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カイリティカ -忌神編-  作者: 兎角Arle
一章 エプルーヴ
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一章-8

「悪くないな」


 自室での検証を終えて、シンは独りごつ。


 試験が始まれば常に監視の目がつくことになる。

 なのでそれまでの準備期間の間に、神聖力を使った吸血鬼の術の検証と、精度の向上を密かに行っていた。

 変化に関しては、今のところ失敗はないし、繰り返す事で速度も上がってきて、いざという時の実用性も出てきた。


 吸血鬼最大の特徴といえば、吸血による眷属を増やす事だろう。

 適当に捕まえた野生のカラスで試してみた。

 ……とはいえ、血は吸わない。


 そもそも吸血鬼に血を吸われたからと言って、必ずしも眷属になるわけではない。

 あれらの吸血行為は、天使や神よりも燃費の悪い魔族達が、他の生き物からエネルギーを摂取する行為の一つであり、魔族の種類によって、部位から得られる吸収率が異なるものだ。単純に、吸血鬼族は血液からのエネルギー変換効率が高いという事だろう。


 では、何が眷属になる要因か?

 ここで、血中魔力量が高いかもしれない仮説から推測するに「吸血鬼の眷属として変化を促す魔力を、吸った血の代わりに流し込んでいるのではないか?」という方法だ。


 神や天使の御使や契約聖獣と言ったものは、陣や契約紋を使って、従える生物に神聖力を貸し与えることで従属させる。おそらく魔族の基本的な使い魔も似たようなものだろう。

 吸血鬼の眷属の特徴は、血液に集中的に魔力を流し込み馴染ませること。それも、肉体を吸血鬼に変質させる特別な操作を行なった魔力をだ。


 野生のカラスに恨みはないが、検証のために、シンはカラスから血を抜いた。

 念の為、元々の血を残しておき、注射針を導に神聖力を流し込む。

 体が内側から作り替えられていく不快感は、シンにも失敗の経験からわかる。暴れ出したカラスを外側から神聖力で覆い押さえつけた。


 羽毛が散らばり、激しい鳴き声が続いたが、それでも止めずに続けていると、徐々にカラスは力をなくし、とうとう動きを止めてしまう。


 失敗か。

 そう思って拘束を解いて針を抜くと、カラスは顔をもたげて、シンを見据えた。

 死んだと思っていたけれど、どうやらまだ生きているらしい。だが、明らかに様子が普通ではない。


 試しに簡単な命令をしてみると、カラスは従順にいうことを聞く。

 言葉は発しないが、シンの命令はちゃんと理解しているようだ。


 目の前に採血した血をちらつかせる。なんの反応も示さない。

 無理やりに少量飲ませてやるが、凶暴化することもない。

 シン自身が吸血衝動を持たない吸血鬼だからか、その眷属もどうやら吸血衝動は持たないらしい。

 魔力ではなく神聖力所以なことも影響してるのだろうか?

 ともあれ僥倖だ。


 吸血鬼ならば、このカラスも変身できるのではないだろうか?

 変化に必要な神聖力は注いだはずだから、理論上は可能か?

 しかし、それほど繊細な力の制御はカラスには難しいだろうか?


 色々試してみたくなったシンは、自分が外側からカラスの神聖力に働きかけてみる。

 犬が好きなので、犬の姿になったら良い。

 そんな安直な理由でカラスを神聖力で包み込む。


「悪くない」


 粒子が消えたそこには先ほどと変わらぬ白いカラスのフォルム。しかし頭部には、ピン、とイヌ科の耳が真っ直ぐに生えている。

 見る者が見れば、合成獣のような業を感じて悍ましいかもしれないが、愛くるしさのある瞳と凛々しい翼のカラスに、ふわふわの犬耳がついているのは、少し可愛らしいかもしれない。少なくともシンは気に入った。


