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よし、逃げましょう

作者: RIN

 夢を見たのです。


 いいえ。夢ではなくあれは、いつか起こるかもしれない「未来」。


 ならば、私は…。


「よし、逃げましょう」


 そう決意したのは、私が7つの時でした。



 

 こんにちは、はじめまして。


 私の名前は、アンリエッタ・テイラーと申します。現在、17歳です。伯爵家の長女、2番目の子どもとして生まれました。4つ上のお兄さまと3つ下の妹がおります。


 お父さまはお城で文官として働いておりまして、お母さまは妹を産んですぐに亡くなりました。お兄さまと妹は傾国の美女と称されたお母さまによく似ておりまして、美しい金髪に綺麗な青い瞳をしています。お顔立ちもまるで美術品のように美しいのです。


 それに比べて、私はなぜお母さまが結婚したのか分からないと言われるくらい凡庸なお父さまによく似ています。茶色い髪に茶色い瞳。平凡を絵に書いたように普通の娘です。茶色の髪も、まとめるのが難しいほどふわふわとしています。まるで、鳥の巣のようだとは上手いこと言ったものだと思います。頭で小鳥を飼えるなんて、ちょっと素敵ですよね?


 お母さまが亡くなった時、私は3歳でした。


 妹が生まれて、うれしかったのですが、お母さまが亡くなったのはとても悲しかったです。お父さまもお兄さまも、本当に悲しそうでした。


 使用人もみんな、お母さまが大好きでしたから、悲しみの中、妹は放っておかれていました。私は、お腹を空かせて泣いている小さな妹を抱っこして、悲しんでいる使用人にミルクをお願いしました。妹は生まれたばかりなのですが、まだ小さかった私には重かったです。それでも、生まれる前にお母さまに抱っこの仕方を聞いていたので、震える腕で一生懸命抱っこしました。


 そうして、みんなが悲しみから少しでも立ち直るまで、私は妹の面倒を見続けました。だって、お母さまにお願いされていたのです。妹をかわいがってほしいと。


 お父さまが仕事に戻られた日の夜。私は妹を抱っこして、帰宅したお父さまにお願いしに行きました。


 妹の名前を付けてほしい、と。


 お父さまははっとしたように、妹を見つめ、涙で眼を潤ませました。


 そして、私から奪い取るように妹を抱き上げました。


 私はあまりの勢いに尻もちをつきました。茫然としている私を置いて、お父さまは妹を連れて行ってしまいました。


 私は立ち上がって、お父さまを追いかけました。


 そうして、見たのは、お兄さまと妹を抱きしめて、泣いているお父さまでした。



 

「と、いうことがあったのですよ」


「それは…なんというか…」


 目の前の方はちょっと気まずそうです。


「私はその時、家族の愛を見たのです」


「…あんた以外の?」


「ええ」


 お父さまはその後お母さまに似ているお兄さまと妹を可愛がるようになりました。私は、妹に近付けなくなり、お兄さまも私をいないもののように扱うようになりました。お父さまは、優先するのは妹なのですが、私にも時折優しさを見せてくれました。


 そんな、状態が変わったのは、私が6歳のときです。


「噂の妹の『能力』か?」


 そのとおりです。私はその日、3歳になる妹の『異能』鑑定のため、一日部屋にいるように命じられました。『異能』鑑定とは、3歳になる人間に義務付けられているもので、鑑定局に出向き、何か『異能』がないかを調べるのです。何かの水晶を触れば、その石が『異能』持ちかどうかを教えてくれるというわけです。


 『異能』とは、ここ水の国・アクアの人間は水の異能を持つ者が生まれるのです。全員と言うわけではなく、稀にです。水の異能を持つ人間はその生まれとは関係なく、王族と結婚したり、貴族になったりもできるのです。と言っても、その異能はほとんどが貴族にしか現れないのですが。その代わり平民に現れた時は、国がその存在を保護してくれるのです。


