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カイリティカ -忌神編-  作者: 兎角Arle
一章 エプルーヴ
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一章-3

「シン様の試験の監督役ですか? 良いですよ」


 あっさりと了承した天使の横で、長男エイザスが濁点混じりの声で「待って!?」と喚いた。


「え!? アニスは俺の補佐でしょ!? 俺の意見は!?!?」

「アドニスです。いや正直この人のお守りからそろそろ解放されたいと思ってまして。渡りに船ですね。シン様の件の方が待遇良さそうだしラッキー」

「シンお前絶対許さないからな引き抜きとか!!!」


 やれ武神だ戦神だと言われたエイザスの剣幕は流石に強い。

 普段はぐうたら平和主義でのほほんとしている怠け者なのだが、大事なものに手を出されると人が変わったように暴れ散らすところがある。

 こと、補佐天使のアドニスに並みならぬ愛情を持っているため暴走しがちだ。


「それほど嫌ならば他を当た」

「待ってください! 私はこれっぽっちも嫌じゃないです! エイザス様しゃしゃり出てこないでください。それに、私の決断を責めるならわかりますけど、ただ相談に来ただけのシン様を責めるのはお門違いですよ! ほら、反省しなさい!」


 エイザスの暴走を見慣れているシンは、あっさりと諦めかけたが、アドニスが食い入るように引き止める。

 彼女の言い分は尤も。そういう公平なところがシンも気に入っているし、それでいて状況に応じて柔軟に対応できる能力もピカイチ、情に厚いところも実に良い。今回の件には適材だ。


 正論に打ちひしがられたエイザスは、父そっくりにしょぼくれ萎れて膝をついた。


「お、俺一応キミの主なんだけど……」

「私の主を語るなら、良い加減、失踪事件の反省文を書いてください。あ、そういえばあの時結局シン様の助力があってことなきを得たんですよねー、良い恩返しの機会じゃないですかー」

