし寝顔のみ…)




 広大な後宮にある清涼殿、この帝がお住まいになる御殿の奥にある夜御殿(よるのおとど)と呼ばれる寝所に早めに入った帝は、四十歳を過ぎてもなお精悍な(かんばせ)を歪め、先日以来の騒動に頭を悩ませ眠れぬ夜を過ごしていた。


 昨夜はかつては妃であった藤尚侍が久方ぶりにこの夜御殿へ突然訪れ、罵倒する勢いでこの事件の犯人とされた典侍 源香子が、誰も見向きもしなかった頃の一の皇子に誠心誠意お仕えした心根の正しき少女であること。

そして冤罪の可能性と沙汰の減刑をいつもの沈着冷静な尚侍には珍しく、涙ながらに帝に訴えた。


 帝は遠くに読経の声を聞きながら思う。


 確かによく考えると腑に落ちない点も多くある。

でも左大臣から報告を受けた時、余りの内容に動揺し、よく考えることができず、言われるがままに全権を左大臣に渡してしまった。

 二の皇子は軽い怪我で済んだが、一の皇子は今まさに生死の境を彷徨っている。

 その犯人の女官というのが、敬愛していた叔父の孫娘だったということに更に衝撃を深くした。


 どうしてこのような事になったのか。

帝は二人の皇子について思いを馳せる。


 幼馴染の愛して止まない妃だった母の命と引き換えるように産まれてきた、同じ濃い緑色の瞳を持つ、今まであまり顧みなかった一の皇子。

 片や、後宮一の権力を持つ母と左大臣である祖父の充分すぎる愛情を受け、自分に対して冷たく感情を表さない母に似た二の皇子。

 どちらも子としての愛情と関わりは薄かった。

今更だが後悔が押し寄せる。


 そういえば中宮は今、病を得て、右京二条の実家に宿下りしていたなとふと思った。


 その時、御簾の外から女官の遠慮がちな声がした。


「御上、お休みにございますか?」


「いや、まただ。どうした?」


「源陰陽頭様が御目通りを願って来られております。」 


「源陰陽頭が?分かった。しばし待たせよ。」


 ふわりと直衣を羽織り、昼御座(ひるのおまし)へ入った帝は、喪服である濃い鈍色の直衣を着て平伏する源陰陽頭を見てギョッとした。


 「何事か。源陰陽頭。」


「このような時間にこのような場所までまかり越したご無礼を平に平にご容赦願い奉ります。」


「表を上げよ。」


「はっ。」


 帝は久々に見る年下の従兄弟の、年齢とともに渋さを加えた優美な顔立ちの、今は青白くやつれた姿に絶句した。


「この度の一の皇子様のこと、御上にお聞き頂きたき儀が御座います。」

 

 帝は何も言われないため続ける。


「犯人とされました我が娘、源 香子は無実でございます。」

 

「父、源 尋明が臨終の時、一の皇子様をお守りするように申しつけた言を守り、女官としてお仕えするべくお側に上がった娘にございます。

一の皇子様を害するはずがございません。

明朝、遠流の沙汰となりますが、綸言(りんげん)を覆すことはできませぬ。

何卒、何卒、娘香子をお助け下さり、代わりに(やつがれ)を遠流に、配所へお送り下さい。

伏して伏してお願い奉ります。」


 雅忠は再び床に頭をつけんばかりに平伏した。


 立ったまま見下ろす帝は思わず呟く。


「雅忠…。」


それが昔呼んでいたままの呼び方だとも気付かずに。


「一の皇子様の御不調は毒ではありません。

呪詛によるものにございます。」


「何と!呪詛とな。」


「ここに証拠がございます。」


 雅忠は懐からかるらより渡された焼け焦げた肌守りを差し出す。

「これは香子が春、琵琶の(もののけ)の討伐の時に自ら作り皇子様にお渡しした肌守りにございます。

このように呪詛を受け真っ黒になっております。

昨夜、娘の指示で呪いの形代を捜索したところ、淑景舎の床下から蠱毒の入った壺を発見し、浄化をいたしました。

が、今までに受けた呪いは消えず、この瞬間も皇子様のお命を蝕んでおります。」


 帝は新たな事実に声も出ない。


「香子は陰陽師でございます。

父尋明より全てを受け継ぎ、当代一といわれた父に勝るとも劣ることのない能力(ちから)を持っております。

今の()に娘の右に出る、呪詛を祓える能力を持った者はおりません。

娘は父のように皇子様をお救いするため命を懸ける所存にございます。

御上、何とぞご叡断を!」


 全てを言い切り雅忠は頭を下げ続けた。

 

 帝はがっくりと膝をつき、両手で力強く雅忠の両肩を掴んだ。


「よく言ってくれた。雅忠。

朕に任せるがよい…。」





 夜が更けた淑景舎の一の皇子の寝所の御帳台の中、静かに翡翠が眠っている。

 特徴的な緑色の瞳は閉じ、青白く正気のない整った顔はさながら人形のようである。

 その顔を見守りながら、まるで神隠しに遭った目覚めぬ男達のようだと橘侍従は疲労の濃い顔でため息をつく。


「皇子様、どうか目をお覚まし下さい。

明日の朝、伽羅殿が遠流に処されます。

このままだと二度と生きて会うことが叶いませんぞ。

伽羅殿の事が大事ならどうか目を覚まして下さい。

気力を振り絞って下さい…。」


 その悲痛な呟きに答えが返ることは無かった。



基本的に登場人物の翡翠、橘侍従、真白(人型)、伽羅父、兄、帝、二の皇子はすべてタイプの違うイケメン設定です。


お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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