幕間 ユキ視点(第二章)
私は生まれも育ちもブロンコ伯領。
領地の外のことなんて何も知らずに育ちました。
でもお父様はいつも帝城にいてばかり。
だから幼い頃のお父様との思い出って、何もないんです。
よく「寂しくなかったの?」って言われますけど、大丈夫。
お母様がいてくれたから、ちっとも寂しくありません。
それにお屋敷で働いてくれてた皆さんもとっても優しくて、とっても私をかわいがってくれました。
秘密ですけど、こっそりお母様が臣民の方々の街に連れて行ってくれたこともあるんですよ。
新鮮でワクワクして、悪いことしてる気がしてドキドキして、これも素敵な思い出です。
秘密ですよ?
それから少し成長したある日、お父様が家にいらっしゃったあの日
私が何気なく使った魔法を見て、お父様が言いました。
「ユキ、お前なら学院に入学できるぞ!」って。
お母様は魔法が苦手だからと、領地で魔法を使うようなお仕事は全部私が代理をしていました。
だから知らなかったんです。
私の魔法がすごい高度なレベルに達してたなんて。
帝城の学院にできるほどのレベルだったなんて、全然知らなかったんです。
私は帝城になんて行きたくありませんでした。
ずっとおうちで、お母様と、みんなと暮らしていきたかったです。
でも、当主であるお父様の命令は絶対。
逆らうことなんて、口にすることはおろか考えることすら許されません。
そのまま私は学院を受験することになりました。
わざと落ちることも考えました。
やっぱり学院は私には無理でしたって。
お父様の期待を裏切るのは申し訳ないけど、受験当日まで本気でそう考えてました。
でも隣の席の女の子を見て、考えが変わりました。
私は小柄です。
でもその子は、私よりもずっとちっちゃい子でした。
私よりちいさいその子が真剣な瞳で全力で試験に望む姿が、とてもとても印象的でした。
その宝石のように美しい瞳が、私の目に焼き付きました。
その子の情熱に引っ張られるように、私もいつの間にか全力で試験を受けていました。
そして結果は、合格でした。
隣の席の子とは、偶然にも入学後も同じクラスで隣の席でした。
そこで初めて自己紹介して、私達は友達になりました。
そしてそこでようやく、彼女が私よりずっと年下だったということを知りました。
ちっちゃくて当然ですね。
友達になったけど、すぐに私達は別れることになりました。
だってその子は、あっという間に上の学年に行ってしまったから。
その子の名前は、エメラルド・エメラルダ
私の大事な友達。
年の差なんて関係なく、私達は今も友達です。
でも、時が経ってちょっとだけ関係は変わりました。
彼女は今、私のご主人さまの友達でもあります。
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「エメラルドちゃん、お願い!誰か紹介して!」
「紹介してって、言われてもね…」
エメラルドちゃんは困った顔をしています。
私のせいで困らせてしまってごめんなさい。
でも私も、もっと困ってるんです。
原因はお父様です。
「ユキ、卒業おめでとう!さあ、見合いを準備したぞ。どこに嫁ぐ?どこがいい?」
学院の卒業式当日の夜、お父様はそうやって私に大量のお見合いを紹介してきました。
「学院卒業生を妻に娶り、次代に優秀な世継ぎが欲しい」という大貴族たちとのお見合いです。
嫌々ですが、プロフィールを見てみました。
私の倍ぐらいの年の人がいます。
お祖父様より年上な人がいます。
数人見ただけでげんなりです。
絶対に結婚なんかしたくありません。
「好きな人と結ばれる」なんておとぎ話みたいなことを信じるような年ではもうありません。
それでもこの年の差は…。
これほど明らかな政略結婚は…。
さすがにご遠慮願いたいです。
それでもお父様の命令は絶対。
私に拒否権はありません。
ただ今の私は、世間知らずだった小娘ではありません。
学院で多くの貴族の子弟と交流を深めて、経験を積みました。
だから私は、「お父様の命令を、より高位の命令で上書きする」という手段をとることに決めました。