 だがやはり、冒涜感が否めない。こんな状態のカラスを誰かに見られたら、それこそ謎の実験をしていたシンの評判はガタ落ちだ。

 少しだけ耳に触れて頭を撫でた後、すぐに元の美しいカラスへと戻した。


 そうして一言「悪くないな」と呟いた。


「……勝手で悪いが、これからは我が眷属として働いてもらおう。識別名が必要だな……貴様はイチだ」


 単純に数字の一。

 なんの捻りもない番号だったが、自分の半身と似た響きでシンは満足した。

 カラスは小さく鳴いて返事をしたが、少し不満そうだ。とはいえ、シンはもう決めていたので改名の余地はない。


 シンはイチの胸元に手を添えて、神聖力を込める。

 正規の方法とは異なったが、御使の印を刻んだ。

 側から見て、主人がいることがわかるようにするのは重要だ。


「多少の神聖力は使えるだろうな。訓練はまた後日だ。まあ、伝書鳩の代わりくらいに成れば及第点か……おいで」


 シンにしては柔らかい声音で、イチを招いて肩に乗せる。

 現状でも意思疎通は十分できている。

 シンはイチの嘴を指の背でそっと撫で、窓際へ向かった。


「呼んだら来い。それまでは自由にしていろ」


 その言葉に、イチは「カア」と返事をして、翼を広げて部屋を飛び出した。

 一人残ったシンは部屋に散らばった羽毛をひとまとめにして、採血したイチの血を手に取った。


 吸血鬼の体質が、血液を魔力に変換するとしたら、シンも同じように神聖力を高められるのではないか? と考察する。

 これについては予てより思っていたところだが、魔族さながらな行動をするには周りの目もあったし、シン自身が血液に魅力や執着を感じなかったから、試したことはない。


 そもそも神族は、空気中を漂う神聖力だけで生活ができるから、それ以外で摂取する場面に差し迫られることはない。食事は単なる嗜好品だ。

 天使などと違い、生まれつき群を抜いて神聖力も強大だから、さらにそれを高めようという意識も低い。

 何より、裏切りを恐れる神王が、神子や天使が闇雲に力を手に入れようとする行為を是としてはいなかった。


 だが、いざという時のために、己を知っておいた方がいい。

 人里に降りれば、人間の争いに巻き込まれるやもしれないし、魔族との衝突も起こらないとは限らない。


 薬指の先でイチの血液を掬い、一口だけ舐めてみる。

 妙な甘さと僅かな塩味。後に残る生々しい刺激。若干のとろみがいつまでも口の中に残った。


「…………これはないな」


 飲めなくはない。

 美味くもないが。

 ……正直に言えば不味い。

 飲めなくはないけれど。


 量のせいか、それともカラスの血が悪いのか、はたまた体質なのかは定かではないが、目立って力がみなぎる感覚はない。

 量が理由だったとしても、この感じでは、必要量飲もうとしたら却って精神を消耗するだろう。諸刃すぎる。


「人間の国には血を固めた料理があるというが……それならあるいは……否、即時性に欠くな。加工の手間を加えるだけの価値が見出せない」


 ぶつぶつと呟きながら、手にしていた血を羽毛と共に炉に入れて処分する。

 口直しに常備しているハーブ水を飲んだ。


 炉の中が燃え尽きた頃に、扉を叩く音が響いた。


「今、よろしいですか?」


 アドニスの声だ。

 シンは短く「入れ」と返した。


「失礼します」


 一礼して部屋に入ると、アドニスは「しかし相変わらずひと気のない塔ですね」とこぼした。

 シンの住居は城の裏手、それも城壁に近い端に位置する塔である。それこそ、罪人でも放り込みそうな、隔離するにちょうどいい場所。

 以前は護衛という名の見張りも居たものだが、シンがいくらか無害であることを承知した今では、最低限の人手しか近寄らない寂しい場所であった。


 シンに対して軽口を叩けるアドニスに苦笑して「静かでいいだろう」と返す。


「それで、準備は整ったのか?」

「はい。と、言いたいところですが。研究所の方々の仕事量おかしくないですか? 一人であの作業量っ! それを短期間で引き継がせるなんてまず無理ですよ!」


 思わず拳を握ってわなわなと力説したアドニスは、こほんと咳払いをして姿勢を正す。


「一応は、最低限の整理はできました。なので、アメノさんには残りの調整を継続しながら試験監督をしてはどうかと進言しました。そうなると、監督役のシフトが他の方より短くなると思いますので、念の為、指名したシン様にご相談に来た次第です」


