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カイリティカ -忌神編-  作者: 兎角Arle
一章 エプルーヴ
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一章-4

 面白い仮説だった。


 シンは最後の監視官の指名者を探す前に、再び秘密基地へと足を運ぶ。

 蔦の絡まったボロ小屋の中には、すでに片割れは居らず、一人で実験を行うには良いタイミングだった。


 シリスから、自身の神聖力の巡りが吸血鬼と同じではないか? と聞かされて閃いたのだ。


 神聖力を使って、吸血鬼の術を再現できるのではないか?


 そう、思い立ってしまったから、実践したくてたまらなかった。


 血中の魔力量が多いと言う推測も面白い。

 吸血鬼族は変身や変化も得意とするが、血液中の潤沢な魔力量が理由だとすれば腑に落ちる点もある。


 獣人族が得意とする、魔力による肉体強化の応用だ。

 獣人達は自身の牙や爪を大きく、鋭く変化させる程度だが、吸血鬼はひょっとすると、より繊細な操作を行って全身をめぐる血中の魔力を活性化させることで、瞬時に変身を行うのやもしれない。


「やはり定番は蝙蝠か? しかし神聖国に蝙蝠なぞいないからな、もしも見られた時のためにもっと別の……鳥か?」


 おそらくだが、分裂したように見せているのは撹乱のため。実際に変化している本体は一匹で、他は漏れ出した魔力を蝙蝠の形にしているのだろう。

 ただ変化するだけなら、そういった小細工は必要ない。


 深呼吸をして目を閉じる。

 体内を巡る力を意識して、それを変質させるイメージをした。


 形状はそう、カラスだ。

 白いカラスならば、城のそばにも飛んでいる。


「っ!!」


 全身を激痛が走り抜け、奥歯を噛み締めたままその場に膝をついた。

 ペタペタと、自らの体や顔を触る。

 袖を捲ると、腕中に模様のような痣が薄らと見てとれた。


 手応えを感じて高揚する。


 形質を変えようとすれば、慣れない痛みと不快感に襲われるのは当然か。

 しかし、吸血鬼達は痛みを顔に出していない。慣れて耐えているとは到底思えない。


「そうか、なるほど」


 漏れ出る魔力を目眩しに使うのはついでだ。

 漏れ出るほどの魔力で全身を覆い、変化の瞬間だけ痛覚を遮断する。

 繊細な魔力操作の技量が問われるが、おそらく可能だ。


 何より、シンの中の吸血鬼としての本能が、出来ると確信していた。


 逸る気持ちから、膝をついた姿勢のままに先ほどと同じように神聖力を操作する。

 今度は緩衝材の役割となる膨大な力を溢れさせて。

 ぷっつりと感覚が途切れた瞬間に、爆発させるように神聖力を変質させる。


 視界を覆い隠すほどの粒子がポツポツと空気に溶けるように離れていけば、ふっ、と空気の肌触りが戻ってきた。


 視界が低い位置にある。

 手を広げ、足を覗き込めば、鳥の形状になっているだろうことがわかった。きちんとカラスになっているかは、鏡を見てみないとわからないが。


 ああ、失敗した。

 気が急いるあまり、確認手段を持っていなかった。このボロ小屋に鏡なんてない。


 ひとまず飛び跳ねて羽を広げてみるが、飛び方など知るわけがない。

 飛び方は改めて訓練しなければなるまい。


 元の位置に着地して、とぼとぼと出口まで歩いた。

 確か、小屋をでてすぐに泉があった。鏡の代わりになるかもしれない。

 薄い扉は小さな体でも易々と開けられて、外に出たシンは再び飛び跳ねた。


 今度はふわりと宙に浮く。

 不自然に、翼をパタつかせることはなく、天使達が行なっているように、神聖力を使って浮いたのだ。


 ちなみに、天使達にある翼は、それそのものに飛行能力があるわけではない。飛行に必要な神聖力が込められている部位というだけで、風に乗って飛ぶと言うよりは神聖力で浮いていると言う方が正しい。

