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カイリティカ -忌神編-  作者: 兎角Arle
一章 エプルーヴ
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一章-7

 無事イツの探し物を見つけ、今度こそ別れたシンは、徒歩で帰路に着く。

 カイリティカの時間の流れは緩やかで、人間たちの世界よりもゆったりとしているが、これだけ動き回れば日も暮れる。


 夜は休息の時間だ。

 夜間警備はもちろんいるが、昼間活動しているモノたちは皆この間に一息つく。


 神に睡眠や食事は基本的に必要ないのだが、従える天使たちの生活を把握しておくことも大事だ。神の子たちはそれなりに、生活のリズムを合わせている。


 神王も私室で眠るようだが、実際のところ熟睡してるのかはわからない。夜間、神王は何者も寄せつけたがらないからだ。


 シンもある意味、神王と似ている。

 寝首をかかれないようにしていたというのもあるけれど、魔族の血のせいか、夜の方が目が冴えるのだ。

 しかし、身体は休める時に休めたい。それに、夜に出歩くだけでもシンの外聞は悪くなった。


 だから夜の間はじっと、一人で考えに耽る。

 明け方に気疲れしてくるから、ほんの少しだけ睡眠をとって、天が青くなる頃には目を覚ます。

 城の警備が入れ替わる喧騒が目覚ましがわりだ。

 眠気覚ましに冷たい水を飲むが、シンは少食なので朝食は取らずに活動を始める。


 その日はすぐに謁見の広間へ向かった。


 神王は外出していなければだいたい謁見の間にいる。専用の執務室はなく、公務のほとんどはあの場所で行なっているのだ。

 昨日の今日で、シンの試験のこともあったし、外出はしていないだろう。


 いつも通り、控えている兵が扉を開ければ、玉座に腰掛けた神王が視線を向けた。


「おはよう、シン。もしかして朝食のお誘い?」

「指名は、アドニス、アメノ、ユーリークに決めた。アドニスとアメノにはもう話は通している。以上だ」

「できれば親子で楽しい食事をしながら聞きたかったなあ」


 神王は立ち上がると、壁際に待機する衛兵の中から三名を呼び寄せる。

 柔和で温かみのある女性と、厳格で強面の男性、最後に、知的だがどこか軽薄そうな男性だ。


「エルマチカ、オルガカルティ、ジゼリウルド。私が選んだ三名だ。護衛としての能力は保証するよ。……ところで、本気でユーリークを選ぶの?」


 紹介された三名は神王とシンへ頭を下げる。

 それを一瞥して、投げられた神王からの問いに、シンは揺るぎなく「愉快だろう?」不敵に笑った。


「シンがいいなら構わないけれど。それとさ、選ぶの早すぎない? もうちょっとこう、悩んでくれた方が一緒に過ごせてパパは嬉しいんだけど……そんなに早く家出たいの? やっぱり反抗期?」

「他所の人材を借りる以上、迅速に済ますのは礼儀だろう。我は試験も含め、悠長に時間を浪費する気は無い」

「ストイックだなあ。そこがシンの魅力でもあるけど。……じゃあ、一旦集めて開始日程を決めようか。エルマはアドニス、オルガはユーリークで、ジゼルはアメノを迎えに行ってくれ」

