第一章 陰陽師姫神隠しの怪に遭う話 十三
伽羅達の闘いスタートです。
「ここは一体…?」
呟く翡翠に伽羅は、
「多分、この琵琶に憑いている悪しきモノの結界に取り込まれたかと…。」
「俺達四人だけなのか。」
「そのようですね。
肌守りの効力かもしれません。」
その時、突然頭の中に苛立った女の声が響く。
(お前達は誰か。
なぜ執金吾様でない者がここにおる!)
女は美しい顔を歪め、ふわりと高欄より飛び降りた。
そしてしずしずと音もなく池の上、水面を歩いて来る。
(なぜじゃ…。なぜ執金吾様が来ぬ…。)
女はますます顔を歪め近づいて来る。
(なぜ来ぬ…。
百年を経てやっと想いを遂げたのに…。
なぜじゃ…。)
女は怒りに身を震わせ、眦は赤く染まり血の涙を流している。
(口惜しや…。口惜しや…。
執金吾様は何処ぞ…。
愛おしや…。愛おしや…。)
突然、噎せる様な甘い異臭を放つ強い風が吹き荒れ、女の衣が激しくはためき、髪飾りの金の歩瑶が抜け落ち、結われた長い髪が解け、風の中に異形のモノのようにうねっている。
伽羅は強い風と恐怖のため、後退りしそうになる足を踏み止め、懐に手を入れた。
女が見咎め、
(そなたは呪術師か。忌々しい…。
執金吾様を我が元へ蘇らせる為、皆の者と共に我が糧と成るがよい!)
そう言い放つと、長い黒髪が無数の黒い手と化し伽羅達に伸びて来た。
伽羅は咄嗟に懐より人形を取り出し、二本の指に挟み呪を唱え放つ。
人形は勢いよく飛び、白い紙の鳥になり、鋭く黒い手を切り裂いた。
横では翡翠と真白が刀で、伸びてきた黒い手を次々と切り落としている。
橘侍従は弓を放つ。
払っても払っても、黒い手は次から次へと伸びてきて、人形が尽き、伽羅は小刀を構える。
翡翠達も疲れが出たのか少し動きが鈍くなってきた。
(このままではキリがない…。)
と、思った瞬間、隙が出来たのか、伽羅の身体が黒い手に捕らわれ空中高く持ち上げられた。
「伽羅!」
翡翠が叫ぶ。
橘侍従も矢を番えようとするが、二人の身体も黒い手に捕らわれてしまった。
その時、青白い大きな光が二人の前に現れた。
何とそれは青白く燃える炎を体に纏った大きな白い獣だった。
獅子の様なたてがみに雄牛の様な角、金色の目に長い尾を持つしなやかな体の獣の姿に、二人は目を丸くする。
「真白!」
と伽羅が叫ぶ。
「神獣か。」
翡翠が呟く。
真白は「白澤」と言う神獣である。
元々は伽羅の祖父、源尋明と契約していたのだが、祖父が亡くなる時、
「伽羅姫を守ってやってくれ。」
とのたっての願いを聞き入れてくれ、それ以来伽羅を守護している。
真白は振り返り、翡翠と橘侍従を搦めていた黒い手を噛み千切り、大きく飛んで伽羅を拘束していた手を鋭い爪で切り裂いた。
そのまま、女の顔を付けたもう人間の形をしていない、黒く蠢く大きな異形のモノに飛びかかった。
空中で拘束を解かれ、落ちてきた伽羅の身体を地面すれすれの所で受け止めた翡翠は、伽羅を抱き込んだまま
「大丈夫か?」
と心配そうに覗き込んだ。
こくりと頷いた伽羅は、
「今のうちに急いで祓い清めないと!」
と叫ぶ。
長くなるので話を分けます。
執金吾は古代中国の武官職名。
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不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




