【挿話】家出
「っ、あ、ご、ごめんよ、シン、今のはパパが悪かったな……!」
繋ごうとした手は振り払われ、幼く小さな体は、その勢いに飛ばされて地に倒れた。
驚きで目を丸めた子供に、震える手を伸ばす父は、一見するといつも通り柔和な笑みを浮かべていたのだけれど、一度芽生えた疑念のせいか、ぎこちないような違和感を覚えた。
何よりもあの瞬間、冷たい殺意を一身に浴びたことで、遠い昔に蓋をした記憶が呼び覚まされて、また、絶望を抱いたのだ。
「気にしてない。ちょっと吃驚しただけ」
か細い声で、シンはつぶやいた。
無表情に頭を下げて、父の手を取らずに立ち上がる。震える父の手を掴むのは、あまりにも可哀想に思えたから。
そのまま逃げるように自室に戻る。
道中、城使えの天使たちがヒソヒソとうるさくて、不意に視線を投げれば「ひっ」と小さな悲鳴が上がった。
誰もがシンを怖がって、誰もがシンの陰口を囁いた。
表向きは優しく接してもらえたらけれど、部屋の掃除はいい加減だったし、運ばれる食事はどれも冷え切っていた。
誰かしらが気付きそうな程ずさんなのに、誰もがそれを指摘しないのだがら、そういうことなのだ。
そしてこの現状に、父でさえ気づいていない。
けれどシンは、全ての言葉を飲み込んだ。
ただ黙って、状況を観察し続ける。
そうやって過ごしてきて、ある時ふと、思った。
「ここに居たらいけない」
この場所で必要とされていないこと。
そして、自分の居場所はここではない焦燥感。
気づけば、人の目を盗んで城の外へと抜け出していた。
他者の目や気配に人一倍敏感だったから、誰に悟られることもなく、もっと遠くへ、カイリティカではないどこか果ての地を目指したのだ。
郊外へ出て、森を彷徨うほどに、空気が薄くなっていくような妙な感覚。
けれど、不思議と懐かしい匂いのような郷愁を感じて、惹かれるままに足を進めた。
微かな水音。
葉擦れの音を響かせて、草をかき分けた先、小さな泉がそこにあった。
シンは眉を寄せて泉を見る。
正確には、泉に顔を浸している子供の姿だ。
「っぷはー! 生き返るー!」
「!?」
「ん!? 誰だ!?」
勢いよく顔を上げ、飛沫を撒き散らす子供は、息を呑んだシンの微かな音に気づいて振り返る。
鏡合わせの瞳が交わった。
「父上?」
それはシンの口から出た言葉でもあり、目の前の少年から出た言葉でもあった。
きっとこの時、二人は同じことを考えていた。
あまりにも父にそっくりな見目でありながら、本能的に「違う」とわかる。
そう、ずっと求めていた、自分の正しい居場所を見つけたような感覚。
そして、シンはちょうど良くその古い最初の記憶を思い出したばかりだったから、すぐにそれが、自身の半身であると理解できた。
「俺、イツ。お前は?」
「シン」
屈託なく笑う片割れには獣の耳と尻尾があり、如何に神々しさがあろうとも、魔族なのだと嫌でもわかる。
けれど、シンにとっては些事に過ぎない。
魔族は天敵だと教わってきたけれど、イツだけは特別だった。
それはおそらく、向こうも同じ気持ちであるに違いない。
なぜなら、思わず伸ばした手でイツの手を取ると、シンの手は強く握り返されたから。
それだけで、シンの胸はいっぱいになって、生まれて初めて、一筋の涙が頬を伝った。
「わわ、痛かったか?」
「あったかい」
ふるふると首を振りながら、シンも固く握り返す。
「シンの手はなんか、ひやっこいな」
「嫌なら放す」
「んー。このままでいいや。なんか温度混ざってきてぬくくなってきたし」
「そうか」
正反対の半身から与えられる温度。混ざり合って「丁度よく」なることが、少しおもはゆくも嬉しかった。
泉のほとりに並んで座り、他愛のない話をする。
とは言え、ほとんどはお喋りなイツが好き勝手に話して、シンが短く受け答えするようなものだったけれど、不思議と気まずくはならない。
