第一章 陰陽師姫神隠しの怪に遭う話 三
次の日の朝、かるらはさっそく
「姫様、ばっちり情報集めて来ますね!」
と、侍女仲間や下女達の元へ勇んで出かけて行った。
真白も朝からふらりと何処かへと行ってしまった。
いつものように出仕した伽羅の元へは陰陽頭の父、雅忠より使いの者が来ていた。
父が何か話があるので執務室まで来て欲しいとの事だった。
夕刻、早めに仕事を終わらせ、伽羅は陰陽寮の父の部屋へと急ぐ。
「伽羅にございます。
お呼びでしょうか?お父様。」
御簾の外から声を掛けると中から父の声がする。
「入られよ。おお伽羅、よく来てくれたな。」
久しぶりに見る父がそこに居た。
すらりとして優美な面立ちに働き盛りの男の貫禄も見える。
「元気そうだな。どうだ、仕事は慣れたか?」
「はい。何とかやっておりますわ。
まだまだ戸惑う事も多いのですが。」
「そうか。何よりだ。」
伽羅が八歳の時より男手一つで育ててくれた父が顔を綻ばせる。
「ところで。」
と、顔を一気に引き締めて続ける。
「今日呼んだのは、そなたに頼みたい事があるのだ。
藤大納言殿のご子息が行方不明になって、その四日後に発見された話は聞いておるか?」
「はい。神隠しに遭われたと噂されている話ですね。」
「そうだ。
実はご子息は今まだ意識が戻ってないそうだ。
医師も薬師でもどうにもならなかったため、藤大納言殿が陰陽寮を頼って来られた。
それで術者を使わしたがはかばかしくない。
どうだ、伽羅、行ってくれるか。」
「はい分かりました。
私にできますなら。
それに私も何かおかしな気配を感じていたところでした。」
「ああ、悪いな。
では明日の午後、実重を供に使わそう。
頼んだぞ、伽羅。」
伽羅の祖父、源 尋明は先々代の帝の第五皇子であったが若い頃、源姓を賜り臣下に下った。
生まれながら人とは違う「見鬼の才」
を持ち、稀代の陰陽師と呼ばれて長らく陰陽頭を務めた人であった。
後継を息子である伽羅の父、雅忠に譲ったが、残念ながら父も、兄の実重にもその才は受け継がれ無かった。
そしてその才は密かに孫娘である伽羅姫こと香子に顕れたのであった。
伽羅は三年前に亡くなった祖父を思い出していた。
自分の他の人とは違う才能を認めてくれて、たくさんのことを教えてくれた。
その伽羅の生まれ持った才能を正しく人の為に使えと時には厳しく、時には優しく、私を慈しんでくれたお祖父さま…。
正しく伽羅は祖父尋明のたった一人の弟子だった。
そんな伽羅は、祖父が亡くなる少し前から父からの依頼で密かに祖父から受け継いだ才を何度か使う機会があった。
伽羅は祖父を懐かしく思い出しながら、明日、兄と出かける時に必要になるであろう呪符を、祖父の教え通りに数枚準備をするのであった。
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