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カイリティカ -忌神編-  作者: 兎角Arle
一章 エプルーヴ
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一章-9

 報告を聞いた神王は、笑みを崩さず悩ましげに呟いた。


「個性として捉えてあげるべきなのかなあ」


 アドニスが持ち込んだカラスは今、神王が即席で創った籠で大人しくしている。

 神王には一目で、この鳥が他とは違うことがわかってしまったから、思わず声が溢れたのだ。


 周囲に控える衛兵も、連れてきたアドニスも、その呟きが何にかかっているのか見当もついていない様子で、不思議そうに神王の言葉の続きを待つ。

 誰もこの異質に気づいていないことを悟った神王は、何気なく、アドニスに問う。


「エイザスとシリスのとんでもない失敗談って幾つ思い浮かぶ?」

「え? はい、エイザス様はそれはもう数えきれないほどですから、私にも測りかねます。シリス様はそう多くないですが……いかんせん、知識欲に駆られて被害規模の方が目立つ印象でしょうか……」


 エイザスはやんちゃで溌剌だったし、シリスは無垢で好奇心旺盛だった。今もそんなに変わらないが、昔は加減を知らないから、周りはてんてこ舞いだ。

 思い出しただけで胃が痛むことも多い。


 神王は「なるほどね」と。


「シンってそういう、ヒヤヒヤするようなことあったっけ?」

「……ない、と思います。幼少より大変聡明で物分かりの良い方でしたので。強いていうなら、家出の件くらいでしょうか」

「うん? 家出なんてしたっけ?」


 記憶を辿りながら口をついた言葉が失言だったと、アドニスは問い返されて思い至った。


 神王はシンを探さなかった。

 正確には、シンがいなくなっていることに気づきさえしなかったのだ。


 当時は結局、弟の不在を心配したエイザスがアドニスとシリスを引き連れて探しに出て、郊外で見つけたところを城に戻るよう説得したのである。


 アドニスからしてみれば珍しくシンに煩わされた思い出深いエピソードだったが、無関心だった神王は知る由もない。

 今更蒸し返すものでもないし、アドニスは詳細を省くことにした。


「程なく戻られたので、家出というほどではなかったかもしれません。今思えば、ちょっとした冒険ごっこの延長と言ったところでしょうか」

「えっ、私の知らないところで、シンにもそういう奔放なところがあったの? うわ〜見てみたかったな〜残念」


 言葉だけは子等に対して平等だ。

 神王自身が無自覚であるからどうしようもないが、シンに対してだけは明らかに、関心の低さが目立った。

 アドニスとて、そのことに思う所はあるのだが、立場上言葉を飲み込む他ないのである。


 ひとしきり残念がってから、神王はつっ、と目を細めて笑う。


「しかしまあ、品行方正は良いことだ。普段の振る舞いの良さもあるし、今回とて目立った失態とも言えない。今のところは、私の胸のうちにだけ秘めておこう」


 この場の誰もがその言葉を疑問に思ったが、神王が自らの内にだけ秘めておくと言った以上、問うことは不敬である。

 誰も追求することのなくなった、物分かりの良い沈黙に、神王は晴れやかに笑いかけた。


「うん、じゃ、そういうことで。このカラスは私が預かっておくから、エルマ、オルガ、ジセルはアドニスと一緒に時間割の調整しておいで」


 四人は無言のままに一礼だけして、速やかに下がる。


 人数が減ったことで、衛兵の配置が変わる中、神王は籠の中のカラスを指で突つく。

 鬱陶しそうにしながらも、カラスは嫌がるそぶりを見せない。

 神王は声を潜めて呟いた。


「試験が終わったら全て吐いてもらうからね、シン」


 大人しいカラスは、鳴きもせずただ神王を見ていた。


*


「おかえり、イチ。ご苦労だったな」


