【短編・完結】秒速7m
これまではファンタジーの長編がメインでした。
日常の短編も書いていきますので読んでいってくださいませ。
銃声がなるまでの待ち時間はいつも緊張している。
銃声よりも早く、スタートすればフライングになる。
フライング2回で失格になるので、失敗は許されない。
しかし、今日相手する人たちは私より上の人ばかりである。
私が上位に割り込むためには、ぎりぎりを攻めていかないといけない。
コンマ数秒のスタートが短距離走では、大きな時間となる。
私はピストルか鳴るかならないか、鳴ると思われる時間を見定めて、足に力を込める。
「パンっ」
競技スタートのピストルが鳴った。
スターティングブロックに固定してある利き足の右足で思い切り蹴る。
スタートの滑り出しは絶好調だった。しかし、
「パンっ」
「パンっ」
銃声が2回鳴り響いた。フライングの合図である。
まずいことになった。
私がフライングしたなら、これ以上のリスクは犯せない。
「4番フライング」
よかった。私ではなかった。別の人だった。
でも正直よくはない。
一回分のスタートに使う体力と筋力を消耗してしまった。
しかも、今回のスタートは絶好調だったのに。あのスタートなら自分のベストタイムを出せていただろう。
「位置について」
また、スタートブロックに足を駆ける。私じゃないからもう一度なら、ぎりぎりのタイミングで走りだすことができる。
「よーい」
腰を上げて、助走をかけられるように態勢を作る。
「パンっ」
鳴り響くと同時にまた駆けだした。
絶好調とはいかなくても、今までのスタートと同等かそれ以上である。
前方の視界が開ける。
私よりスタートの早い隣の人が一瞬、前にでていくのがわかる。
走る瞬間は好きだ。周りの歓声が全て聞こえない状態になる。
そして、100メートルの短距離だと1分たらずの時間で自分の半年の集大成を燃やしつくすことになる。
あたりがスローの世界になる。
いい感覚だ。
調子がいい時はこの世界に入ることが出来る。
走馬灯ではないにしろ、自分を含めて世界がゆっくりと動く。
それでも私より前を走る人がいる。
あの人より早く走りたい。あの人に勝ちたい。
そんな思いを胸に陸上部に入ってから半年、雨の日も風の日も練習してきた。
後悔しないように出し切る。
腕を全力で上下に交互に振る。
腿を上げて、少しでも前に、少しでも早くゴールに近づけるようにする。
スローの世界では、思考だけが加速している。
その思考にあわせて、体の各所に指令を送る。
1mmでも前へ、0.1秒でも早く前へ進め。
スタートから15メートルでトップスピードに入れた。
あとは上半身を起こし、重心を安定させてゴールまで走りきる。
この100メートルは私が全力で走り切れるぎりぎりの距離だ。
200メートルを走ったことがあるが、100メートルを超えた所で足が上がらなくなり、崩れてしまった。
それに200メートルは直線ではなく、カーブがある。
走る位置にもよるが、初めからトップスピードで走ると曲がり切れない。
200メートルは本当に苦手だ。
100メートルの距離を僅か1分たらずに走り切る短距離走。
中間地点の50メートルを抜けた。
TOPの人は、もう私の2歩先。3歩先を走っている。
動けなくなってもいい、あの人に追いつきたい。
私は、通常の走りをやめて、馬のように走ることにした。
「タタンッタタンッ」
普通の走るタイミングとは異なる走り方をする。
これをするとジャンプ時間が長くなるので、難しいのだ。
しかし、確実に一回の蹴り足での走破距離は伸びる。
大会でこの走りをしたことはない。
練習でも数えるほどだ。
「タタンッタタンッ」
80メートルを過ぎた所で、TOPの人との距離が縮まる。
もうあと一歩の距離である。
そして、その一歩の距離が残り20mを切るととても遠い。
足の筋肉が悲鳴を上げそうになるが、我慢してこの走法を続ける。
もって、お願いだからもって
スローの世界が刹那の世界に切り替わる。
全ての音が消えて、目の前が白黒の世界に変わる。
全ての5感が必要なものを残し最低限の働きをする。
走るのに不要な感覚は全てカット、残りの数秒に全ての力を降り注ぐ。
ゴールの紐が見えてくる。
TOPの人はもう見えない。
もうあと一歩でゴールに届く。
ここで力を抜いては駄目だ。
最高速で走り抜ける必要がある。
ゴールの紐はまだ切られていない。
私は最後の力を使って、右足でコースを蹴った。
ゴールの紐は切られた。
私はゴールを走り抜け、コースを曲がってスピードを落とした。
御読み頂きありがとうございます。
落ちもなにもない日常の刹那のお話でした。
10000文字で小説を書くのは難しいですね。
シンプルにわかりやすく、設定は少なく。
勉強になります。では次のお話までばいば~~~い