表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
27/82

第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 九

伽羅の受難は続く…。



 都を囲む東の山の端が少し白み始める。

秋とはいえ朝晩はだいぶ冷え込む。


 伽羅は冷たい風を受け、薄い衣に身をすくめる。

両手を縄で固く縛られ、裸足のまま、大内裏の一番端にある刑部省(ぎょうぶしょう)の獄舎へと検非違使によって連行されていった。


 古くて堅牢な造りの薄暗い獄舎の中はいくつかの小部屋に分かれており、他に誰も収監されていないのか、しんと静まり返っている。

 その内の一つの牢の硬い床の上に有無を言わさず放り込まれ、入口の小さな格子の戸を閉められ(かんぬき)をかけられた。


 牢の中は、人ひとりが辛うじて横になれるぐらいの広さで、何も無く、用を足すための小さな壺が一つあるのみで、天井近くに小さな明かり取りの窓が開けられている。


 ここは貴人用の牢らしい。

伽羅は噂に聞く、何人もの罪人がひしめく劣悪な環境の土牢ではなかったことに少し安堵した。


 夜が明け、昼になり、夕刻になっても人が来る気配は無く、もちろん釈明の場を設けることも無いのであろう。

 全く状況が分からないまま、伽羅は不安な一日を過ごした。


(一の皇子様はご無事だろうか…。

父や兄はどうなったのだろう…。)


 夕闇迫る中、ようやく人の来る気配がある。

閂を開け、小さな戸を潜って入ってきたのはまだ若い看守で、ほとんど湯のような雑穀の入った粥の椀を床の上に置いた。

 そして、泣き喚く事もなく、ただ静かに座っている罪人の少女を哀れに思ったのか、戒めていた手首の縄を解いてくれ、無言で出て行く。


 伽羅はその薄い粥を啜る気力も無く、闇の中ぐったりと冷たい床の上に横たわっていた。




 どれくらい経ったのだろう。

 コトリと小さな音がして、天井近くの明かり取りからふわりと金色の鳥か入ってきた。


「姫様!大丈夫でしたか?

酷いことはされていませんか!」


「かるら!さ、ここに入って。」


 伽羅は念のため、横を向き寝たふりをし、袿をすっぽり頭から被りかるらを隠す。


「ううっ…。姫様、私、心配で心配で…。

本当に大丈夫でしたか?こんな事になるなんて…。」


「泣かないで、かるら。

私なら大丈夫だから…。」


伽羅はかるらの背を撫でる。


「それより、一の皇子様のご様子は?」


「は、はい…。

皇子様は昨夜の遅くに口から血を吐いて倒れられたそうです。

御上が遣わされた医師と薬師が治療して何とかお命は取り留めたようですが、それからずっとお眠りになっているそうです。」


 と、かるらはこっそり淑景舎へ忍び込み、橘侍従から話を聞き出した。


 とりあえず皇子様が命を取り留めたことに伽羅はひとまず安堵のため息を漏らす。


「でも姫様を犯人にするだなんてほんと許せない!!

姫様ぜひ呪ってやりましょう!」


「今はだめ。お父様とお兄様に害が及ぶわ。

お二人は大丈夫なのかしら…。」


「お殿様と若様は見張りがついて、ご自宅に閉じ込められておられます。

真白がそちらに行っておりますので心配は無いかと思いますが…。」


(やはり…。)


 伽羅の顔がますます曇る。


 伽羅があの時抵抗しなかったのは咄嗟に家族のことを心配したからだ。

 伽羅からすれば検非違使もこれくらいの牢も能力(ちから)を使えばなんとでもできた。

 でもそうすれば家族にまで累が及ぶ。

 優しい父と、最近ある姫君にやっと思いが通じたとはにかむ兄の姿を思い浮かべた。

 罪も無い二人が軟禁以上の重い刑に処される可能性もあるだろう。


「姫様、必ずお助けしますのでどうかお気を強く…。」


「ええ、ありがとう…。

また何か分かれば知らせてちょうだい。」


「はい、必ず。それまで辛抱して下さいね。」


 そう言ってかるらは小さなアケビの実を差し出した。


「どうか少しでも力をつけないと。」


申し訳なさそうにうつ向く。


「あ、それから橘侍従様もとても姫様のことを心配されておられました。翡翠様はお見かけしませんでしたが…。

それと侍従様からこのような物を渡されました。

姫様に見て頂きたいと。」


 伽羅はかるらが預かってきた物を見て絶句した。


「それは…!」


「これ、春に琵琶の(もののけ)を祓った時に姫様が作ってお渡しした肌守りですよね。」


 その肌守りは外の袋の端布が辛うじて残っているのみで黒く焼け焦げたようにボロボロになっていた。


「これは呪いだわ…。呪いを受けたんだわ…。」


 以前、一の皇子様の食べ残された膳から微かに匂っていた、強い酸で何かを溶かしたような嫌な臭いがハッキリ残っていた。


「皇子様がお倒れになったのは毒じゃない!

呪いを受けたせいよ。

この肌守りは強い呪詛から皇子様を守ったんだわ…。」


(でも、どうして一の皇子様が…?

この肌守りはあの時翡翠様と侍従様にお渡しした物なのに…。

翡翠様はどうしているの…?)


 かるらが去った後、伽羅は長かった一日を思い、月の光も届かぬ牢で寒さと不安でまんじりともしないで一夜を明かした。


しばらく暗い話が続きます。

すみません…。



お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