お互いに、お互いの親にそっくりだったから、慣れているのもあったかもしれない。
「でさあ、父上がカホゴすぎんの! ヴォルゴのとこで俺も訓練したいってずーっと言ってるのに、ダメだの一点張り。だから俺決めたんだよね。一人で修行して強くなって見返してやろうって!」
「それでここへ?」
「そ。なんかこの辺、人目少ないし秘密の特訓に丁度良さそうじゃん。あ! シンも俺の特訓に付き合ってよ!」
「特訓メニューなら一緒に考えてもいいけど、手合わせは嫌だ」
「えー!? なんで? あ、負けるのが嫌とか?」
「怪我したら危ない」
「げえっ、父上と同じこと言うなよ。どいつもこいつもビビり過ぎだって」
頬を膨らませて拗ねるイツ。
シンは微笑して、空いた手でイツの頭を撫でた。
「な、何? 何??」
「みんな、イツを大事に思うから気にかけてくれてるんだろう」
「なんかそれ、怪我するの俺の方って意味に聞こえるんだけど?」
「相手を傷つけることの方が、時として身を切られるより深い苦痛なこともある」
シンは撫でていた手を引いて、目を伏せた。
自らの父親を思い浮かべる。
関心を持たれないことも、こちらに傷をつけられることも、耐えることは難しくなかった。ただ、心を鈍くしていればいいから。
一番苦しかったのは、そう、父が傷ついた顔をしたこと。
自分の存在が、周囲へ痛みを与えるだけなのだと気づいたから、耐えられなかった。
「たとえば、イツには好きな人はいるか?」
「えー? うーん、やっぱヴォルゴとヴォルゴん所のにーちゃん達かな。強いしかっこいいし優しい。あ、リリンも優しいから好き!」
「その人たちが、起き上がれないくらいの大怪我を負ったらどう思う?」
「…………原因を叩きのめす」
「原因がイツだったら?」
「へぇ? そんなこと考えたことないし……ええ……考えただけですごく落ち込む」
「そう言うことだ」
「ど、どう言うこと?」
「イツがそうやって、落ち込むことになったら心配って気持ちもあるんだろうな。訓練の最中に、事故が起きないとも限らない」
「シンって小難しいこと考えてんだな」
「イツが無鉄砲すぎるんだろう」
思いもしなかったらしいイツのポカンとした顔には愛嬌があって、シンは思わず吹き出した。
こんなふうにはっきり笑ったも初めてかもしれない。
笑い飛ばされて、少し恥ずかしそうに頬を掻いていたイツも、けれど片割れの笑顔に悪い気はしなかったのか、食い掛かることはなかった。
そうやって時間を潰して、夜が来たら二人で身を寄せ合って野宿した。
天球は星あかりが散りばめられて、吸い込まれそうな夜色は美しかったけれど、いつまでも野宿は嫌だ。
イツもシンも帰りたがらなかったし、互いに互いのそばに居たかった。
それは暗黙の了解で、阿吽の呼吸だったと言える。
「シン、家を建てよう! 設計図作って!」
「材料もないのにどうやって?」
「ふふん、まあそこは俺に任せなさい」
イツはシンに距離を取るように指示すると、手に魔力を込める。
魔力が腕全体に帯びると、爪が長く鋭く伸びるのが見えた。身体強化の術だ。
ふっ、と一息に爪で薙ぐ。
大木の幹が抉れ、二、三繰り返せばあっという間に切り落とせた。
「どんなもんだ! これで木材を集めていけるでしょ!」
「一本切るのに時間をかけ過ぎてるな。兄上なら一振りでできる」
「武神と比べんな! 俺まだ習い立てなんだからな!」
「……それは悪かった」
シンの周りは特定の分野で秀でた者が集まっているからこそ、評価の水準が高く厳しい。
何より自分が、天使たちから至らない部分を指摘されてきたから、自然と粗探しのような言葉が出てきてしまった。シン自身、それに思うところがあったので素直に反省する。
言葉選びを改めねばならないと思いながら、イツの切った木の断面を見る。
「なんにしろ、このままじゃ使えない。加工はできるのか?」
「どんな形がいいんだ?」