 淡々と現状を述べてくれるアドニスに、シンはふっ、と笑みが込み上げる。

 頭の硬い者ならば、引き継ぎが終わるまでてんてこ舞いで、長い時間を要していたことだろう。やはり期待した通り、アドニスは柔軟に物事に対応できて優秀だ。


「ご苦労だったな。異論はない。神王にもそのように伝えてくれて構わない」

「では、そのように。ユーリークさんのお母様もご了承いただけたようですので、あとは私たちの分担がすめばすぐに始められると思います。シン様も、ご準備をお済ませくださいね」


 礼節を弁えながらも、足早に去ろうとするアドニスを、シンは一言「待て」と引き留める。

 無言のまま、不思議そうに丸めた目が、シンを見つめた。


「神王のもとへ行くのなら、これも連れて行け。……戻れ、イチ」


 わずかな神聖力を指先から溢し、窓の外へ呼びかけると、真白いカラスが飛び込んでくる。

 羽音がバサバサと響き、イチはシンの差し出した腕の上に降り立った。

 アドニスは呆然とその光景を見て、空いた口が塞がらない。


「ついでにこれを報告しておいてくれ」

「な、な、なぁあああ!? このタイミングで御使を、しかも勝手に契約したんですか!?」

「今だからこそだろう? 伝書鳩代わりになれば十分だ」


 勝手に契約したどころか、正規の方法ではなかったのだが、いちいち話して騒ぎを大きくする必要はないだろう。シンはそれ以上を語らなかった。


「こんな面倒この上ない報告、ご自分でしてくださいよ!」

「だからこそ貴様に任せている」

「ぐ、ううう、何もかもわかって押し付けてくるところがエイザス様と違ったたちの悪さを感じます……!」

「この程度、神王は意にも返さない。許可が先か後かはどうとでもなる。だが、我が連れて行くと目立つだろう」

「ええそうですね。あなたをよく思わない古参はここぞとばかりに突つくでしょうね。私だって、私が、それも別件のついでで行くのが最善なのはわかってるんですよ……」


 優秀なだけに、シンの意図がわかってしまうアドニスは断りきれなかった。

 しくしくと嘆きながら、イチを受け取り両腕で抱いた。


「これ、報告に来たのが私じゃなかったらどうするつもりだったんです?」

「十中八九、アドニスが来るだろうことは予想していた」


 シンを嫌うユーリークは論外だ。

 アメノもおそらく、手が回らないだろうと察していた。

 神王の選んだ三名は、監視役に選ばれたとはいえ、本来、神王の直属である。カイリティカにいる間、彼らは神王のそば付きを優先する。

 神王から命じられれば或いは、三人とも足を運ぶだろうが、そうなる前に、アドニスが率先して引き受けると思ったのだ。


 万が一にアドニスではなかったとしても、シンには別の算段もあった。


「むぅ……流石と言わざるを得ません。あなたのご主人は私の主と違って本当に聡明で、羨ましいです」

「カア」


 肩を落とすアドニスの呟きに、イチがどこか誇らしげに返事をする。アドニスは「あなたも他の鳥より賢そうですね」とイチの頭を撫でた。


「では、私はこれで失礼します。イチさん? は一旦お預かりしますね。伝書鳩代わりになるのか確認するために、日程が決まったらこの子を飛ばすと思います」


 シンの思惑を察した物分かりの良いアドニスの発案に、愉快そうに喉を鳴らしてシンは「流石だ」と呟いた。アドニスは「褒めても何も出ませんよ」と口を尖らせる。


「ではイチ、大人しく彼女の指示に従うように」

「カアァ!」

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