 それだけ異能持ちは優遇されるのです。これは、この大陸にある国はほとんどがそうだと思います。砂漠の国でも炎の異能者は優遇されると聞きます。


 そして、お兄さまは少量の水を浮かせるという異能をお持ちです。お父さまは少しの水滴を生む異能。


 正直、ちょっとしょぼ…こほん。王族の方も水を小指の先ほど凍らせる異能をお持ちと聞いたことがあります。


 とにかく、正直、大した異能ではないのです。


 その日、お父さまとお兄さま、妹が帰宅した気配を感じたのですが、部屋からは出れませんでした。階下が騒がしくなって、歓声みたいなのが聞こえてきて、私は扉に向かいました。


 ですが、扉は開きませんでした。


 鍵が閉められていたのです。私は何度か扉を叩きました。ですが、開くことはありませんでした。


 結局、その日は、騒がしい階下の声を聞きながら、開かない扉の前に座っていました。



 妹が、コップを満たすほどの水を生み出せる異能を持っていると聞いたのは、次の日でした。それだけの異能持ちは珍しいのです。ほとんどが指の先ほどの水しか操れないのです。


「その日からあんたは放置され出したってわけか」


「そうですね。放置と言うか…気にされなくなったというか」


 私はお父さまにもお兄さまにも構われることはなくなりました。


 食事も1人でとり、お茶会も私は参加を聞かれることはなくなりました。お父さまにとって誇らしい異能持ちのお母さまに似た兄妹。私は、次第にいないもののように扱われて。


 そうして、私が7歳になった時です。その日、私は誕生日でした。


 

「これを、私に?」


「ああ、お前も7歳になった。来週は城でお披露目会がある。同年の子どもが集まる会だ」


 お父さまは私にドレスを渡して言います。そんな会があることを知りませんでした。


「ありがとうございます」


 お父さまから初めていただいたドレスに嬉しくなります。


「いいな。私に恥をかかせる行動はするなよ。お前は、『無能』の子どもなのだから。わきまえなさい」


 そんなことを言ってお父さまは私の部屋から出ていきます。


「きれいなドレス」


 嬉しくて仕方がありません。お父さまが私にくれたドレス。きれいな薄い緑色のドレス。


 ですが…。



「そのドレスは着れたのか?」


 えぇ、あなたの予測通りです。私がそのドレスを着ることはありませんでした。妹が、そのドレスをねだったのです。ふふ、不思議ですね。妹はたくさんのドレスを持っていたのに、たった1着の、妹には大きすぎるドレスを欲しがったのです。


 私は最初、渡すことを拒否したのですが、妹に涙を流され、兄になんて思いやりのないと言われ、お父さまに取り上げられました。それでも私はお父さまが初めてくださったそのドレスを渡したくなくて、縋り付きました。そんな私をお父さまは汚らしいものを見るような眼で見下ろし、私の頬を張り…。私、あまりの衝撃で床に叩きつけられてしまったのですよ。痛みで動けない私を見ることもなく、お父さまはドレスを持ち去りました。そのドレスは結局それ以降、数年は見ることもありませんでした。


「いや、そんな笑って言う内容じゃないだろ…」


「あら。痛ましく聞こえたのなら、失礼を…。私、痛くて悲しくてうずくまっている時に、天啓を得たのです」


「それが、逃げようって?なんで?」


「ふふ、家族に期待するのを止めたのです。私はこのままだと何もかもを妹にとられて、一生妹のためだけ生かされる、そんな未来を幻視したのです。現に、それが初めてではなかったのです。妹は私が持っているものを何でも欲しがりました。私が大切に育てていたお母さまの花壇のお花。お母さまが私にくださったリボン。まだ優しかった時にお父さまがくださった綺麗な髪飾り。私の世話をしてくれていた侍女も」