そしてこうして高位の命令を出せる友達
いえ、高位の命令を出せるコネがありそうな友達
エメラルドちゃんに、頼み込んでいるのです。
「事情は理解したし、ユキの嫌がる結婚なんてさせたくないけど、紹介ね…」
エメラルドちゃんは親衛隊の隊員です。
この世でも最も高貴な御方、皇帝陛下。
その陛下にお仕えする精鋭中の精鋭。
新しい陛下もご即位され、きっと色んな高貴な方々とのコネがあるはず。
そう考えました。
だから申し訳ないけど、友達を利用することになって本当に情けないけど、エメラルドちゃんに頼ることにしました。
「やっぱり、無理かなあ…?」
でもエメラルドちゃんは難しい顔をしてばかり。
私が思い違いをしていて、親衛隊の方々は忙しくてそんなコネなんて作る暇もないのかもしれません。
そうだとしたら、余計な心配までさせることになってしまってさらに申し訳ありません。
これなら私が結婚を我慢して、嫌な気持ちを全部自分の心の奥底に閉じ込めて、無理やり笑顔をつくった結婚式でエメラルドちゃんに祝福してもらった方が幸せだったんじゃ?
そんなことを思った、そのときでした。
「花嫁修業って名目で、メイドできるとこなら知ってるけど、どう?」
「やる!」
即答です。
結婚から逃れられるなら悩むことなどありません。
それに花嫁修業ならお父様にも説得力が増します。
高貴な方の下でメイドをして花嫁修業をし、嫁いでいく。
これによって修行先の高貴な方とのつながりもでき、嫁ぐ際はさらに価値が上がるのですから。
皇帝陛下にお仕えするエメラルドちゃんが紹介してくれるような高貴な方となると、当然伯爵レベルではないでしょう。
田舎貴族の私ですが、それぐらいわかります。
最低でも侯爵様
もしかしたら、公爵様?
万に一つの可能性で、大公様とか?
ドキドキします。
どんな答えが来ても大丈夫なように、心構えをします。
でも、それは全部裏切られました。
「皇帝陛下の兄君のソラ…殿下って、知ってる?」
皇帝陛下の兄君
それは皇帝陛下と同等、もしくはそれに準ずる存在
貴族なら知らないはずがない、とてもとても高貴なお方
「今から、行ってみる?」
放心状態の私には、その問いかけに首を縦に振ることしかできませんでした。
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「私も学院の卒業生です。後輩がソラ様に仕えたいと志願してくれて、とても嬉しく思いますよ」
「わ、私もです!ビスケッタ様の下で働かせていただけて、光栄です!」
連れて行かれると、あっという間に本採用が決まっちゃいました。
エメラルドちゃんのコネ、すごすぎです。
そしていらっしゃったのはビスケッタ様。
私の学年が最も仲の良い学年だったとしたら、ビスケッタ様の学年は最も平和だった学年。
その平和を生み出したのはビスケッタ様を始めとする当時在学されていた公爵家の方々。
そんな大先輩の下で働けて、感激です。
私は中でもビスケッタさんのファンだったので、ものすごく嬉しいです。
「私ではなく、ソラ様の下ですよ。そこを間違えないように」
「は、はい!失礼しました!」
そうでした。
いきなり間違えてしまいました。
私がお仕えするのはソラ殿下。
皇帝陛下の兄君であり、この帝城で最も高貴なお方の一人。
どんな方なんだろうとドキドキします。
やはり貴族の中の貴族という方なんでしょうか?
だとすると、きっととても厳しい方です。
失敗なんかしたら折檻されるかもしれません。
さっきみたいな失言も絶対できません。
最初にお会いしたら、なんて挨拶しようと考えます。
でも、考えがまとまりません。
「あれ?ビスケッタさん、新しいメイドさんですか?」
まとまらないうちに、ご本人がいらっしゃってしまいました。
「はい。ブロンコ伯爵公女、ユキ・ブロンコでございます。ユキ、ご挨拶を」
ビスケッタ様が紹介してくださいました。
それを聞いてなぜか一瞬難しい顔をされました。
何が気になられたんでしょう?