 原理を理解すれば、翼がないシンでも飛べる。神の子達には翼がないので、飛ぼうと思ったら神聖力の扱いに慣れなければいけないのだ。

 なお、神子の中でこれが全くできないのはエイザスだけである。


 難なく泉へ辿り着いたシンは、揺らぐ水面を覗き込む。

 初めてにしては、うまくカラスの形になっていて上出来と言えよう。


「色までは気が回らなかったな。まあ、遠目からならば気づくまい」


 カイリティカに生息するカラスは真白いが、シンは地毛と変わらずわずかにくすんだ銀色だ。左右の目の色も変わらず不揃いである。


「ふむ。声はそのままのようだな。本物のカラスではなく、あくまでも形状変化というだけのようだ」


 感嘆を漏らしながらひとしきり姿を観察したシンは、面白くなって飛び上がる。

 風に乗る特訓も兼ねて、この姿のまま城へと戻ることにした。


 神聖力で高くまで飛び上がり落下しながら風に乗るコツを掴む。運良く眼前を飛行するカラスがいたので、見よう見まねで翼を動かした。


 天使の居住区の上空を飛び去り、羽休めにシリスの研究所の庭木へ留まる。

 空いた窓から、喧騒が聞こえてきた。


「シリス様ー! どうか! どうかお慈悲を!」

「私たちにも血をお与えください!」


 誤解されそうな言葉が飛び交うが、シンにはすぐに研究員達の言葉の正しい意味がわかった。

 採血したばかりのシンの血液を欲しがる連中が群がっているのだろう。

 シンが採血したのは初めてのことだったし、貴重な神と魔の混血だ。仮に血中神聖力の予想が外れていたとしても、研究材料としての価値は高いのだ。


「おぬしら、状況を理解しておらんようじゃな。今はより優先すべき事項があるじゃろう? 観測地の復興はどうなっておる?」


 苛立ったようなシリスの声。

 シンは止まり木を移して、窓の見える位置へ移動した。


「うう、不毛ですシリス様。修繕のたびに新しい不具合が生じてしまうんです。一から作り直した方が効率的ですよ……」

「そうです! 連日の復興作業のせいで、他の研究が滞ってもう限界です!」

「な、なんでこんなことになったんだぁ……くそう、忌々しいムラサキめ……」


 半べそをかいて泣き言をいう研究員達へ、シリスはムスッと顔を顰めている。

 研究が滞っていることは、シリス自身も不服に思っていることだった。


「ムラサキの痕跡があるやもしれんじゃろう。無闇に作り直せんわい」


 ムラサキ。

 それは以前、シリスの管理する世界を崩壊まで追い込み、神聖国カイリティカでも大暴れした挙句、あの神王に喧嘩を売って打ち負かした、正体不明の存在だ。

 紫色のローブに青黒い色のアシンメトリーヘアの少年の姿をした人間で、誰も名前を知らなかったから、ローブの色から安直に、ムラサキと呼ばれている。


 当のムラサキは神王を一方的に嬲ることに飽きたようで、いつのまにか姿を消していた。

 シンはちょうどその頃、行方不明のエイザスを追っていたため、直接目にしたことはない。話だけでは、俄かには信じがたい逸話ばかりである。


 そんなこんなで、予期せぬ襲撃のせいでシリスの世界は崩壊し、未だその復旧作業に追われていた。


 シリスの管理する世界は二層構造になっており、人間や生き物の存在する層と、それを観測する無機物の層に分かれている。

 幸いにも、崩壊しているのは生物のいない観測地のみであったので、管理下の人間達に影響はないのだが、名前の通り観測地点として利用していた場所が不安定なために、研究には大きな打撃となっているらしい。