 あぁ、勘違いしないでくださいませ。侍女に関しては、彼女を責める気はありません。当主から眼も向けられない娘よりも、将来が有望な妹に付くのは当たり前の行動でしょう。


「…あんたの、その妙に悟りを開いている所が理解できない。普通の子どもなら泣き叫んだり、何らかの行動を起こして、自分に眼を向けさせようとするだろう」


「まぁ、私を普通ではないと仰るのかしら?」


「いや、あんたが普通だったら。全世界の人が普通だって」


「ふふ」


「それで?そのドレス、妹は着なかったのか?」


「ええ」


 妹が着れるくらいの年には、そのドレスは古臭い型だと言われ、使用人の娘に下げ渡されていました。


 私が一度でも袖を通したかったドレスをワンピースにリメイクされているのを見た時は、なんとも苦いものを感じました。


「で?結局、お披露目には?」


 行けませんでしたよ。だって、服がありませんもの。それに、妹をイジメたとして、私閉じ込められていたのです。


「ふうん。結局、それがあの国には大失態だったってわけか」


「ふふ、今更のお話ですわ」


 私は7歳のお披露目会の時にお城で再鑑定の儀があるだなんて、知らなかったのですもの。今となってはどうしようもないことです。


 



「で?13歳であんたは学校に通い始めたと」


「そうですね。学校は楽しいところでした。寮に入っている間は、家族の眼もなく、ただ勉学に励むことができたのです」


「へえ」


 とは言え、兄が私の噂を流したのか、それとも他の方かはしりませんが、私は学園でひどく嫌われていました。何でも、可愛らしく、素晴らしい『異能』持ちの妹をイジメる、『無能』の姉。らしいです。おかしいですよね。私は妹をイジメたことなんて一度もないのに。


 他の生徒から冷たい眼で見られたり、教科書に落書きをされたり、制服を汚されたり、破かれたり、上から水を被せられたり…。そんなことは、どうでもよかったのです。私は7歳の、あの時に、心を殺すことを何とも思わなかったのですから。たかだか、身体を傷つけられることなど、心以上の傷を私に付けることなどできませんでした。私はどうやら『冷酷人形』と呼ばれていたようですよ。


「そりゃ、誰とも喋らない。喋る人がいない中で、にこにこ笑う方が頭おかしいと思われるだろう?」


 まぁ、よく分かっていらっしゃる。私が初めて言葉を発したのは、入学して一ヶ月経った時、授業で先生に当てられた時です。笑う時がどこにあったのでしょう?


「いじめられていた中で、それでも学校が楽しいと言うあんたはなかなかの大物だね」


「ふふ」



 そうして、学校に入って3年、妹が学校に入ってきました。




 ですが、誓って言うのですが、私はそれさえも忘れていたのですよ?だって、私はすでに家族を見限っていたのですから。





「アンリエッタ・テイラー。貴様の所業、もはやこの国の貴族とは思えん」




 思わず、ぽかんとしてしまいました。だってそうでしょう?私はまだ貴族だったのかと。


 その発言は、我が国の王子からでした。彼に腰を抱かれて悲しそうな顔をしている妹。彼女を囲う様に学校に通う間の王子の護衛をしているお兄さま、と、何人かの有名貴族のご子息と思われる身なりのいい4人の男性。


 そして、その発言はよりにもよって国王様と王妃様のご出席する学校の年度末終了会の場でのものでした。


 参加者はみんなキレイなお衣裳を着ています。私は会に参加する気はなかったのですが、成績優秀者は強制参加と言われて、しぶしぶ制服で参加いたしました。本当は、御挨拶を終えたらすぐに帰るつもりだったのですよ。


「学校でまで妹いじめを繰り返すとは…見下げたな。家で妹のドレスを奪っただけでなく、学校でも制服を切り裂いたそうだな」


「私は彼女の頭から水をかぶせたと聞きました。他にも、彼女が育てた花壇の花を引きちぎったとか。これだから『無能』は」


「他にも、父親からもらった髪飾りを奪ったって聞いた!彼女に謝れ」


 それ、私がされたことなのですが。まったく身に覚えがないことをいきなり責められ、私はしばし呆然としてしまいました。


「あの…?」


「みんな待って!お姉さまが悪いんじゃないの!私が、私が皆と仲良くしたから…」


 涙目で『みんな』を諫める妹。妹はいつ学校に入ったのでしたっけ?今年?去年?


