一章-1
神聖国カイリティカ。
そこは、神の王が治める国。
創世神にして神々の王である神王を筆頭に、その御子である五人の神と、御使である数多の天使たちが、暮らしている。
神子たちは神王に倣い、それぞれが、それぞれの望む世界を作り、管理する責務を負った。
……ただ一人を除いて。
第三の神子シン。
銀の髪に白い肌、鋭い眼光に、尖った牙。思わず見惚れてしまうような整った美しい容姿ではあったが、神を語るにはあまりにも危うく、怪しく、魔性と呼ぶのが相応しい。
さながら魔物、それも吸血鬼と形容したくなる存在感であった。
それもそのはず。
彼には魔の血が流れている。
神聖国の果ての地には、神子を産む特別な樹がある。
樹に大きな実が成ったら、それが割れるまで、神王が直接触れて神聖力を注いでゆくのが常なのだが、彼の時だけは逸脱してしまったのだ。
神子を産む樹に、魔族の王が興味を持った。
後に聖樹戦争と呼ばれる大戦の末、神王の神聖力と魔王の魔力、二つを注がれた御子が産まれた。
神と魔の狭間の子。
かろうじて片目のみに輝く黄金色が、一目で神王の子だとわかる唯一の特徴であり、それ以外は魔王によく似てしまったから、天使の中には、彼を見下すものまでいた。
謂わば、信用を得られないのだ。
いずれ国を裏切り魔族につくかもしれないと警戒されて、真っ当に神としての責務を与えてもらうこともない。
だが一方で、目覚ましいほどにシンは優秀であったから、それを惜しむ声もあった。
シンが創る世界は、どんな世界になるのだろうか?
誰もが関心を寄せ、しかし、わずかだが懸念の方が上回ってしまったから、シンだけが神の子の中で世界の管理者になることを許されなかったのだ。
そうして、いつの間にか増えていた双子の弟妹たちは、シンを差し置いて世界を創ることを許された。
シンは気にしてないふりを装ったものの、やはり少し寂しく思った。
そういう時、身内にさえ弱みを見せられないシンは、こっそり城を抜け出して、カイリティカの果ての地にある”秘密基地“へ行く。
そこは、聖樹戦争の名残により国中に漂う神聖力が薄く、わずかに魔国からの魔力が流れ込んできているため、天使たちにとっては居心地が悪く、かと言って凶悪な魔族にとってもあまり気持ちの良い場所ではない。
だからこそ、間の子であるシンにとってはちょうど良い居場所になった。
「なんだ、いたのか、イツ」
「だぁー! もうー! 聞いてよシン!」
蔦の絡まるボロ小屋に入ると、先客が尻尾を逆立てて飛びついてくる。
シンと鏡合わせの瞳の色をした、同じ背格好の青年には獣の耳がピンとたち、ふさふさの尻尾が生えている。犬科なのはわかるが、人狼というほど顔の作りは獣ではなく、黄金の毛色も含め顔立ちはそう、神王そっくりだ。
「また妖精に悪戯されて仕返しに失敗したのか?」
「な、なんで分かんだよ!?」
「貴様の不満なら十通りくらいまでは予想がつく。それに尻尾の毛先が焦げている。火を使ってイツにちょっかい掛ける魔族は妖精くらいだろう」
「え、嘘? ええー!? リリンにブラッシングしてもらったばっかなのに!」
涙目で嘆くイツの言葉に、シンは少しだけ目を伏せて小さく息をついた。
そのまま綿の飛びでているボロのソファに寝転がる。
焦げた毛先を撫でていたイツは、ふとシンの様子に気づき、子犬のようにあどけなく近づいて、顔を覗き込んだ。
「なあ、ここに来たってことは、お前もなんかあっただろ。お兄様が話を聞いてやるよ」
「ぬかせ。貴様はどう見繕っても弟だろう」
「えー、じゃあ、可愛い弟ってことなら聞いてやんなくもないけど」
「くくっ……そこはシンプルに片割れで良いだろう」
気が抜けて吹き出したシンは、呆れながら身を起こす。
