第二章 陰陽師姫の初恋と受難に遭う話 一
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ第二章スタートします。
ますます近づく二人の距離ですが、命に関わる事件も起きて…。
重く暗い展開も続きますが、ハッピーエンドを目指しますので、苦難を乗り越えて成長していく二人とじれじれな初恋をお楽しみ頂ければ幸いです。
月の光も届かぬ深い深い闇。
草木も眠るこの刻に、闇の中蠢くのは狐狸の類か魑魅魍魎か。
暗い寝所の中、そこだけぼおっと白く光るように、眠る美しい女が見える。
ほっそりした体つきに重そうにも見える長く豊かな黒髪を頭の上の箱に入れ、あふれんばかりになっている。
長いまつげに縁取られた切れ長の目は今は閉じられている。
規則正しい静かな寝息が聞こえる。
が、しばらくすると柳眉を険しく寄せ、白く細い喉を苦しそうにのけ反らせ、静かな寝息はうめき声に変わる。
「あぁーっ。」
またこの夢だ…。
まだ震える指で額に張り付く髪をかき上げる。
胸が掻きむしりたくなるほど、痛くて熱い。
夜明けまで後どれくらいか。
これは罰なのか…。
「源の典侍、こちらを淑景舎へ。」
「承りました。尚侍さま。」
女官達の朝は早い。
新人ながら典侍の職を拝任する伽羅は、いつものように朝餉を一の皇子のお住まいになる淑景舎へと運ぶ。
途中、甘い金木犀の香りがしてふと足を止める。
この前まで暑い暑いと思っていたが、庭には萩や女郎花、藤袴など秋の花が咲いており、季節はすっかり変わっていたようだ。
「おはようございます。朝餉をお持ち致しました。」
「ああ、ありがとう。今日も早いな。」
と、御簾の中より落ち着いた若い声がした。
「はい。また後ほど参ります。」
と、返事をした伽羅は、
(今日も皇子様はお元気そうね。)
と安堵しながら内膳司へ下がって行く。
そこでは女官達がいつものごとく、おしゃべりに興じていた。
最近の一番の話題は、伽羅も今し方言葉を交わした一の皇子様こと、宗興親王のことである。
この春、伽羅達が解決した神隠しの事件の事は、大陸より伝わった古い琵琶に描かれていた付喪神の女君が、行方不明になっている恋人の男君を求めて、男君に似た者達を攫った。
それを一の皇子の配下の少年達が見事調伏し、皇子が奏でる琵琶の音により浄化され、二人の魂は無事に結ばれた。という恋の話になって伝わっていた。
一の皇子様は病弱との噂で、今まで宮中行事には全く顔を見せなかったが、近頃は宴や朝議にも幾度かお出ましになられたと聞く。
「はぁー、先日の月見の宴の一の皇子様のご様子、とても素敵だったわねぇ…。」
「本当に…。私も初めてお姿を拝見したけど、あんな優美なお方だったなんて!
まるで作り物語に出てくる男君のようね。」
「そうね。それにあの琵琶の音色の素晴らしいこと…。
演奏するお姿も美しくいらっしゃって、ほんと、思い出すと胸が切ないわぁ…。」
先日、宮中では毎年の恒例の月見の宴が開かれた。
そこで帝のたっての御希望で、当代一の琵琶の名手と言われる一の皇子があの例の琵琶、銘「十六夜」を演奏なされた。
曲はあの春の夜の小宴の時と同じ「想恋夫」だった。
伽羅も女官として、遠く離れた御簾の内よりその演奏する後ろ姿を拝見した。
噂の事件の琵琶とそれを解決した当人ということもあって、その見事な演奏と優美なお姿は、帝を始めその宴にいた全ての人達を魅了した。
一部の人を除いて…。
「まあまあ。貴女達、この前までは二の皇子様のお噂ばかりでしたのにねぇ…。」
「えっ、ええ。だって今まで全くお姿をお出ましにならなかったし…。」
「そうよねっ。あんなに麗しくいらっしゃったなんて…。」
「そう言えば、源典侍様は一の皇子様付きでいらしたわね。」
「あーっ。いいですわねぇ。
お声とか掛けて下さるの?」
「えっ?い、いえ。
御簾越しにご挨拶下さるのみで…。」
「それでも羨ましいわー。」
と、女官達は毎日姦しい限りである。
今日もやっと同僚達のおしゃべりから抜け出した伽羅は、少しモヤモヤした気分を持て余しながら、再び淑景舎へと足を運ぶ。
ここは帝の第一皇子のお住まいであるにも関わらず、後宮の一番奥にあり、お仕えする者も橘侍従をはじめ、翡翠様、年老いた下男と下働きをする童が二人、女官に至っては伽羅一人のみという寂しさだ。
伽羅が宮仕えに上がる以前は、乳母をしていた橘侍従の母が居たそうだが、今は腰を悪くして引退したとのことであった。
伽羅は元々一の皇子様にお仕えしたいという希望を持っていたが、後宮での一番の人気は、今最も権勢を誇る左大臣 藤原師頼公の息女である中宮と、その所生の第二皇子のお住まいになる華やかな弘徽殿付きの女官であった。
(今さらよねぇ…。)
と、淑景舎のあまり手入れをされてない秋の草花の伸び放題の庭を眺めながら伽羅は思う。
(これはこれで風情があっていいと思うけど…。)
その時、背後から
「おっ、伽羅か。どうした?」
と声がした。
振り返ると少し上気したほんのり赤い顔で、練習用の弓を持った翡翠と橘侍従がいた。
なんだか眩しい。
「あ、翡翠様。
今からほつれた几帳を交換しに御納戸まで行ってきます。」
「そうか。ついて行ってやろうか?」
と、きらきらしい顔がのぞき込むので、
「いえいえ、大丈夫です!」
なんだか胸がドキドキして気恥ずかしくて伽羅は慌てて歩き出す。
(そうだわ、ぶっきらぼうだけど細やかな心遣いができる翡翠様と、頼れる橘侍従様と、私でお寂しい一の皇子様をお支えしていけばいいんだわ。)
モヤモヤした気分を払うように伽羅は几帳を抱え直し歩き出した。
お読みいただきありがとうございました。
第二章は登場人物も増えて、名前が漢字でややこしくて申し訳ないです。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




