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陰陽師姫の宮中事件譚  作者: ふう
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第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 八

伽羅の受難

一の皇子の危機




 月の無い冥い夜。

この身を(さいな)むのはかつての夢。


 後宮の奥深く眠るのは、頬はこけ、やせ細りやつれてもなお美しさを失わない女。

 その横には白い練絹の産着に包まれ静かに赤子が眠っている。


 これがあのお方の子か!


 吹き出す様な憎悪に感づいたのか火のついたように泣き出した赤子に女が目を覚ます。

 そして驚愕と恐怖に顔を歪め叫ぶ。


「来ないで!」


 細い腕に赤子を抱きしめ後退りをするが、長い黒髪を掴み引き倒す。


 憎い。憎い。苦しい…。


 苦痛に身体を丸めながらも女は赤子を離さない。


「どうか、どうかこの子だけは…。」


 やがて白い産着を赤く染め、女は口から血を吐き気を失った。


 女を責めながらも心の中にあるのは暗い喜びではなく痛み。

地獄の業火に焼かれるような激しい痛み…。


 憎い。憎い。愛しい…。








 夜明け少し前、皆が寝静まった後宮に大勢の大きな足音が近づいてくる。


 始めは真白が、続いてかるらがぴくりと身を動かす。

そして遠慮なく伽羅の曹司の御簾が巻き上げられ、几帳を引き倒し数人の男達が乱入する。


典侍(ないしのすけ) 源香子、左大臣藤原師頼(もろより)公の命により、お前を宗興親王の毒殺未遂と基康(もとやす)親王への暴行の罪により連行する。

神妙に(ばく)につけ!」


と、検非違使が叫んだ。


 伽羅は一気に眠気の吹き飛んだ頭で考える。


(どういうこと⁈ 一の皇子様を毒殺未遂⁈

もちろん私はそんな事やって無い!

二の皇子に暴行…。あっちが悪いのに!

でも左大臣の命っていうことは…。)


 伽羅はこの国の最高権力者の名を聞き、目の前が絶望で暗く沈んでいくような感覚を覚えた。

 真白とかるらが伽羅を守るように検非違使達を睨みつけ立ちはだかる。

二人とも、今にも飛びかかりそうな勢いで殺気を放っている。

 確かにこの三人でかかれば目の前の男達を蹴散らし、逃げることぐらいは容易いだろう。

 でも逃げてどうする?

罪を重ねることになるし、弁明の機会を失うことになるだろう。

それに残った父と兄は…。


「だめ!真白、かるら。下がりなさい。」


 伽羅は二人の前に進み出て、男達の前に静かに自分の両手を差し出した。

 すぐさま男達は伽羅の細い手首を荒縄で一つに縛り引き立てようとするが、下着同然の薄い単衣一枚しか着ていないことにかるらが気づき、


「どうか、暫くお待ちを。」


と、肩から袿を掛ける。


 その隙に伽羅はかるらに小声で


「真白は父に連絡を。かるらはここで詳しく調べて。」


と、囁く。

 かるらはそっと伽羅の胸元に人形(ひとがた)を忍ばせた。






 その数刻前、淑景舎の一の皇子の寝所の御帳台の上で、横になってもなかなか眠ることができず、何度も寝返りを打っていた皇子が突然苦しみだし、口から血を吐き倒れた。


 すぐさまその報は、父帝と大臣達にも伝えられた。

帝の命で急ぎ医師と薬師が呼ばれ、一の皇子は一命を取り留めたが、その後意識の戻ることは無く、昏睡状態だという。


 左大臣はこれを毒殺だと判断し、その凶行を実行することが可能である人物、いつも皇子に朝夕の膳を運んでいた源典侍が容疑者とされたのだった。


 また数日前、この源典侍は二の皇子にも暴行を働いたことも分かっている。


 そして左大臣は、この件について帝に報告し、全権を受け、すぐさま検非違使に命令を出しこの者の捕縛に向かわせた。


 あまりにも鮮やかすぎる手際ではあったが…。





 伽羅が捕らわれ、検非違使に連れて行かれた直後、早暁(そうぎょう)の薄暗い都大路を脱兎の勢いで駆ける白い大きな猫の姿があった。


 目指すは右京三条にある源三位邸。

 その白い高い築地塀を軽々と飛び越え、まだ眠っているであろう主人の休む北の対の寝所の御簾を勢いよく潜った。


「誰ぞ! 

真白か。どうした? こんな時間に。

もしや伽羅姫に何かあったのか?」


 褥に起き上がった父、源雅忠は、真白より先程伽羅の身に起こったことを聞き、秀麗な顔を歪めた。


「誰かあるか! すぐさま実重をここへ呼んで来い。」


 突然の父よりの呼び出しに不安げな様子を浮かべ、伽羅の兄、実重が父の寝所に駆け込んだ。


「何事にございますか。父上。

あっ、真白!」


 そして真白から詳細を聞いた二人は、あまりの事に言葉を失い、じっと考え込む。


「父上、伽羅は断じて犯人ではありません!!

早々に手を打たねば…。」


「そうだ。もちろん伽羅がそのようなことをする訳が無い。 

しかし左大臣が命を下したとは…。

厄介な相手だ…。」


「すぐに御上にお会いすることはできないのでしょうか?」


「それ以外に方法は無いか…。急を要するな。」



「ご主人様。失礼致します。

今、表に検非違使が来ています!」

 

 慌てて駆け込んできた家人に、


「ちっ…。遅かったか…。」


と、日頃の冷静さに似合わず思わず舌打ちし、


「分かった。今すぐ行く。」


と雅忠は出て行った。




 左大臣の命により、その日から陰陽頭 源雅忠、並びに息子陰陽寮役人 源実重は、家族に罪人を出したとして連座により謹慎を言い渡され、源三位邸の門は役人が見張る中、板を打ち付けられ固く閉ざされた。


 

悪意が動き出す…。 


お読みいただきありがとうございます。

不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。

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