 というか、あの周りの方々は誰なのでしょう?王子くらいは知っていますが。


「なんて、優しいんだ。それに比べて…」


「泣かないで」


「アンリエット・・・。お前は勘当だ。父上からも了承はいただいている。二度とテイラー家の名を名乗ることは許さん」


 アンリエッタ・・・ですよ。お兄さま。どうして王子の方が正しく呼べているのですか?


「そして、私の婚約者であり未来の王妃を害した罪として、国外追放とする。二度とこの国に立ち入ることは許さん」


 あらまぁ。いいのでしょうか?


「確認なのですが…」


「口の利き方に気を付けろ!貴様はすでに平民だ!」


「それは、国としての総意と判断してよろしいでしょうか?」


 王子を無視して国王陛下に向かい問いかけます。が、陛下は頭を抱えていらっしゃいます。


「…家族の問題に口を出す気はない。だが、王子の婚約者を害そうとしたのなら処罰は免れん」


「わかりました。では私はこの国を去ります。みなさま」



 すうっと会場を見回します。









「『水』を失った皆様が強く生きていくことを異国の地より見守っております。ごきげんよう」








 意味が分からず首を傾げていた会場の皆さまが、その意味に気が付いたのは、私が国を去って、一週間もしない時でした。




「あんたはなかなか、性格がいいな」


「あら?私は気が付くチャンスを差し上げていましたよ?」


 ふふ。だって誰も気が付かなかったのですよ。








「私が、一度たりとも『鑑定』を受けていないということに」









 3歳の鑑定時、私はお母さまの葬儀でいつの間にか『鑑定』を忘れられていたのです。そして、7歳の時も…。

 

 いったい、いつ私が『異能』持ちではないと言ったのでしょう。



「まぁ、いいさ。今、アクアは水の国とも名乗れないくらいの大干ばつだ。歴史上始まって以来だとよ」


「ふふ。私を返せとでも言ってきましたか?」


「ああ。そりゃそうだろうよ。あんたが国を出た瞬間、あの国に雨が一滴も降らなくなった。その代り、炎の異能が多く、雨がほとんど降らず水不足に苦しんでいたこの国に頻繁に雨が降るようになったんだからな。アクアの国民はとんだとばっちりだな」




 ふふ。私がこの『異能』に気が付いたのは7歳の時でした。私が望んだ場所(お母さまの花壇)にだけ雨が降り、かぶせられた水が瞬時に乾き、欲しいだけの飲み水をコップに満たせる。今までに見たこともないくらいに自在に水を操れる異能。


 もしや、あの国が水の国を名乗れたのは、私のような存在がずっとあの国にいたからではないでしょうか。


 その時には、すでにこの『異能』を公表する気は全くありませんでした。



 私は、恐怖しました。



 私のこの能力が知られれば、妹かわいさのあまり、これを妹の能力として、私は影で飼い殺される。そんな未来が見えたのです。


 


 だって、「あの未来」の中では、妹は私の断罪後、急に水を自由に操る能力に目覚めることになっていたのですよ。


 妹は恐らく「あの未来」を知っていたのでしょう。焦ったのではないですか?いつまでたっても水の能力に目覚めないことに…。


 そして、「あの未来」の本当の意味に気が付いたのではないでしょうか?


 目覚めるはずだった『異能』の本当の持ち主・・・・・・に…。


 私は飼い殺される未来などごめんでした。





 だから、決断したのですよ。





 よし、逃げましょう、と。



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[良い点] タイトルに惹かれ、読ませて頂きました。 面白かったです。 迫害を受けていたアンリエッタこそが、大いなる『異能』の持ち主だったとは…!
[良い点] 意外な真相、とても面白かったです。 続きぜひぜひください すてきな作品ありがとうございますm(_ _)m
[一言] 「THE・なろう系」の女性向け版ってやつですな ちなみに男性向けは「冒険者!無双!ハーレム!」なのは知っての通りである 共通するのは他人下げ自分上げ、薄い設定、好感を持てるキャラが居ない等々…
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