第一章 陰陽師姫神隠しの怪に遭う話 十
いよいよ謎解きスタートです。
その二日後の朝、伽羅は賑やかなかるらの声で起こされた。
「伽羅姫様、お起き下さいませ。
尚侍様よりのお達しでございます。」
伽羅は目をこすりながら褥より身を起こす。
「本日は出仕しなくても良いとのこと。
代わりに一の皇子様の名代として右京にある護国寺に参詣するようにとの仰せにございます。
さぁ、急いでお支度下さいませ。」
(ああ、先日翡翠様が手配したことだわ。)
と、思いつつ、伽羅はかるらによって貴族の女性の外出着である壺装束姿に整えられた。
同じく貴族の男性の気軽な普段着として用いられる狩衣を着た翡翠と橘侍従とともに無紋の牛車に乗り込み護国寺へと向かった。
名目は当代一の琵琶の名手と噂されている、一の皇子様に代わり、寺への代参と寺が所蔵している渡来ものの琵琶の名品「十六夜」の鑑賞である。
護国寺に到着すると、連絡済みのようで、すぐさま三人は丁重に奥の間へと案内される。
待たされることしばし、年配の僧がうやうやしく、色鮮やかな錦の袋に包まれた大きな物を載せた盆を捧げ持ってきた。
慎重に袋から取り出し、三人の前にそっと置く。
それを見て伽羅は大きく息を呑む。
橘侍従は
「これは…。」
と、腰を浮かしかけ、
翡翠も喉の奥でぐっと唸る。
それは黒い紫檀で作られた美しい琵琶だった。
胴の部分には螺鈿や金糸銀糸を使い、極彩色で絵が描かれてあった。
弦を挟んで右側には、庭園と異国風の釣殿の様な建物があり、その高欄にもたれて胴の上部に音響のためくり抜いてある穴、半月と呼ばれる部分に描かれた満月より少し欠けた月、「十六夜の月」を眺めている異国の装いをした美しい女の姿が描かれてあった。
そして三人が最も目を惹かれたのが左側下部分である。
異国の官服を纏った男が右側の美しい姫を見上げるように絵描かれていた。
が、長い年月を経るうちにネズミや害虫にでも喰われたか、男の肩より上部分が損失し、広く穴が開きそうな程傷んでいた。
残った男の肩より下部分を見ると、右手に短冊のような物を持ち、左手には筆を持ち何かを書きつけているような絵が描かれてあった。
それを見た瞬間、伽羅の頭の中に閃くような光景が蘇った。
「以前、最初に藤大納言のご子息、貞行卿を訪れた時、目を覚ました貞行卿に水を差し出したところ、左手で椀を受け取り飲み干されたわ…。
大江秀正様も私達が訪れた時、確か左手で筆を持っていた…。」
「そうだ…。平季通も射場で右手に弓を持っていた。
左手で矢を番えていた…。ということは、左利きだ…。」
そう言って翡翠は顔の欠けた左利きの異国の男の絵を鋭い目つきで見下ろした。
「伽羅殿、やはりこの琵琶が全ての原因なのですか。」
と、橘侍従が不安そうに伽羅を見る。
「間違いないと思います。
この琵琶からはあの三人と同じとても嫌な臭いがします。」
そう、伽羅には先ほどからずっと気分が悪くなるような、果実が饐えたような甘い臭いがこの琵琶からしていた。
陰陽師としての直感が今までに無い危険なモノと告げていた。
でもこのまま目を逸らす、放置することは出来ない。
伽羅は覚悟を決め、翡翠と橘侍従に向き直る。
「この琵琶を祓い清めます。
今はまだ…。明後日の十六夜の月の夜に。」
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不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




