第一章 陰陽師姫神隠しの怪に遭う話 十二
いよいよ決戦!
いよいよ護国寺へ赴く日が来た。
三方を山に囲まれたこの都の西の空を紅く染め、春の陽が傾く。
伽羅はいつものようにかるらに長い髪を一つに束ねてもらい、殿上童の衣に着替える。
懐には数枚の呪符、人形、守りの小刀をしまい、待ち合わせの内裏の門へと急ぐ。
翡翠と橘侍従は既に待っていて、
「来たか。」
と、翡翠が歩み寄る。
二人とも黒い武官の衣装を纏い、腰には太刀を佩いている。
こんな時なのに凛々しさに思わず見惚れてしまう。
その後には無紋の牛車と数人の武装した従者が控えていた。
伽羅は、
「どうかこれをお持ち下さい。」
と、言いながら二人に昨夜作った肌守りを差し出す。
「これは?」
「肌守りです。守護の呪を込めています。」
「そうか。ありがとう。」
と言って、二人は長い紐を付けたそれを首からかけ、懐にしまった。
そして翡翠はふと、伽羅の後ろに控える男に目を止めた。
その男は、若くもなく、かと言って歳を取っているようにも見えず、しなやかな体躯に鋭い目つきの白皙の整った顔の不思議な感じのする男であった。
髪は結わず後ろへ流してある。
じっと見つめる翡翠に、
「この者は、真白と申して私の従者にございます。」
紹介された男は二人に目礼をする。
「そうか。
今日はよろしく頼む。」
と頷き、振り返り大きく声を上げた。
「皆の者、これより出立する!」
橘侍従は馬に乗り弓を背負い、他の者は歩行で行くようだ。
伽羅は翡翠と二人、牛車に乗り込む。
ゆるゆると黄昏時の都大路を牛車は進んで行く。
牛車の中、向かいあって座っているが、二人とも緊張のためか一言も喋らない。
伽羅も知らず知らずのうちに俯き膝の上に置いた両手を固く握りしめていたようだ。
それを見た翡翠が、ふっと目元を和らげ、
「伽羅、怖いか?」
と、聞く。
思わず目を上げた伽羅に、
「大丈夫だ。」
と、言いながら伸びてきた手が伽羅の握りしめていた拳を力強く包んだ。
伽羅のよりも大きく温かい手だった。
ほのかに翡翠の衣に薫きしめられた橘の花の香りに似た、爽やかな甘い香りがした。
伽羅は思わずふっと肩の力が抜けた様な気がした。
(そう大丈夫。きっと大丈夫。私はやれるわ。)
心の中に温かな力が湧いてくる。
深い緑の瞳を見つめ返し、
「はい。」
伽羅は力強く微笑んだ。
そうしているうちに、牛車は護国寺に到着したようだ。
にわかに外が騒がしくなり、大きな門が開かれる音がした。
牛車を降りた伽羅達は金堂の前の広い境内へと案内される。
そこには明々と篝火が焚かれ、伽羅が指示しておいた通りに紙の紙垂を下げた標縄が四方に張られ、結界とし、その中に土を盛り壇を作ってあの琵琶が安置してあった。
伽羅と翡翠を先頭に、その後ろに橘侍従と真白が並び、
一歩下がって従者と僧達がその結果の周りを囲んだ。
待つことしばし、緊迫した空気の中、東の山の端に赤く大きな十六夜の月が昇ってきた。
「うっ!」
途端にあの琵琶から漂っていた甘く果実が饐えたような臭いが強くなった。
伽羅と真白は思わず顔をしかめた。
白い靄のようなものが辺りを覆っていく。
「来るぞ。伽羅。気を付けろ。」
「ええ。」
そう言って、短刀を逆手に持ち、真白が伽羅を守るように前へ出る。
翡翠も太刀を抜き、橘侍従も弓を持ち矢を番えた。
その時、突然琵琶の音が響いた。
すると周りを取り囲んでいた者たちが、声もなく気を失うようにバタバタと倒れていった。
「これは…!」
橘侍従が叫ぶ。
一段と霧が深くなり、周囲が見えなくなる。
嫋嫋と鳴り響いていた琵琶の音が突然止み、霧が晴れ視界が開ける。
そこは先ほどまでいた境内ではなく、見たことのない庭園の中に四人は立っていた。
広い池の上にせり出すように異国の様な釣殿が建っており、その高欄から異国の衣装を着た若い女が表情の無い美しい顔を向けて四人をじっと見下ろしていた。
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