 夕刻。窓を叩く音が響き、手紙を持って戻ったイチを、シンは迎え入れた。


 イチの首には輪をかけられ、胸元に筒状の容器、そこに折りたたみ丸めた手紙が込められている。これは神王が即席で用意したものだろう。

 ひとまず、伝書鳩としての役割は果たせることが証明された。


 昼間のうちに用意しておいたレーズンをイチヘ与え、食いつく姿を横目に手紙を開く。


「明日、か」


 明日の朝、人里へ降り立つ。

 最初はさまざまな説明を含むため、監視は全員が同伴するらしい。以降の分担は、基本的にシンには通達されない。


 いよいよだ。


 これまで、自分から何かを求めることは無かった。それが自らの立場を危ぶむと悟っていたから。

 だが、何もかもを諦めるほど、潔くもない。チャンスを与えられるなら、必ず掴み取ってやる。


 羽を休めるイチを傍らに夜を凌ぐ。

 いつも通り、明け方に少しだけ眠って、目覚ましに水を飲み込んだ。


「行こうか」


 柔らかな声音で呼びかけて、イチを肩に乗せ部屋を出る。

 厳かな足取り。

 緊張はしていない。

 どうせ失敗しても成功しても、周りの態度はさほど変わらないのだから、恐れるだけ無意味なのだ。


 集合場所は郊外の廃墟。

 神王が投棄した、始まりの世界レスティカへと繋がる門のある広間だ。


 随分と早い時間だったが、すでに人影があった。

 神王と、その配下の三人だ。


「おはよう、シン。やっぱり早いね」

「その言葉、そっくり返してやろう」

「私はね、一応人が少ないうちに話しておきたいなと思って」


 神王が控える三人へチラリと視線を送ると、頷いて廃墟を出ていく。人払いだ。


「イチのことか?」

「イチ?」

「我が眷属たるこのカラスだ」

「ああ、イチっていうんだ……え? 数字のイチ? そのネーミングはちょっとどうかと思うよ?」

「識別できれば十分だろう」

「こほん。うん、まあ、名前といい契約の形といい、色々気になりはするんだけど、その話は試験が終わってからでいいよ」

「ならば一体?」


 今更何を話す必要があるのか、見当がつかないシンは苦笑して少しだけ首を傾げてみせた。

 真剣そのものの神王の目が、シンを射る。


「とても大事な話だよ。きっとシンは、この試験を難なく終えることが出来るだろうからね」

「まだ始まってすらいないというのに、けったいな」


 呆れるシンを意に介さず、神王は尋ねる。


「シン、お前は責務の果てに、どんな世界を描きたい?」


 シンは空虚な瞳で神王を睨め返す。

 そんな事、考える余地など今までなかった。


 否。お遊びの空想で、片割れと共に在っても咎められない国があれば良いと、想像した事ならあった。

 しかしそれは、途轍もなく非現実的だ。今のシンはそんな幻想を望みはしない。


 そもそも、自分だけの世界を持つという実感はまだない。描きたい世界像もありはしない。

 絵空事だからこそ、以前片割れに吐露したように、世界を持つことそのものに大した魅力を感じていないというのは、紛れもない本心だった。


 沈黙を崩さないシンの揺らぐ瞳をしかと認めて、神王はふっ、と柔く笑む。


「答えを焦ることはないけれど、私たち神にとってとても大事なことだから、忘れないでほしい。そしてもし何か浮かんだら、その時は私に教えてほしいな」


 シンの返答を待たず、神王は「じゃ、そろそろ始めようか」と、手を叩く。

 それを合図に、監視役の面々が広間へと集った。やはり、残りの三名が割り込まないように神王の部下たちが取り計らっていたらしい。


「全員揃ってるね。では、最終確認の前に、試験の関係者にはこれを持ってもらうよ。ジゼル」

「はい。こちらシリス様特製GPSです。シン様にはこちらを常時携帯していただきます」


 ジゼリウルドが取り出した腕輪をシンの左腕に通す。神聖力を込めることで、サイズが腕に沿ってピッタリはまり、シン自身では外せない設計になっているらしい。

 今度は、耳飾りを取り出して、シン以外の監視役へと配っていく。