何か気に入らないことでもあったのでしょうか?
パニックで頭が真っ白になってしまいました。
泣いてしまいそうです。
やっぱり私には、こんな高貴なお方の下で働くのなんて無理だったんです。
「緊張しなくていいですよ。俺の名前はソラっていいます。ユキさん、どうかよろしくお願いしますね」
でもそんな私に、殿下は手を差し伸べてくださいました。
「こ、こ、こ、光栄です!ユキ・ブロンコと申します!偉大なる殿下のもとで働かせていただく栄誉を賜り、心より感謝申し上げます!」
出された手を両手で握りしめ、腰を直角に曲げてしまいました。
全然ちゃんとした挨拶じゃありません。
ダメダメです。
怒られる
もうダメだ
やっぱり私なんてさっさと嫁に行っちゃった方がいいんだ
そんなふうに思いました。
でも、そんなことはありませんでした。
「えーっと、どうか顔を上げてください。本当に緊張なんてしなくていいんで、可能な限り気軽に、働いてくださいね。お願いします」
顔を上げると、そこには優しそうに苦笑いした殿下のお顔がありました。
あまり貴族らしくない顔つきなんて思ってしまったけど、それはそれは優しそうなお顔でした。
これが私の、殿下との最初の思い出です。
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それから少し時は流れ、私も少しだけお仕事になれてきました。
ビスケッタ様はやはり頼りになるお方です。
我々のリーダーとして、そして模範として、引っ張っていってくださいます。
新しいお友達、リゼルちゃんと仲良くなりました。
次期マスタング伯爵家当主であり、つながりを求めてここで働いてるそうです。
学年は違うけど学院の卒業生同士ということで、先輩後輩は抜きに仲良くしてもらってます。
リゼルちゃん、殿下のことすっごく尊敬してるんですよ。
そしてエメラルドちゃん。
殿下のお友達ということで、よく遊びに来られます。
その度に殿下にあんな口の利き方してすごいなって思います。
でも殿下もエメラルドちゃんと話してるととっても嬉しそう。
本当に仲が良くて、素敵な関係だなって思います。
他にも色んな知り合いや友達ができました。
あのまま結婚していたら、一生知り得ない経験ばかり。
殿下の下で働くことができて、本当に幸せだなって思います。
殿下のためにもっとお力になりたいって、心から思います。
そして、そのチャンスがやってきました。
「殿下、ご領地に行かれるんですか?」
学院の夏季休暇
領地のある貴族の子弟はほぼ全員が領地に行きます。
私もそうでした。
そして、殿下もそうだということです。
しかも驚くことに、殿下にとってこれが初めての領地訪問だとか。
殿下ほどの高貴な方が地上に行ったら、きっと知らないことばかりで戸惑われてしまいます。
「私達がしっかりしないと!ね、エメラルドちゃん?」
「地上のことはソラの方が慣れてる気がするけど…。う、うん」
私達全員で力を合わせて、殿下をお助けしないと!
えいえいおー!
「…おー」
17話で一瞬だけ登場したメイドさん、ユキ・ブロンコ視点の話でした。
全然メインではないサブキャラですいません。
地上でまったり暮らしてた貴族のお嬢さんはこんな感じでたいへん平和です。
帝城の貴族はギスギスしすぎですね。
ちなみにソラは伯爵家のお嬢さんが自分のメイドさんになるので複雑な表情をしています。
さらにむちゃくちゃお辞儀されてしまい、正直困惑しています。
最近は順位も落ち着いてきましたし、そろそろ更新ペースが落ちるかと思います。
今後も楽しんでいただけるようがんばりますので、続きも読んでいただけますと幸いです。




