第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 十三
グロテスクな表現がありますのでご注意下さい。
源家総力戦続き
伽羅父が男前回
伽羅が捕らわれ投獄されてから四日目の朝を迎えた。
朝一番、日の出を待ちかねて淑景舎へ橘侍従を訪ねたのはかるらだ。
「橘侍従様、姫様より伝言があります。
どうかお人払いを。」
目の下に隈をつくり、やつれた様子の橘侍従は、急いでかるらを皇子の寝所の脇の小部屋に案内した。
「伽羅殿の様子はどうだ。」
「それが遠流となり、明日の朝、配所に護送されます…。」
「それはまことか!何という酷い事を。どうにかならないのか…。」
痛ましそうに青い顔を歪める。
「それで姫様がおっしゃるには、皇子様は毒ではなく呪詛を受けておられるという事です。
自分は配所より解呪を行うと。
命の限り皇子様をお救いするつもりだと。」
「何と!呪詛と…。
助かる方法はあるのか?」
「呪詛を行っている者を探し出して止めさせること、かけられた呪詛をそれ以上の力を持って解呪することだそうです。」
かるらも顔を歪める。
「つきましてはお願いの儀がございます。
呪詛を行うには必ず形代がいるそうです。呪いを受けた人の近くにきっとあるはずだと。
だからそれを探す許可を下さい。」
「分かった。私も一緒に探そう。
して、それはどのような物なんだ?」
「はい、小さな物でしたら肌守りか人形ぐらいの大きさのものから、大きなものは動物の死骸とか。
昨夜のうちに淑景舎の庭と建物の周りの探索は終えております。
侍従様は皇子様の身の回りのお持ち物などを探して下さい。
見慣れぬ物とかが見つかりましたらお知らせ下さい。
私はお召物と御殿の中を探します。」
三人による捜索が続く。
橘侍従は皇子の私室の文や冊子や筥の中などを、かるらは衣やお使いになる道具類を、真白は梁の上や屋根の上まで調べた。
そして昼過ぎ、真白の呼ぶ声で残りの二人は裏庭に出ると、泥で汚れた骨壷を少し大きくしたような黒い壺を前に、真白が唸り声を上げていた。
「真白、コレね…。」
「そうだ。皇子の寝所辺りの床下に埋めてあった。
臭くて息が止まりそうだ。」
その壺からは禍々しい真っ黒な瘴気が立ち昇り、実際、肉が腐ったような強い酸のような臭いもしていて橘侍従も袖で鼻を覆っている。
嗅覚の鋭い猫の姿の真白はさらに嫌そうで、穴を掘って上から土を掛けそうだ。
「これがそうか…。」
「ええ、間違いないかと。」
「ここでは開けるなよ。すぐ屋敷へ持ち帰って浄化する。」
右京三条にある屋敷では、すぐさま仏間にある壇に護摩木が焚かれ伽羅の部屋にあった祈祷の呪符が用意された。
その上に黒い壺を安置し、雅忠、実重、真白、かるらの四人か取り囲む。
人の形となった真白が恐る恐るその蓋を開けると、中には生乾きの蛇やムカデの死骸、いく筋かの髪の毛、まだ赤黒い肉の残る人間のものらしい骨の一部、そして血で凶々しい文字のようなものが書いてある木の人形に裏には一の皇子、宗興親王の御名とお生まれになった日が書いてあった。
「蠱毒だ…。」
雅忠が呟く。
蠱毒とは毒のある蟲や動物などを共食いさせ、生き残ったものを呪いの形代に使う強力な禁術である。
強烈な臭いと禍々しい瘴気が立ち上っている。
「真白、かるら、すぐさま浄化せよ。」
真白とかるらがそれぞれ青白い炎を纏った白いたてがみと角のある獣に、長い尾を持つ金色の鳶の姿となる。
かるらが口に咥えた金色の樒の枝を護摩壇に投げ入れ、真白が放った青白い炎は壺と枝を劫火で包み込んだ。
辺りに樒が焼ける仏香のような香が強烈な臭いを消していく。
ゴォッと音を立てて燃え上がった壺はやがて燃え尽き後には白い灰だけが残った。
「これで浄化できたのか。」
「ああ。これ以上呪いを受ける事はないだろう。
しかし今まで受けた呪いは確実に命を蝕んでいる。
後は伽羅が跳ね返すのみだ。」
そして雅忠が実重に問う。
「星見で何か分かったか?」
「はい父上。昨夜丑の刻過ぎに乾の方角に星が流れました。
それと畢の宿辺りに先日までは無かった靄が見られます。」
「乾の方角といえば右京二条の方向か。
左大臣の屋敷があるな…。」
「ええ、それで念の為、左大臣の宿曜を調べてみたところ、滅多にないような凶相がでております。」
「何と。しかし事だけに慎重に動く必要があるな…。
畢の靄についてはどうだ。」
「こちらも凶相です。場所は内裏のある方角。
何か悪い事が起こる前兆かと。
それで一の皇子様と伽羅の宿曜も調べました。」
実重は一呼吸置き、
「残念ですが二人とも凶相です。大きな受難の相がでていました…。」
「あい分かった。よく調べてくれたな。実重。」
そして雅忠はおもむろに皆を見回し口を開く。
「これより内裏へ上がる。
かるら、支度をせよ。真白は門の前の奴らを遠ざけ供をせよ。」
と言い残して立ち上がった。
しばしの後、仏間に入ってきた父の姿を見て実重は絶句する。
「父上!それは…。」
雅忠は鈍色の直衣を着ていた。
鈍色の衣は喪を表し、死装束としても用いられるものだ。
固まる実重に雅忠は陰陽頭としての顔で言い放つ。
「源実重、そなたの確かな知識に裏付けされた才は才能である。
その才能を以てこれからの御代の礎と成れ。」
そしてふっと表情を和らげ
「実重、伽羅を、後の事を頼んだぞ。」
と、言い残して部屋を出て行った。
「承りました。父上…。」
実重は平身低頭し、去っていく父をじっと見送った。
下げた顔よりポタリと涙が床に落ちた。
注 畢とは秋から冬の星座、牡牛座のヒヤデス星団
因みにスバルは同じ牡牛座のプレアデス星団
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