「こちらはボクたち同士で連絡を取り合う道具だから無くさないでね。基本は揃って行動すると思うけど、念のため、ね」


 ユーリークをチラリと見て念押ししているようだったが、当の本人は初めて見る道具に目を輝かせている。

 エルマチカがそっと肩を叩いてユーリークを現実に引き戻し、ジゼリウルドの話の続きを引き継いだ。


「耳飾りには隠匿の術も施されているから、絶対に外しちゃダメよ? 一応、身を隠す術を使える方は二重でかけておいてね」

「いいですかユーリークさん、人間に見つからないように行動するのは基本のキですからね」

「はい!」


 アドニスが先輩風を吹かせると、ユーリークは元気よく答えた。

 ジゼリウルドがにこやかに「シン様にも気づかれないようにするのがベストですが」と付け加える。

 アドニスが間髪入れずに答えた。


「それは無理でしょう」

「自分も、自信ないです」

「御使も増えたし、難しいわね〜」

「まあボクも同意見なんだけど」


 アメノが続き、エルマチカの冷静な分析も加わって、ジゼリウルドも本音をこぼす。

 心意気の問題だよね、と付け足した。


 これまで黙って話を聞いていたオルガカルティが「我らが遵守すべきことは」と切り出す。


「一に、決して試験内容に手を出さぬこと」

「手を貸すのは勿論、邪魔をするのもだめよ」

「次いで、我らが王のご子息をお守りすること」

「魔族が横槍を入れてこないとは限らないからね。ボクたちがおおよそ注意すべき相手はそれくらいかな。人間相手の危険ならシン様はご自分で切り抜けられるはずですので」

「無論だ」


 魔族相手でも遅れを取らないと自負しているが、試験の邪魔をされてはたまらない。

 守り手の存在は実に心強くもあった。


「監視のみんなには、定期的に私への報告書も出してもらうから、シンのことよろしくね〜」


 軽すぎる神王の一声に、天使たちはサッと頭を下げる。

 神王はシンに向き直った。


「最終確認。シンに守ってもらうことは、『人間に神だと悟られないこと』と『魔族以外の殺生をしないこと』ね。神であることがバレた時は罰として二百年の謹慎。失格にはならないから時間をおいて再試験できるよ」


 自己的な目標を思えば、二百年の謹慎は大きな痛手だ。気をつけなければいけない。


「殺生に関しては、事故って場合もあるから、監視官たちの報告も踏まえて都度議論して、故意でない場合は三回までは目を瞑ろう。ただし、それを超えて命を奪った場合、こればかりは失格だよ」

「再試験の余地はない、と?」

「その通り。とは言え、魂の純度は流動的なものだ、生きるほどに損なうこともあるだろうし、それを踏まえて天寿を全うした魂を探すのは難しいだろうか、この試験においては特別に『浄化』を許すということで」


 魂の浄化にはデメリットがある。

 天使へと転生させる時に、不具合が生じやすいのだ。

 それゆえに通常は、魂への直接的な干渉は御法度とされているのだが、今回ばかりは、それでは流石に酷だろうと許された。


 最悪の場合、デメリットを無視して適当な魂を浄化するという方法を取ることもできるというわけだ。


 試験の条件は、最初に聞いた時からどうやら変更点はないらしい。


「神だと悟られず、無用な殺生もせず、清らかな魂を三つ見つけることで、変わりないな?」

「うん。加えて期間は無期限だから、慌てなくて大丈夫だからね」

「嗚呼」


 シンは適当相槌を打って、門の前に立つ。

 確認すべきことは済んだ。これ以上は時間の無駄だ。


 振り返り、シンは目を細めて笑った。


「では、行ってくる」

「行ってらっしゃい、シン」


 心配そうに、それでも笑顔で手を振って見送る神王は、ありふれた親のようであった。

一章終了です。

来週は二章に入る前に番外編を更新します。

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