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ベテラン先生

何年も前から、


それこそ僕のお兄ちゃんが通っていたときから、


小学校のグラウンドの隅っこに、「栃の木」が鎮座ましましていた。




休み時間になると、高学年の子が石ころを投げて、


栃の実を落としていた。


それを低学年の子たちが見ている。




低学年の子も参加しようと、頑張って早く教室を出て、廊下を早歩きして、かかとを踏まないように靴を履いて、そこに行っても、


もうそこでは高学年の子たちが石ころを投げている。




一緒に参加しようとしても、身体の大きい高学年の人たちが怖い。




だから、空っぽになった殻をむなしく拾い集めては、たまに落ちている栃の実に、目を輝かせる。




栃の実は、黒くてかっこいい。





今年も、そんな物語を一つ進める時期になる。




殻をたくさん集めていた低学年の子が、次の年は栃の実を3つ収穫する。




保育園で先生達に両手を捕まれていた子が、次の年は栃の木の文化を知る。




一番栃の実を採っていた子が、次の年はもうちょっと離れた学校で部活動にいそしんでいる。






「今年も始まりましたね」




「そうですね。もしかして、貴方は僕の身を心配してくれているのかもしれませんが、実を言うと、うれしいのですよ。こうして石ころを投げられるのは」




「それは一体どうしてでしょうか」




「僕はかれこれ数十年も子ども達の面倒をこうして見てきました。僕が初めて実を付けた昔々、小学生は僕に向かって石ころを投げてきました。当時の僕はちょっとびっくりしたけれど、どうやら実を採っているらしいことが分かったのです。やんちゃだなぁなんて思っていました。そして時が経ち、小学生はどうやらゲームとやらに夢中になって外で遊ばなくなったらしいですね。そして更にスマートフォンとかいう機械も出来た。僕は少し心配になっていた。子供達はもう外で遊ばなくなってしまうのではないかって」




「ほうほう。そうでしたか」




「そして、今、子どもはこうして石ころを投げています。僕の実を採ろうとして。これは本当に素晴らしいことなのではないでしょうか。文化とか文明とか時代はどんどん変容していくのだけれども、そしてそれはどうしようもないことなのだけれども、子どもたちの遊びで本質的なものはかわっていない。この蒼い空のように。

 よく大人達は、人生をどう歩むべきか、とか、幸せとは何か、とか熟考しておりますけど、子どもたちに尋ねた方がはやいのではないでしょうか」




「ほうほう。そうおもいますか」




「さらに人間には膨大で色とりどりなアルバムがあります。そのなかでこの小学校に通った子のアルバムには、ひょっとしたら僕がいるかもしれない。僕がそういう鮮やかで、時に黒いアルバムの中に入れてもらえているとしたら、それはとてもうれしいことなのですよ」




「そうだったのですね」




「貴方はここを卒業していませんが、僕は君のアルバムに入っているのかな?」




「もちろんですよ。ちなみに数年前、僕の兄も君のことを話していましたよ。あの栃の木はどうなったのかなって」




「それはよかった。うれしいですねぇ。元気ですよ、とお伝えください」




「それは出来ないよ」




「あぁ、そうでしたね。

 君はずっと昔のままの姿だから、ちょっぴり時間の流れを忘れてしまいます。それか本当は昔からちっとも時間は経っていないのかもしれないですね」




「そうおもいますか」




その時、1人の小学生が石ころを大きく投げ上げた。





18時の音楽が小さな町に吹く。





背の高くないその小学生の投げた石ころは大きく栃の実を外れ、僕の身体をすり抜けた。




「この小学校は廃校になりますが、僕はずっとここにいますよ」




「ぼくだって君と一緒にいるよ」





今日は一段と夕日が澄んでいた。




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