「大きな家は無理だろうから、小屋を建てるとして……」
土台を組む角材の形を指示して、イツに削ってもらう。
三つ目を作り終えたあたりで、シンが苦笑した。
「大雑把」
形が均一ではないそれらは、まあうまく組めば建つかもしれないが、この精度では屋根など作ったら雨漏りの予感しかしない。
「そんなに言うなら自分でやってみろよ!」
「ふむ。一理ある」
シンはイツが切り出した角材を受け取ると、右手の指先に神聖力を纏わせて、角材の表面をすぅっ、と撫でた。
鉋をかけるように、削れた帯状の木片が地に落ちる。
削った表面は見るからに平らだ。
「何それ!? すげー!」
「人間の作った道具の図鑑で見た、木材を削る道具の原理を参考に神聖力で削った」
「そんな図鑑あるの?」
「人間を観察、研究するのは神々の責務だ。論文や歴史書も数多くある」
「しかし、こんなピンポイントなの、よく覚えてるね」
「時間だけはあったから、色々読んだ……そうだ、思い出した。イツ、ちょっとついてきてくれ」
「どうした?」
逸る気持ちで掴んだ手は、やはり振り払われない。
浮き足立つシンの足取りをイツも追う。
足を運んだ先は廃村だ。
昔はこの辺りにも天使が暮らしていたけれど、戦争をきっかけに、魔力の瘴気が流れ込みやすくなり、誰も住まなくなった。
だいぶ昔なのでほとんどの建物は荒れ果てていたが、再利用できるものも十分にある。
すでに加工されている材料を拝借した方が早いと、シンは思い至ったのだ。
「ここの建材をもらって行こう。その方が早いし簡単だ」
「え、これ勝手に持ってっていいのか?」
「誰も使ってないから問題ないだろう」
「ほー。よく知ってたなこんな場所」
「聖樹戦争の時に前線拠点として使われていた村があったのを思い出した。もしかしたらと思ったけど、来て正解だったな」
「ほんと、結構綺麗だし俺たちラッキーだな。それで、どれ持ってけば良い?」
そこからは順調だ。
小屋のほとんどの素材は廃村から持ち出して、組み立て直し、最初に切り出した不恰好な木材は、記念として外から見える場所に飾りとして取り付けた。
スムーズではあったけれど、まだ成長を残した小さな体で、木材を運び組み立てるのには、そこそこの時間を要した。
一週間半ほどで完成した小屋はみすぼらしく、雨風が凌げる程度の最低限の作りだったけれど、二人で作った、二人だけの根城に、達成感は言い表せない。
それから、まだ何もない小屋の中で、身を寄せ合って夜を超えた。
昼間はあたりを散策して、イツが捕まえてきた野生動物を焼くために、小屋の前のスペースを開けて焚き火を用意する。
ほぼ生の肉をニコニコと食べるイツを微笑ましく思い、自分の分を分けてやったから、結局シンが食べるのは一口二口くらいの少量だったが、当人は満ち足りていたから問題ない。
口には出さなかったけれど、このままこんな楽しい暮らしが続けば良いと、シンは思った。
家を出てから一ヶ月が過ぎた頃。
結局イツのお願いに折れたシンは、手合わせをしたりしていたのだが、結果はシンの全勝だ。
単純な筋力勝負では危ういが、猪突猛進のイツをあしらうのは、シンには難しくなかった。
ただ、躱した先に、まだ消したばかりの焚き火があって、イツが思い切り突っ込んでしまったから、慌てて手合いを中断して、今は泉で傷を冷やしている。
「あああ悔しい悔しい悔しいよー! アスラとかドクトゥールみたいな立ち回りしやがって!」
「そいつらを見返してやりたいなら、手合わせの相手としてはちょうど良いんじゃないか?」
「ぐぐ、それは、たしかに……」
シンは微笑をこぼしてイツの頭を撫でる。
「前、火傷に効く薬草を見つけたから取ってくる。まだもう少し冷やしていた方がいいから、じっとしてるように」
「へーい」
脱力して適当な返事をするイツを置いて、シンは廃村の方向へと歩き出した。
