プロローグ
失敗した。
瓦礫の山の中、茫然と佇む一つの影は、左右不揃いの瞳を絶望に染めて、あたりを見下ろしていた。
前身に赤を滴らせる姿は、目の前に倒れ伏す彼自身の片割れを害した跡であることを如実に物語る。
すぐそばの瓦礫からはみ出した愛らしい小さな手。それはだらりと垂れ、潰されてしまったのだと理解する。
何もかもを失ってしまったこれを、失敗と呼ばずになんと形容すれば良いのだろうか。
……約束を、守れなかった。
不適切だったかもしれない想いでも、叶えてやりたかったのに。
……片割れを、守れなかった。
異なる立場でも、血を分けた絆は固く、分かり合えると信じていたのに。
崩れ落ち泣き叫んだとて仕方がないとも言える状況だったけれど、彼は気丈にも、立ち尽くしていた。
それを、薄情だとヒトはそしるかもしれない。
しかし、未だ耳にこだまする片割れの慟哭は、哀れみという侮辱を決して許さないのだ。
「いやあ、派手にやったなー。俺もお前も、大失敗だぜ」
軽薄な声が響いた。
振り返るだけの余力はなく、彼は声を無視した。自分へ掛けられている声だとも思わなかったのだ。
意に介さず、背後の声は場違いに続ける。
「なんと朗報だぜ。ここからでも入れる保険ってのがあるんだな!」
「…………」
「おーい、無視すんな。悪魔を騙った不届な神シン様よぉ」
「なに?」
名指しされ、ようやく振り返るとそこには、紫のローブを纏ったアシンメトリーヘアの少年が立っていた。
初対面だが、容姿の特徴には覚えがある。
だから敢えて、何者かは問わなかった。
「我に何の用だ?」
「だから、保険だよ保険。こう言い換えようか。こっからハッピーエンドを目指したいとは思わないか?」
「戯言を」
「んんー、それはどうかな。お前は今が結末だと思ってるみたいだが、俺が手を貸せばエピローグを先延ばしにできるだろうことくらいは、察しがつくんじゃねえのかな」
「それが貴様になんの利があると?」
苛立ちながら、それでも彼が視線を逸らさないことに気をよくした少年は、二つの揺めきを差し出した。
人間の魂。
その色を彼はよく知っている。
「喉から手が出るほど欲しいってか? 目を見りゃわかる、お前結構素直だからな。だが、“二人”は俺にとっても大事な奴らだ。はいどうぞとはいかねえぜ」
欲しいと思ったのは確かだったが、しかしすぐに俯く。
言われたことが引っ掛かったわけではない。今更“二人”を取り戻したところで、彼だけではもう手遅れだったからだ。
二人との約束を守る手立てを、持ち合わせていない。
彼の苦悩が手に取るようにわかる少年は、達観した笑みを浮かべて「だから、保険があるっての」と。
「お前の失敗、俺がなんとかしてやるからさ、お前、俺に協力してくれよ」