「あ、ヤバい、何も言い返せない……。えーん、アニスが俺に冷たい……」


 シンがアドニスを選んだのには、引き受けてくれそうな理由もあったからだった。


 もうだいぶ前になるが、エイザスがうっかり足を滑らせて自分の管理する世界に落ち行方不明になるという事件があった。

 その解決に、当時暇を持て余していたシンが乗り出したのだ。

 こうした経緯もあって、エイザスの補佐天使たちとはそれなりに信頼関係もあったし恩もある。


 エイザスとて恩義は感じているし、これでも長男として弟のシンへの手助け自体はやぶさかでは無い。

 ただアドニスへの比重の方が大きいだけだ。


 当のアドニスはしょげるエイザスに冷たい目を向けて、心底疲れた声を発する。


「アドニスです。めんどくさい人だな……いつまでも愚図るようなら、私も本気で配属変えますからね」

「シンー、アニスが冷たい。助けてー」

「おいおい……。大事だというなら、まず名前を間違えるのは直すべきだろう」

「や、それは、俺にとってアニスはアニスだし」

「アドニスです。引っ叩きますよ」


 結局、いつまでもエイザスがごねるので、シンはアドニス以外の人選も含めて「考えておいてくれ」とだけ告げた。

 去り際にアドニスは「エイザス様は必ず黙らせますので期待していてください」とにっこり笑いかけた。


 エイザスの管轄棟を後にして、今度は次男シリスの研究所へ向かう。


 学神と呼ばれるだけあって、研究者肌なシリスの保有する施設や設備の規模は大きく城外に専用の研究所を設けているのだ。

 無論、人材も多い。


 知的好奇心の多いもの達が集うゆえ、特異な出生のシンは研究対象として歓迎された。

 偏見の目は少ないが、好奇の目に晒されるのもシンとて落ち着かないから、居心地は悪い。

 が、シンに関心を持つものが多いからこそ、頼みは聞き入れてもらいやすいのは確かだ。


 研究所は広いため、受付ロビーでまずは管理者であるシリスを呼び出してもらう。

 部下を借りる以上、シリス自身にも話を通しておかなくてはいけない。

 シリスの部屋まで案内をすると提案する者は無視する。幼少期、そうやって着いて行った先で檻に閉じ込められたことを忘れてはいなかった。


 程なくして、待ち侘びた兄が迎えに来る。

 兄弟の中では尤も話しやすい次男坊シリスは、末っ子かと疑うほどに低身長の童顔だ。本人はそれを気にしているので指摘してはいけない。


「何の用じゃ、儂が今忙しいのは知っておるじゃろう」

「アメノを借りたい」

「端的で結構じゃが、理由は何じゃ?」

「此処では言えんな」

「ならば着いて来い。……ああ、そこのおぬし、アメノに二階応接室へ来るよう伝えといとくれ」


 似合わない老人口調で、シリスはすれ違った研究員に言伝を頼んだ。

 そのまま歩き出すので、シンは黙ってその後をついて行く。


 応接室はいくつかあるが、二階応接室は奥ばった場所にあり、人の横行が少ない。防音設備も備わっている特別な部屋なため、戦時中は機密性の高い作戦を練る際に使われていたらしいが、今ではすっかり足が遠のいた。

 稀にこうして、一般天使に聞かれたくない相談事をするときに使われる程度である。


 応接室の中はローテーブルと向かい合うようにソファーが置かれたごく平凡な様相で、今では使われることのなくなった地図などを広げられそうな広い台は、邪魔にならないよう部屋の隅に追いやられている。