おそらく当時の村人が庭で育てていた薬草が、自生して残っていたのだろう。火傷や切り傷などの外傷に効く植物をいくつか目にした覚えがある。
「シン!」
村に足を踏み入れたところで呼び止められる。
この辺りに天使も魔族も訪れないものだから、完全に気が抜けていて、声をかけられるまで気づかなかった。
「……エイザス」
兄上、と言いかけて、敢えて名前で呼び直す。
それは明確な線引きで、名で呼ばれたエイザスは一瞬だけ驚いて目を丸めた。
エイザスの両手には、引っ張られてきたらしいアドニスとシリスがいる。
「探したんだぞ、シン。早く帰ろう、ここは瘴気があって良くない」
「帰らない」
「え?」
「自分は……我はここで暮らす。貴様らの城には帰らない」
尊大な態度で、シンは言い放った。
一層驚くエイザスの横で、シリスは呆れ、アドニスは冷たい目を向けた。
「だから言ったでしょうエイザス様。無理に連れ戻すのはかえって良くないと。この方にはこの方の居心地が良い場所があるんでしょうから」
暗に示されるのは、魔族側に転じて生きる道だろう。
言われて初めて、シンは魔国に逃げると言う方法に気がついた。
だが、すぐに否定する。魔族側に転じたい訳ではないのだ。
シンはただ、混ざり物のシンのままで、存在を許されたいのだ。
父や兄達と、殺し合いたくはない。
そう、だからこれまで、耐えると言う選択をしてきた。
耐えるだけではダメなのだと知って駆け出して、この狭間にたどり着いただけ。
黙ったままのシンへ、シリスがピシャリと告げる。
「ここ、と言ったが、この廃村で暮らすというのかの? 瘴気があるといえど、ここはまだ神聖国じゃぞ?」
「我がここにいては不愉快か?」
「おぬしとて馬鹿ではあるまい。その意味がわかるじゃろう」
シンにその意図がなくても、ここに暮らす以上、迷い込んだ魔族との繋がりを疑われる。
カイリティカの領土に身を置きながら、魔族と懇意にしたとあっては、たとえ潔白でもあらぬ誤解を招くのは必至。
裏切りは神王が最も嫌う大罪だ。
「おぬしがここを離れぬならば、お父様はおぬしを討つために数百の兵を送るじゃろう」
「し、シリス、それは脅かしすぎだって! いくら父さんでも我が子にそこまではしないよ!」
「我が子か疑わしいのでしょう。この方はどう見ても、魔族の王にそっくりですから」
「……貴様らは我に何を望むというのだ? 追い出したいのか、あの場所で耐えろと言うのか?」
三人の意見はそれぞれチグハグで、シンは何を望まれているのか分からなかった。
戻ろうと言うエイザス。
ここに留まるなと諭すシリス。
魔族の国へ行けと示唆するアドニス。
黙るシリスとアドニスを他所に、エイザスは繋いでいた両手を離し、一歩前に出てシンへ手を差し伸べた。
「帰ろう! そして、何も耐えなくていい。帰って一緒に立ち向かおう! 俺はお前の兄で、いつだって味方だから大丈夫だ」
気押されるようにシンは一歩後ずさった。
「……眩しい」
「うん?」
「エイザスの補佐は、我に出ていって欲しそうだが、いいのか?」
「は!? え!? なんのことですか!?」
アドニスが真っ先に素っ頓狂な声をあげる。
きょとんとしていたエイザスは、すぐに合点がいったのか「嗚呼」と。
「アニスねー、シンのこと何考えてるかわかんなくて怖いって言ってるけど、別に嫌ってはいないんだよ! さっきのも、シンが魔族と暮らしたいって望んでるなら、その気持ちを尊重してあげるべきだ〜って話で」
「アドニスです! エイザス様黙ってください!! ああ、もう! ビビリで悪かったですね!!」
「くくくっ、そう言うことじゃ。シンよ、おぬしは言葉の裏側を読み過ぎじゃ。儂らは何も、おぬしを無理に連れ戻そうとも、追い出そうともしておらんよ。ただ、おぬしがどうしたいのかくらいは、家族のよしみで教えてくれたら嬉しいがの」
兄達とこんなふうに話したのは初めてだった。
