第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 十二
源家総力戦スタート
軟禁状態が続く三条の屋敷では、仏間に続く部屋で、実重が力無く柱に寄り掛かり目を閉じていた。
その近くに丸くなっていた真白がピクリと耳を動かし、
「かるらが来る。」
と、起き上がった。
それを耳にした実重が、仏間に向かい
「父上、かるらが帰って来たようです。」
と、声を上げる。
その声を聞き仏間から出てきた雅忠と同時に飛び込んできた金色の鳥が人の形となった。
「殿様これを!伽羅姫様からです。」
人形を手渡した瞬間、淡い光を放ち床に落ち、その上にゆらゆらと陽炎のように二尺ほどの大きさの伽羅の姿か浮かび上がった。
「伽羅!」
思わず駆け寄った二人に、真白が
「これは伽羅の思念のようなものだ。聞こえてはいない。」
と言った。
その小さな半透明の伽羅が静かに語り始める。
「お父様、お兄様、こんな事になってしまって申し訳ありません。
もちろん私は一の皇子様に毒を盛ることも二の皇子にも何もやっておりません。」
「当たり前だ!伽羅がこんな事やるはずが無い!」
憤る実重を父が宥め、小さな伽羅は続ける。
「そして一の皇子様がお倒れになったのは毒ではありません。
強い呪詛を受けておられます。
その証拠は橘侍従よりかるらが預かっています。」
かるらは懐より真っ黒に焼け焦げたような肌守りを取り出し、
「春に琵琶の怪を討伐した時に、姫様が翡翠様、じゃなくて一の皇子様にお渡しした物です。」
と、見せた。
「呪いを受けたということは何処かに呪いをかけた者がいます。
肌守りもそうですが、何らかの守りの力が働いて皇子様のお命は何とか保っているけど、今も呪詛が続いているなら時間の問題です。
僧による御祈祷も始まったようですが、多少遅らせる程度でしょう。
一刻も早く呪いを解かないとお命が危ない。
私はこれから潔斎に入ります。
呪いを解くには掛けた者以上の強い力が必要です。
お側に居られない今の私にどこまで出来るか分かりませんが、命と引き換えになろうとも皇子様を救いたい…。
どうせ私達を害した者はこの先私を生かしておいてはくれないでしょう。」
伽羅は一呼吸おき、
「今、出来る事は呪詛を行なっている者を探して止めること。
力をもって呪いを解くことです。
呪詛を行うには呪う相手の近くに形代を置くはずです。
真白、かるら、それを探して。
きっと淑景舎の何処かにあるはず。
見つけて浄化して。お願い。
あっ、もうそろそろ…。」
半透明の小さな伽羅の姿が揺らぎ始める。
「父上、兄上、今までありがとうございました。
先立つ不幸をお許しく……」
ふっと淡い光が消えた。
そこに居た者達は光の消えたただの人形を見つめ慟哭した。
そんな中、父雅忠が毅然と言葉を発する。
「真白、かるら、今からすぐに形代を探し出し浄化せよ。
実重、呪詛とは人の定命を無理に縮め世の理に背く禁術である。
何処かに歪みが生じるはずだ。
すぐさま星見を行い不穏な箇所を発見せよ。
伽羅の最期の願い、我らで届けてやろうぞ。」
「「はっ。」」
それぞれが任務を遂行するべく散った後、雅忠が再び仏間に入り源家の持仏である大日如来の前に額づく。
(どうか香子をお救いお守り下さい。)
そして亡き父、尋明にも嘆願する。
(父上、香子も一の皇子様の解呪をするため同じ決断を致しました。
どうか父上の加護をお与え下さい。)
雅忠の父、前陰陽頭 源尋明は先々帝の第五皇子であった。
臣下に下ったが、先帝と式部卿の宮とは母を同じくする仲の良い兄妹だったという。
そしてそれぞれの子、雅忠と今上帝と一の皇子の生母の藤壺の前中宮は従兄弟として幼い頃はよく遊んだ仲であった。
そして藤壺の前中宮が帝に入内し、懐妊した頃より、たびたび体調を崩され、心配した帝が父尋明を頼った時にはすでに手遅れだった程の強力な呪詛が掛けられていた。
それでも出産することを強く望んだ中宮は自身の命と引き換えるように皇子を産んだ。
父も可愛がっていた甥と姪と子を生かすべく全力で呪いを跳ね返したが、自身の寿命と能力のほとんどを失い、陰陽頭の職を辞したのだった。
その後、成長した一の皇子に再び呪詛が掛けられた時、残りの能力と命の全てを懸けてこれを跳ね除け、後のことを伽羅に託して亡くなったのである。
そして雅忠はもう一人、亡き妻登子に語りかける。
(見てるか登子。香子が大変な事になった。
香子はお前に似て聡くて美しい娘に育ったぞ。
実重も心配無い。
私ももうすぐお前の所へ行くつもりだ。
どうか二人を守ってやってくれ。)
伽羅の亡き母は、伽羅と同じく藤壺の前中宮に仕えた典侍であった。
前中宮の見舞いに訪れた雅忠に見初められて室になった。
もうすぐ夜明けが近い。
それぞれがそれぞれの思いを持って朝を迎える。
注 二尺 約60センチ
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