大仰なシンの言葉にイツは「なんかその言い方ちょっと痛くない?」とぼやいた。
イツはシンと共に生まれた”魔王の子“だ。
聖樹に込められた神聖力と魔力は反発し合い、実の中で分裂しようとした結果、わずかに混ざり合ったまま双子として誕生したのではないか、とシンは推測している。
謂わばイツもまた神の子ではあるのだが、見目に反して神聖力を持たなかったが故に、神の子としては数えられてはいないのだ。
魔力に適応したイツは、魔王の元で育てられ、反対に、神聖力に適応したシンは、神王によって育てられることと相成った。
再会は偶然だった。
とはいえ、半端者同士居心地の悪い場所から逃げ出して、互いにここに辿り着いたのだから、ある意味必然の再会と言えるだろうか。
幼く不器用ながら、二人で協力して建てたこのボロ小屋は、拾ってきたものを互いに持ち寄るうちに、何かあった時の二人の秘密の避難場所となった。
約束しているわけじゃないから、頻繁に会うわけではないけれど、気の置けない仲なのは間違いない。
離れて過ごしているとはいえ、共に産まれた片割れには、それなりに思い入れもあるし、何より、混ざり者としての気持ちを共有できるのは、シンにとってはイツだけだから、大事な存在であることに違いないのだ。
「なに、新参に先を越されて、ただ少し面白くないと拗ねてるだけさ」
「んあー、新しい双子の神だっけ。えーっと、チェリーベル?」
「チェリョとベルだ」
「ウワサで聞いてたけど、世界を創るってマジなんだな。気に入らないなら、俺が魔族引っ張ってそいつらの世界滅茶苦茶にしてやろうか?」
「冗談はよせ、貴様にそんな人望はないだろう。それに、別に弟妹たちへ嫌がらせをしたいだなんて思っていないさ」
ただ、自分では決してその恩寵を授かることはできないのだろうと思うと、少しだけ落胆する。
イツは無邪気な提案を撥ねられると、飼い慣らされた犬のようにシンの膝の上に腕を組み顎を乗せた。
人を寄せ付けない空気を纏ったシンとは対照的に、イツは懐っこく愛嬌があった。
「世界を創るのって、そんなに良いもんなのか? 自分が王様で好き放題できるってんなら確かに楽しそうだけど、神王の思惑的にはそんな簡単じゃあないんだろ?」
「さあな。それに関して特別魅力を感じるかといえば、同意見と言えなくもないが……周りが当たり前に許されていることが、自分だけ許されていない現状に憤りくらい感じるとも」
「ま、確かに、あれもダメこれもダメって言われ続けたら気も滅入るか」
「イツの場合はくだらん悪巧みばかりするから叱られてるだけだろう」
「そりゃあ、こんなでも俺は魔族の王子なんだからな。悪いことの一つでもして箔をつけないと馬鹿にされんの」
不貞腐れたようにイツはそっぽを向いてしまう。
イツは魔族の上に立つ者としては、あまりにも純粋で実直すぎるのだ。騙すのも下手だし、側から見ても向いていないことがよく分かる。
だが不思議と世話を焼きたくなる魅力があるから、小馬鹿にされてはいるものの、それなりに愛されて、可愛がられていた。
魔族には様々な種族が混在しているのも一因かもしれないが、イツはシンよりも見た目で馬鹿にされることはそれほどなかったらしい。
それらを羨ましいと思ったこともあったけれど、シンにとっても己が片割れが可愛くてしょうがなかったから、劣等感を押し付けるような幼稚な真似はしなかった。
未だ膝の上にあるイツの頭を撫でながら、シンは胸中で悪態をつく。
「俺たち逆ならよかったのにな」
ハッとする。
思わず口からこぼれてしまったのではないかと錯覚したが、つぶやいたのはイツだった。
同じことを考えていたらしい片割れへ、シンは返答する。
「詮無いことだ」
虚しい自問自答を最後に秘密基地には沈黙が訪れた。
次回は来週更新です。