「御意に」

「わかりました」

「行ってきます〜」


 それぞれに返事をして、丁寧な礼をしてから三人は広間を去った。


「私たちはこっち。待ってる間朝食にしようか」

「はあ、仕方がない。たまには孝行息子になってやろう」


 試験が始まったらしばらくは人間の国で過ごすことになるだろうし、今のうちに愛想を振り撒いておくのも悪くないか。

 尚、神王は試験中の帰還を禁止してはいないので、シンが定期的に帰ってきてくれると勝手に思っていたのだが、シンは目的を達成するまで帰る気はなかった。


 食卓ではシンはほとんど食事に手を伸ばさなかったが、神王は同じ卓を囲めるだけで満足なようで、飲食を強制しない。

 そこまでの興味がないほど無邪気なのか、親としての気遣いなのか定かではないが、どちらにせよ少食のシンにはありがたいことである。


 上等なワインで喉を潤して、神王の他愛もない世間話を聞き流して過ごしていると、丁度、神王がカトラリーを置いたところで、三人が戻ってきたという報告が入った。


 会議室に移動すれば、すでに指名した六人が集っている。

 神王とシンの入室に、皆が恭しく一礼した。

 ただ一人だけ、不満を顔に出していたが、最低限の礼儀は尽くせているので誰も咎めはしない。


 まだ若い少年天使ユーリークだ。

 珍しくも天使の番から生まれた、生粋の天使であり、チェリョとベルと歳が近いことから二人の遊び相手として城に招かれることがあったため、顔見知りの者もいるだろう。


 だが正直に言えば場違いである。

 大戦時代を知らない世代であるし、神の子と交流は深いとは言えまだ正式な補佐ではない。何もかも未熟な少年だ。

 もっと言えば、シンに対して憎しみを隠そうともしない態度は、あまりにも幼稚だった。


「三人ともご苦労様。アドニスもアメノもユーリークも、よく応じてくれたね。感謝するよ」

「!! あ、あ! えと! 俺も! 呼んでもらえて嬉しいです!!」


 自国の王に声をかけられた緊張と喜びで、何か返事をしなければと思ったらしいユーリークは叫ぶように返した。

 皆その若さに呆れ、アメノはヒヤヒヤしていたが、神王は気にした様子もなく「若い子は元気でいいねー」とこぼした。


 シンは暴走しそうなユーリークを下手に刺激しないために黙って静観する。

 話が脱線する前に、剽軽な口調でジゼリウルドが声をかけた。


「神王様、本題に移りましょう」

「うん、そうだね」


 花でも飛ばしそうな無垢な笑顔で頷いて、神王はシンを示すと「改めて説明をするよ」と。


「私の息子シンが、世界を持つに相応しいかどうかを見るために、試験を用意したよ。此処に集まってもらった者たちには、試験中、シンの行動の監察と、危険な目にあった時の護衛として一緒について行ってもらうことになったからね」