 使われていないだけで掃除や管理は行き届いていて清潔。小さな冷蔵庫の中には、来客時に出せるよう飲料が常備されており、シリスはそこから缶飲料を取り出した。

 警戒心の強いシンを気遣って、未開封だとわかるものだ。


 部屋中央のソファーに向かい合うように腰を下ろし、缶飲料を差し出されたシンは、しかし、初めて見るラベルに顔を顰めた。


「何だこれは」

「儂の管理する人間達の間で少し前から流行り始めたものじゃ。結構クセになる味で気に入ってしまっての」

「どうかしてるな」


 怪訝そうにしながら、一応シンも一口飲むが、すぐに無表情でローテーブルに缶を置き「どうかしている」と呟いた。

 あいにくと、珈琲の苦味と炭酸の合わせ技はシンの味覚には合わなかった。


「そういえばシンは炭酸水が苦手じゃったな。すまんの」

「茶を飲みにきたわけではないから構わんさ」


 それきり一切缶に手をつけないシンをよそに、シリスはこくこくと自分の炭酸珈琲を飲み干した。


「我のも飲むか?」

「飲み掛けなど要らんわい」


 仕方なしに、シンは炭酸が抜けてることを願ってもう一口飲み込む。相変わらず舌にまとわりつく刺激は健在で、すぐに缶をテーブルへ下ろした。

 苦手だが、飲めなくはない。

 苦手だが。


 この間全く表情を変えないものだから、一見平気そうにも見える。人に弱みを見せないように過ごしてきた経験の賜物と言えるだろう。


 もう少し炭酸が抜けるのを待とうと思っていると、ポーン、という機会音が響く。

 この部屋の扉は分厚く、ノックの音が聞こえないため、呼び出しボタンがあるのだ。


 シリスは自らが座るソファの肘掛けに嵌められたリモコンを操作して扉を開けた。


「シリス様、お呼びでしょうか」

「嗚呼、アメノ。待っておったぞ。こっちへ来るのじゃ」

「はい。……ええと、シン様?」

「貴様に頼みがあってきた、アメノ」


 部屋に入った素朴な男性天使アメノは、シンの存在に困惑する。

 当のシンはこれ見よがしに「まあ飲め」と飲みかけの缶を押し付けた。礼儀正しいアメノは、訳もわからず「はい、どうも」と缶を受け取る。


「なぜ、自分なんでしょう?」

「そうじゃ。当人も揃ったところでそろそろ理由を説明してもらおうかのう」


 シンは頷き、これまでの経緯を説明した。

 神王による試験と、その内容。そして監視官を三人指名できること。


 アメノもまた公正で公平な天使だ。少し気弱なところはあるが、規律を重んじるからこそ、信用できる。

 堅物ではあるが、頼まれたことを勝手に放り出すことは決してないと言う点にシンは着目した。


「意外じゃのう。おぬし、エイザスの所の者であれば簡単に三人選べたじゃろうに、わざわざ儂のところから選ぶとな」

「もちろん、エイザスの元からも借りるとも。しかし偏っては外聞が悪かろう。エイザスに取り入ってると思われても面倒だ」

「じ、自分で本当にいいんでしょうか?」

「此処で儂の弟を実験動物としてみてないのはおぬしくらいじゃ。むしろ適任を良く見極めたのう」


 シンは不敵に笑った。


 過去に「自分が補佐を持つとしたら」と空想したことがあった。その時に兄たちの補佐天使を引き抜くことも真剣に検討したのだ。

 だから、シンにとって友好的であったり、有用性が高い人材はすでに把握済みである。

 実際に行動を起こさなかったのは、兄達との間に余計な軋轢を生みたくなかったというのが大きい。何より、補佐を得たところでシンには果たすべき責務はなかったのだから無意味だと諦めていた。


「王の命である以上断れまい。アメノ、行ってくるが良い」


 予想通り。

 生真面目で堅物なシリスは、神王の指示であると説明すれば必ず手を貸してくれるとわかっていた。

 融通が効かないところは危ういが、こう言う時は素直に助かる。


「じゃが、シンよ、儂の補佐を敢えて選ぶのじゃからな、兄の細やかな頼み事くらいは聞いて然るべきとは思わんかい?」

「無論、貴様に恩を売られたままで居るつもりはない」


 何かしらの要求はされるだろうことも想定内だ。

 シンの返答に、シリスは喉を鳴らして笑った。


「アメノ、採血の準備を頼む」

「あ、はい」


 アメノが一礼して退室すると、シリスがシンに視線を戻して椅子の背に凭れた。


「昨今魔族の間で、血の医療という医術が発展しているのは知っておるか?」

「話だけならば。吸血鬼族を筆頭にしている魔族の医療だったか」


 いつだったか、秘密基地で片割れが騒いでいたのを思い出す。

 吸血鬼族の長が、聖樹戦争をきっかけに医療分野に関心を寄せ、魔族のための医術を発展させて行っているのだと言う。


 話題に上がった血の医療は、魔族にとって毒となる神聖力を中和するために魔力を込めた血液を輸血すると言うものだ。

 魔族にとって魔力は栄養にもなるから、神聖力に限らず、衰えた魔族の回復にも役立っているとかなんとか。

 イツも採血の注射されたらしく、秘密基地で不貞腐れて丸くなっていたことがあった。


「……我の容姿は確かに吸血鬼に由来するものだが、この身に宿る力は貴様らと変わらんぞ」

「推測の域は出んのじゃが、儂は魔力と神聖力は、属性こそ反発し合うが本質は同じものじゃと思っておる」

「それは……興味深い話だな」

「根拠はおぬし……正確には、聖樹か。神聖力を蓄積する聖樹じゃが、魔力さえも反発することなく取り込んだのはなぜじゃろうか? それを考えた時、さてはどちらも、本質的には同一のエネルギーなのではないかと閃いたんじゃ」

「なるほど」


 シンは心から面白そうに笑みを深め、脚を組んだ。


 吸血鬼は、その名の通り血に纏わる力がある。シンプルに考えれば、血液中の魔力量が多いのだろう。

 シンの体はその魔力がそっくり神聖力に置き換えられているかもしれない。


「吸血鬼を生捕りにしたことはないからわからんのじゃが、ひとまずおぬしから血だけ貰っとこうかとな」

「我にも結果を報告するならば良かろう」

「勿論じゃとも! 儂の予想が正しければ、シンの血中神聖力は兄弟の中で最も濃密だと思うんじゃ! おそらく次点でエイザスが高いかのう」


 興奮気味に語るシリスに、シンは敢えて水を差す。


「前提が間違っているかもしれないだろう。気が早いぞ」

「う、うむ。そうじゃのう……。ま、焦らずとも調べればすぐにわかることじゃ」


 居住まいを正したシリスは、コホンと咳払いをする。

 ちょうどよく、アメノが戻ってきたので、そのまま応接室で採血を済ませてから、シンは研究所を後にした。

次回更新は一週間後です。

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