 作り直す方が遥かに楽だが、ムラサキへの怒りを含んだ執着ゆえに、痕跡が残っているかもしれない世界を消すことを躊躇っているみたいだった。

 付き合わされる部下達は少し哀れである。


「ま、息抜きも必要かの。そうじゃのう、復興成果を上げた者から順に研究への一時復帰を認めるのじゃ。さらに先着で好成績の者に弟の血を分けてやらんでもない」

「うおおおおお! 血ィイイ!」

「あ! 待てずるいぞ! 俺が先だ!」

「もう研究に戻れるならこの際なんでもいいわ!」


 研究者たちの雄叫びに背を向け、自分の血の扱われ方になんとも言えない気持ちになったシンは、気づかれないようそっと飛び立つ。

 離陸にはまだ神聖力での跳躍が必要だが、風に乗るコツは掴めてきた。


 旋回して滑空しながら、今度は城へと向かう。

 留まれる場所を探していると、こちらからも賑やかな声が空いた窓から響き渡った。


「ダメです! 頼まれたのは私ですよ!? 絶対譲りませんから!」

「いやいや! アドニスはエイザス様の腹心なんだから離れるなんてそれこそダメだろう?」


 この辺りはエイザスの管轄棟だ。

 ちょうど今、頼んでいた監督役についての話をしているらしい。

 喚くアドニスを諌める恰幅の良い硬派な男性天使イーゴリの言い分は、ある意味間違いではない。

 だが当のアドニスは意に介さず反論する。


「生まれつきお守りさせられてるだけですから! 勝手に仲がいいみたいに言わないでください!」

「あ、アニス、俺そろそろ本気で傷つく……」

「アドニスです。チッ」

「うわ、めんど……アドニス舌打ちしないの。ほら言い方がきついからエイザス様泣きそうじゃない」

「エマリエ、今俺にめんどくさいって言いかけたよね。え、何、俺ってそんなに人望ない?」

「人望はあるっすよ。めんどいなとは思いますけど」

「ベンジャミンまで!?」


 一番若手のベンジャミンでさえも、エイザスの怠け癖には参っているようだった。遠い目をしている。

 美人の女性天使エマリエは柔らかく追い討ちをかけた。


「まあ、平時に一緒に働きたいかって聞かれたら、ちょっと……。圧倒的にシン様との方が過ごしやすそうよね」


 他の面々も追撃する。


「有給取れそう」

「人事も適切で配置も完璧そうっすよね」

「冷蔵庫のおやつ勝手に食べなさそうだな」

「それは本当に申し訳ないけどイーゴリいつまでも根に持ってるんだね……。でも何? ここってそんなに働きづらいの?」

「それはないけど……ねえ?」


 エマリエが目配せをすると、イーゴリもベンジャミンも疲れたように頷いて、最後にアドニスに目を向ける。

 疲れ果て冷たく濁った目で、アドニスはエイザスを一瞥した。


「この環境を配備しているのは全て私だと言うことをサボり魔様……こほん……エイザス様はご理解いただけてないようですね?」

「え? ……そんなことは……え??」

「ちなみに私が最後に丸一日のリフレッシュ休暇をいただいたのはかれこれ一千と七百三十五年前です」


 アドニスの周りの空気が凍りつき、エイザスもサッと青ざめる。

 信じがたい話に引き攣った笑みでエイザスは返した。


「まさかぁ〜。ちゃんと休暇は毎週」

「休日出勤であなたに代わって神王様への報告書類の作成と労働者への給与の計算、有給申請者のシフト調整から配置換えの提案書、毎日の昼食の発注も私が管理しているわけですが」


 食い気味の回答は俄かには信じがたく。しかし、挙げられた仕事にここ数年手をつけた覚えがないのはエイザス自身がよくわかっていた。

 誰かの口から「アドニスの方が神様なのでは?」と漏れ聞こえる。


「わ、ご、ごめんなさい。けど、それっていつもあるってわけじゃ」

「けど、なんですか?」


 再び食い気味にアドニスが噛み付くので、エイザスはまだ何かお叱りがくることを察して、ひゅっと息を呑んだ。


「ああそうですね業務から離れた名目上の休日はありましたねーわははー寝てるところあなたに叩き起こされて、あちこち引き摺り回され続けていたので全く疲れが取れていないから、休みであることをすっかり忘れてましたねぇ」

「本当にお守りじゃないっすか」

「こらベンジャミン、黙ってろ!」


 言われ放題だったエイザスは、しばらく放心して固まっていた。

 アドニスは「そういうわけですから」と。


「エイザス様にはもう愛想が尽きました。シン様の提案は丁度いい機会なので、私が引き受けます。異論は認めませんからね」

「あ、アニス、俺、そんな、ひど、酷かったか……」

「アドニスです…………む、むむうう……嗚呼もう! いいですか、私に戻ってきて欲しいというなら、試験の監督役が終わるまでの間に少しはまともな主になっていてくださいよ! そしたら、他所に移るのは考え直してあげますから……」

「あ、あ、アニスーー!」

「アドニスです。抱き付かないでください」

「俺、絶対立派になるからね! 約束だからね!」

「あー、はいはい」

「アドニスってなんやかんやエイザス様に甘いわよね」

「っすね〜」


 エイザスの管轄棟の者はやはり仲が良い。

 エイザス自身は確かにどうしようもない怠け者だが、人望が確かにあるし、情に溢れた絆がそこにあると見て取れた。

 アドニスは結局エイザスの隣に落ち着くのだろうと、シンは思う。


 暖かな彼らの関係性をシンは羨ましいと思い、尊敬している。自分にはきっと似合わないし維持できないと、分かりきっているからこそ欲しがりはしないけれど。


 何はともあれ、エイザスの元から借りれる人材はアドニスで決まりだろう。

 シリスのところからはアメノで決まっているから、残るは一人。


 せっかくだから、シンは鳥の姿のまま、相応しい人物を探そうと再び空へ舞い上がった。

次回更新は一週間後です。

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