城では他の天使の目もあったし、何よりエイザスもシリスも、すでに自分の世界を持っていて忙しいから、こんな思い詰めた話をするタイミングなんてなかったのだ。
天秤にかけた時、自分の存在はきっといつだって二の次にされる。
それはある意味事実なのかもしれないけれど、選ばれないからと言って、冷え切っている訳ではないのだと、ようやく実感した。
結局、シンにはまだ、どうしたいかが浮かばなくて、兄達の言葉に答えなかったけれど、代わりに小さく「……少ししたら帰る」と呟いた。
「魔国から迷い込んだ犬の世話をしていた。焚き火を踏んで火傷をしたから、薬草をとりに来た。それだけ治療して、魔国の入り口まで送ったら、戻るから、……ここで少し待っててくれないか?」
「魔国の犬って、魔獣なんじゃ……?」
「まだ仔犬で危険はない」
一緒に行きたがる三人を説き伏せて、シンはイツのもとへと戻った。
イツは泉からすでに上がっていて、水を含んだ服の裾を絞っていた。
「おー。遅かったな、シン。寒くなったから出てきちゃった」
「城へ帰ることにした」
「な、なに? 藪から棒に」
「迎えが来た。応じなければきっとここに兵が押し寄せる。だから、我は帰るよ、イツ」
「なんだよ、急に……急すぎるだろ、そんなの」
呆然とするイツに、シンは手早く薬草を火傷に押し当てて、丈夫な蔓でくくりつけた。
「この小屋は二人だけの秘密の場所だ。我はどうしても、ここを守りたい。……なに、折を見て遊びにくるさ、だから、また会おう、イツ」
「待ってくれよ! なら、こうしよう、俺と一緒に魔国で暮らそう! みんな気のいい奴らだし、シンも歓迎してくれると思う。魔力の瘴気だって、堕天使族に聞けばなんとかできるかもしれないしさ! なあ、名案だろ?」
「それも悪くないのだろうな。けど、もう兄達に戻ると約束をしたから。魔族だからこそ、約束を破るのが御法度なのはわかるだろう?」
魔族にとって破ることができない絶対のルールだ。
そう伝えれば、イツはしょぼくれた様子で納得してくれた。
「でも、魔国に来たいと思ったらいつでも来いよ。俺、待ってるから」
「ありがとう、イツ」
気持ちだけを受け取って、シンは足早に廃村へと戻った。
兄達はまだそこにいて、ホッとすると同時に、半身との別れが今頃身に染みて寂しく思う。
少しだけ俯いたシンへ、エイザスが再び手を差し伸べるから、シンは見上げて、ふと思った。
快活なエイザスは、少しだけイツと似ている。
ゆるく手を握り返して、帰路へと着いた。
「……父上はこの件になんて?」
「あーっと……その、父さんはちょっと、忙しくて……」
「おぬしがいなくなった事自体気づいとらんぞ」
「ちょ、ちょっとシリス! そんなハッキリ言ったらシンが傷ついちゃうだろ!?」
「事実はハッキリ伝えるべきじゃろうて。因みに儂も部下から最近見かけないと聞くまで気づかなかったぞ」
「ふっ。だろうな」
「俺はちゃんとすぐ気づいたからな! いいお兄ちゃんだろ!」
「エイザス様はサボりの理由にシン様を使ってただけじゃないですか」
「だろうな」
「そのおかげですぐ気づいたんだからいいだろー!? シンまでそんな目で俺を見るなー!」
両サイドから呆れ果てた冷ややかな視線が飛んできて、エイザスは天を仰いで叫んだ。
アドニスは早足で少しだけ追い越すと、シンに目を向けて言う。
「神王様には念の為何もお伝えしてません。一応、事後報告ということはできますが、どうします?」
「……何も言わなくていい」
そう呟いたシンの表情は、いつになく素直に、どこか寂しげな微笑だった。
きっと周りが感情豊かに話をするから、少しだけ引っ張られてしまったのだ。
シンの返事を見た三人は、それ以上その話を広げることはなく、ただ、エイザスだけが戯けたように笑って見せた。
「じゃ、兄弟だけの秘密だな」
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