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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 十一

鬱展開です。

伽羅の決意。




 カタッと小さな音がして、伽羅はハッと身を起こした。

牢の中は真っ暗になっていて、いつの間にか眠っていたようだ。


「姫様遅くなりました。えっ⁈姫様、どうなさったのですか?」


 明かり取りから入ったきたかるらは、伽羅の泣き疲れた顔を見て焦りながら問う。


「ええ…。大丈夫よかるら。

ちょっと色んなことがあったので考えてしまって…。」


「そうですか…。さ、とりあえずはこれを食べて元気をつけて下さい。」


 かるらは小さな袋を取り出し、伽羅に手渡した。

中には干したクコの実と煎った大豆が入っている。


「そうね。ありがとう。」


 伽羅は鳥が啄むように少しずつそれらを飲み込む。

 かるらはその間、左大臣がこの事件の全貌として明らかにした、伽羅にとっては冤罪のその内容を憤りながら語ってくれた。

 伽羅は今日、二の皇子が言っていた事も思い出し、今回のこの事件の仕組まれた悪質さと理不尽な仕打ちに改めて絶望した。

 これからどうなるのかという不安はどんどん大きくなっていく。

 その思いを振り払うように伽羅はかるらに話しかける。


「かるら、実は今日、二の皇子が来たの。」


「えっ⁈ そ、それは…。」


「そしてその時、あの夜私を助けに来てくれた翡翠様のことを()()と、呼んだ。

弟が間違えるはずが無いわ。

翡翠様が一の皇子様だった…。」


「そんな!まさかあの方が…。

でも確かに他の人とは違う強くて綺麗な気を持ってることは気づいていました。」


「そう…。

とにかく、翡翠様いえ一の皇子様は今、呪いを受けて苦しんでいらっしゃる。

何としてもお助けしないと…。」


 そうなのだ。今は悲嘆にくれている場合では無い。

一刻も早く呪いを解かないと命が危ない。


(落ち着け。考えろ。お助けできる方法を。)


伽羅は唇を噛んだ。




 

 次の朝、ガタガタと重い牢の格子戸が開かれ、隙間よりいつもの粥の椀が差し入れられる音で伽羅は硬い床の上で目を覚ました。


 妃がねとして育てられた深窓の姫君では無いが、伽羅とて上位貴族の姫である。

 この牢での不自由な生活はまだ三日目とはいえかなりの苦痛であった。

 ノロノロと起き上がろうと手を伸ばした時、廊下に足音がして人が近づく騒がしい気配がする。


 伽羅の牢の前まできた刑部省の役人らしき男らが、持っていた書状を広げた。

 伽羅は伸ばしかけた手を引っ込め身を硬くする。


「起きろ。これより沙汰を申し渡す。

罪人源香子、宗興親王への毒殺未遂、及び基康親王への暴行の罪により、官職を罷免。遠流(おんる)の刑に処す。

なお、執行は明後日の朝とする。」


そう言い放ち、役人達は牢を後にした。


 伽羅は呆然と耳に残る言葉の意味を実感できないまま、長い間座り込んでいた。 


(遠流か…。)


あまりにも重い処罰に指が震えた。


「遠流」字のごとく都から遠く離れた地に罪人を追放する刑である。

 罪人が恨みを残したり、死の穢れを恐れ、死罪を実質的には行なっていないため、遠流は刑のなかでは最も重いものであった。

 実際は拷問やまともな食事を与えず弱った体で配流地まで連行されるため、ほとんどの罪人がたどり着く事なく亡くなっている。


 二度と生きては会うことのできない人たちの顔が脳裏に浮かび、伽羅は静かに涙を流し続けた。





 昼過ぎ、右京三条にある源三位邸には、神隠しの事件で息子の貞行を伽羅に助けてもらった藤大納言より密かに文が届けられた。


 今回の事件で伽羅の罪の内容と刑が決まったとの知らせであった。


 その内容にがっくりと膝をつき、項垂れる兄の実重と、血の気の失せた顔で仏間に入って行った父、雅忠の姿があった。



 

 夕刻、外が暗くなるのを待ちかねてかるらが正しく飛んできた。


「かるら。待っていたわ。

今日、役人が来て刑が言い渡されたの。

私、遠流になるって…。」


「私も聞きました。なんて無体な!酷すぎます!

姫様はやってないのに。調べもせずにこんな事って…。」

 

 かるらは声を殺して大粒の涙をこぼしている。


 調べもせず、釈明の場も無く、刑の執行も二日後とはあまりにも作為的な悪意を感じた。

が、決定した後では覆すすべは無い。


「姫様、逃げましょう。姫様なら出来ます。

私も真白もお助けしますから!」


「…だめ。やっぱりできない。

それに皇子様をお助けしないと。」


伽羅の決心は変わらなかった。


「かるら、皇子様のご容態はどう?」


「はい。ずっと眠ったままです。

医師も薬師も匙を投げてしまって、今日より御上の命により宮中の内道場で僧による病気平癒の御祈祷も始まりました。護国寺にも勅使が立てられたとか。」


「そう。お変わり無いのね…。

かるら、これを。これを父上に届けて。

今はこれしか方法が無いの。」


 伽羅は一枚の人形(ひとがた)をかるらに差し出す。


「父に渡せば封が解けるようにしてあるの。急いで。

私はこれから潔斎にはいる。だからこれは返すわ。」


 伽羅はかるらが差し入れた袋の中から松の実だけを残し、干し肉を返した。


「でも、姫様…。」


「すぐに屋敷へ。時間が無い、かるら行って!」


 渋るかるらを追い出すように帰した伽羅は、松の実を少し口に入れ、静かに結跏趺坐(けっかふざ)の姿勢で瞑想に入った。

 


重い話ばかりでスミマセン。

最後は目指せハッピーエンド。


お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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