30話 移住開始
下民のための街づくり。
魔法によって外観はあっという間に完成した。
人の力ならば数年はかかるであろうことを一瞬で成し遂げる魔法の力。
そこには改めて圧倒されてしまったが、今は忘れよう。
今やるべきこと、考えるべきことは街づくり。
何はともあれ外観は完成したのだから
次は、中身だ!
「最初の住民は、街の生活に慣れているものがいいかと、思います…。なので、近隣の臣民の街で日雇い生活をしている下民達に、移住を促そうかと…」
臣民の街に住む下民は全員が誰かの所有物なわけではない。
裏通りで寝起きして、その日暮らしをしている者達もいる。
彼らは街の生活を知っている。
そんな彼らに最初の移住者になってもらう。
街の生活を知っている彼らに、この新しい街の基盤をつくってもらおうというわけだ。
「スラムの下民は、まあ、ちょっとねえ…」
「は、はい。彼らは、その、いきなり街ぐらしはできないかと…」
スラムの下民を移住させたら、最初にできるのは街の基盤どころか裏社会だ。
マフィアの拠点を提供するハメになるのは御免こうむる。
「日雇い生活の下民は需要があるから存在しているかと。彼らがいなくなって、その街は大丈夫なのですか?」
ビスケッタさんの問いはもっともだ。
だがセリスはそこに真正面から回答する。
「え、えっと…。日雇いの需要が落ちてきている街を見繕っております…。それらの街では食いっぱぐれた下民による犯罪率が上がっているので一目瞭然です…。犯罪率も下げられるので、街から反対意見は出ないと、考えております…」
目はそらしてるが、回答は真正面だ。
「なるほど。道理ですね」
ビスケッタさんも満足そうだ。
確かにこれなら問題はない。
臣民は犯罪者予備軍の下民がいなくなり、犯罪率が下がって満足
下民は罪を犯すことなく、自分たちで生活できる街に移住できて満足
ウィンウィンってやつだな!
「で、では、移住計画を開始させていただきます…」
「うん!お願い!」
これでこの街に人が住むようになる。
大きな前進だ!
「移住者には元々の知識を活用してもらい、街の生活基盤を、つくってもらいます…。特に食料は一刻も早く自立の必要があるため、農場の運営開始と安定化が急務となります…」
農業か。
俺は全然知識も経験もない分野だ。
今は夏の終わりだし、もうすぐくる秋の収穫には間に合わない。
だから今年の秋と冬はこちらで食料を準備して、次の春の種まきに備えるのだろう。
次の秋まで備蓄で対応しなきゃいけないから、約一年分か。
「じゃあ食料の備蓄は一年分かな?お金が必要だったら領主の金庫から出しちゃっていいから」
「あ、ありがとうございます…!一年分もあれば、災害があっても十分もちます…!」
ん?災害がなくても一年分いるのでは?
「まずは最初の収穫までの数カ月分があれば、と思っていましたが、一年分も…。殿下のお心遣い、感謝申し上げます…!」
なんでも、夏から秋に植えて冬や春に収穫する野菜もあるらしい。
全然知らなかった…。
俺だけでは全然知らないことばかり。
やはり仲間は大事だ。
ありがとう、セリス。
「これからが色々たいへんだと思う。よろしく頼むよ!」
「は、はい…!」
こうして、俺達の街づくりが始まったんだ
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名簿というものがある。
臣民にとってこの名簿というものは非常に重要だ。
臣民名簿に名が掲載されているか否か、これで己の身分が決まってしまう。
人生も運命も変えてしまう、ある意味命よりも大事なものだ。
市民は特に名簿を気にしない。
彼らは魔法が使えるのだから、それが何より自分の存在証明となる。
別の街に引っ越すときに手続きに使用する、その程度のものだ。
貴族は自己の名誉のために名簿を重要視する。
貴族名鑑のどこに自分が載っているか、何番目なのか、”あいつ”は何番目か、自分とどっちが上なのか。
毎月のように版を重ねる貴族名鑑を、穴が空くほど見つめる貴族が大勢いる。
下民に名簿はない。
彼らは所有物だから、名簿なんて必要ない。
ただ街に住む場合は勝手に増えたり減ったら困るので、持ち主である臣民に管理が一任されている。
街に住まない下民は、生まれても死んでも、帳簿の上ですら気にもしてもらえない。
だが、これからは違う!
「これが、下民の街の名簿だ!」
俺が両手で抱える冊子
まだ薄くて名前もそんなに掲載されていない。
でもそんなことは問題じゃない。
だってこれは世界で初めてつくられた下民の名簿。
これからどんどん増えて、どんどん厚くなるんだから!
「最初はかなり怪しまれましたが、今さら街の外に出るのは怖いっていう下民が集まってくれました…。彼らは街の生活になれてるので、この新都市にふさわしい人材達かと思います…」
いつものようにおっかなびっくり
でも嬉しそうに口元を緩めながら、セリスが話をしてくれた。
この数日でよくもこれだけ集めてくれたものだ。
しかもすでにいくつかの集団が新しい街に向かっているらしい。
第一陣はもうすぐ街に到着するだろう。
どんどん前に進んでいるね!
「家畜類は、え、え、え、エメラルド様が事前に移動してくださっております…」
放牧場所はあっても家畜がいなくては意味がない。
こちらはすでに領主の財布で購入し、エメラルドが運んでくれている。
手間かけさせて申し訳ないと思っていたが
「知ってたかソラ!?羊ってモッフモフなんだぞ!モフモフ!」
なんて本人も喜んでたからよかった。
家畜以外の物資も全て転移魔法で運び込んである。
あとは人が来るだけであり、その準備は着々と進んでいる。
うん。順調だ!
俺の口元もセリスのように緩んでしまう。
本当は街の住民の前で抱負とか語りたいぐらいだが、さすがにそれはやめておく。
そこまでやったら俺のエゴの押しつけだ。
それは絶対だめ。
領主の言葉なんて、命令に等しいからね。
俺はあくまでサポート。
みんなの意志を尊重しないといけない。
あと数日であの建物だけの街に人が住むようになる。
そうすればあそこは本当の街になる。
住民はもっと増え、それに比例して名簿に載る名前も増えていく。
数えられもしない存在だった下民が、認知されるようになる。
街の住民として、確かな存在となる。
それがもうすぐ、実現するんだ!
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そうやって俺が感動に打ち震えている隣で
「羊って帝城でも飼えるのかな…。いや、さすがにまずいか?こっそり部屋で飼ったら、バレたとき怒られるだろうしな…」
エメラルドの頭の中はモフモフでいっぱいだった。
とりあえずはユキの部屋にあるモフモフのぬいぐるみで我慢したらしい。
今度家畜小屋に連れて行って、現実を五感で体験してもらったほうがよさそうだ。
特に嗅覚。
倦怠感などが出てきて寝込んでおります。
皆さんも体調にはお気をつけください。
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