 シンは黙したまま丁寧にお辞儀をすることで、意見を言いかけたユーリークを黙らせる。


 そのまま、試験の内容の説明を進めた。

 天使に相応しい人間の魂を三つ集めること。

 その上で守るべき条件と、達成までの期間が無期限ということ。


「あの、つまり、かなり長期にわたる場合はその間ずっとこの件の担当でなければならないのでしょうか?」


 アメノの控えめな問いに、神王は首を振った。


「監視役は交代制で最低二人は常についてもらう。組み合わせや順番は自分たちで予定を話し合って決めておくれ」

「止むおえぬ事情があれば、担当官そのものの交代も視野に入れていいだろう」


 初めてシンが口を開き、注釈を加えた。

 アメノも研究者だ。長く研究から離れることになるのは気がかりだったのだろう。多少の融通がきくことにホッとしていた。


 シンは五百年を区切りに考えているので、それほど長期にはならないと思っていたが、これは個人的に勝手に決めているボーダーだから、敢えて口にはしない。


「説明はこんなところかな。今日は全員の顔合わせと、いつから試験を始めるかの話し合いをしたいんだ。あ、シンは明日からでも良いんだって」

「はい! 私もできるだけ早く取り組みたいです!」


 挙手をしてアドニスが意気込んだ。

 シンは昨日のエイザス達の会話をこっそり聞いていたので、その勢いの理由に得心する。

 神王は「やる気があって嬉しいなあ」と笑みを深めた。


「我らもいつであろうと異存はございません。王の御心に従います」

「昨日のうちに普段の仕事の調整もしておきましたので、問題ないですよ〜」


 ピシッと背筋を伸ばして告げるオルガカルティに、ふわふわとした口調でエルマチカが頷く。確認するまでもなく、ジゼリウルドも準備万端である。

 流石は神王直轄の古株天使達、迅速に準備を済ませていて優秀だ。


 その分、おずおずとアメノが言いづらそうに「自分は、もう少し時間をいただきたく……」と。

 研究内容の引き継ぎや、観測地の復旧作業の人員調整など、やることが多い。

 突然の要請だったので仕方がないと、責めるものは誰もいない。むしろアドニスが、一刻も早くエイザスのそばを離れたくて手伝う気満々でいるくらいだ。


「ユーリークくんはどうかな?」

「お、俺は……」


 黙ったままのユーリークに、ジゼリウルドが問いを向けるも、彼は俯き、拳を握った。


 ユーリークは、この試験自体に否定的だ。

 シンを、魔族を、認めるための仕事なんて引き受けたくはない。

 チェリョとベルからは、「先輩補佐官達から直接学べる機会だ」としか言われていなかったから、まだ気持ちが追いついてこないのだ。


 だんまりの状態に、シンが悪どく笑う。


「貴様、まさかこの好機を断るほど愚を晒す訳ではあるまいな?」

「な、なんだと!?」

「補佐官同士の直接交流は、通常ならば起こり得ない。優秀な先達に教えを乞えるこの機会をみすみす逃すことが、どれほどの間抜けかわからないのだとすれば、貴様の嫌いな魔族達の方が数倍賢いと言えるぞ」

「俺が魔族より馬鹿だって言いたいのか!?」

「ああそうとも!」


 魔族は狡猾で強かだ。

 目に見えるチャンスを見逃しはしない。

 チャンスに気づかない奴らは結局、同族からさえ食い物にされる雑魚どもである。


「言いたいことはわかるけど、私としては魔族どもみたいな小賢しさを臣民に学んでほしくはないな」


 神王の殺気を含んだ仄暗いぼやきを無視して、シンは続ける。


「頭の足りていない貴様に、我から良いことを教えてやろう。……貴様がこの仕事を断ろうが、この試験が中止になることはない。貴様の代わりに、もしかすると我に都合の良い者が当てがわれるかもしれないぞ。我の悪行を見て見ぬふりをする者が付くかもしれんよなあ? さあ、どうする?」


 聞いていたユーリークは、わなわなと震えて眉間に皺を寄せた。


「そんなの絶対許さないぞ! お前の不正は全部俺が暴いてやる!」

「ふふっ、やれるものならやってみるが良い、小僧」


 シンは勝ち誇った笑みで、まんまと乗せられたユーリークを見下した。

 誰もがこうなる予想はしていたので、話がまとまったことに気を抜いているが、神王だけは面白くなさそうに軽蔑の目を向ける。


「誘導の仕方が魔族なんだよなあ。普通に説得するんじゃいけないのかい、我が息子よ」

「ああいう手合いに、我が真っ向から言っても無駄だろう」


 神王からの蔑みの眼差しに慣れているシンは、ふうっと息を吐きながら答えた。


 シンの足を引っ張ることを意気込んでいるユーリークに、エルマチカが優しく問いかける。


「それで、都合はつくかしら?」

「あ! えと、えと、母さんに報告して色々準備します!」

「では、ユーリークくんとアメノくんの予定に合わせて調整、ということだね。アメノくんのところへはアドニスちゃんが手伝いに行くそうだから、都合が付き次第ボクに連絡をください」


 ジゼリウルドが話をまとめていく。

 申し訳なさそうにするアメノはアドニスに「面目ない」と頭を下げた。

 エルマチカは「それじゃあ」と。


「私とオルガはユーリークと一緒に、お母様へお話をしてきますね〜。ほら、オルガとはお知り合いだからお母様もきっと安心するでしょ?」

「うむ。そういうことであるならば、同行しよう」

「え!? え!? 俺ん家にオルガカルティ様が!? 夢じゃない!?」


 ユーリークの亡くなった父親は、かつて兵士としてオルガカルティ率いる部隊にいたこともあった。

 親から散々、武勇伝を聞いてきたので、ユーリークにとってオルガカルティは英雄的存在なのだ。


「夢じゃないわよ〜、よかったね〜。そういうわけで、予定がわかったら、ジゼルと合流するわね」

「お願いします、エルマ、オルガ」


 優秀な者が集うと、実に話が早い。

 ジゼリウルドの仕切りで話がまとまったので、そのまま解散して顔合わせは終了した。

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