第9話 勇者の覚悟
「転移者。俺の仲間になれ。」
魔法を真っ向から受けきった後で、モストーリはシマバラへ高圧的な態度で迫る。
モストーリがこの場の空気を支配した。
話の主導権は、完全に奴の手の中にある。
問題はそれだけじゃない。
色々な意味で、完全に失敗した。
しかし、この展開を誰が予想できたと言うのだ。
…いや、俺なら予想できた筈だ。
前からモストーリの噂を知っていた。加えて、部下に戦士候補を調べさせたことで、彼の噂は信憑性のあるものだと気づいていた。
シマバラに対してもだ。彼にあれだけ強力な魔法を使わせてしまったのは、俺達が彼の力の強大さを教えなかったからだ。
しかも、これは意図的に教えなかった。
シマバラが、急激に増長することを警戒して、出来る限り気づかせないようにしていた。
もし、これで死人が出ようものなら、遺族から責任を問われかねない。これに、陛下と対立する貴族が絡もうものなら、騎士団長レイブンの立場は、極めて危ういものになる。
かといって、シマバラに責任を擦りつけると、更に面倒なことになる。
どのような結末になろうと、シマバラと王国の関係性は確実に悪化する。
レイブンが戦士役になる道は、完全に閉ざされた。
しかも、シマバラとの関係性にヒビを入れてしまった。
もしも、俺が自害して、それで許してもらえるのなら、確実にそうすべきだ…
しかし、そんなもので収拾がつかないのは、目に見えている。
ただでさえこの国は、監督とマトモに戦って多くの古参兵を失い、国土が荒れ果てた。
戦後の復興も、首都や大都市を優先させている状況。これは国防上、仕方ないのないことだ。
無論、地方の貴族や国民からは不信感が高まっている。これで、国側の人間が国民に手をかけようものなら、内乱の火種にすらなる。
しかも、今、周りには他国の人間が、わんさかいる状況。どう転んでもおかしくない。
最悪だ。
最悪過ぎる。
シマバラには悪いが、俺が彼の腕を切り落としていれば、こうはならなかった。
畜生…
レイブンと目が合う。
シマバラの魔法が発動した時に、檻を壊してペットショップの店主と、サクラの女騎士を攻撃から守っていたようだ。
アイツは顔から、大量の冷や汗が流れ出ている。
このままじゃ、頭が狂って踊り出しそうな勢いだ。
これだけの爆音と破壊力。
道路向かいの住宅まで、3棟が全壊。6棟が半壊。
失態の隠蔽は不可能。
考えろ。
これの打開策を考えろ。
無理だろ!
どうやっても無理だろ!
いや、まだどうにかなる!
どうにかなってくれ!
畜生…頭がボンヤリしてきた…
2日間、不眠不休だったせいだ…
クソ…こんなこと考えている暇なんてない。
考えろ。
考えろ。
「ハア…ハア…ハア…」
頭が震える。
いや、体が震えている。
モストーリが話してからここまで、僅か1秒間の出来事であった。
「え…ええっ…これを…僕が…」
固まっていたシマバラは、ようやく自分がやったことを理解し、唖然とする。
「ありゃ~」
ミストは、これまでと変わらずだ。
「アルス…どうする?俺はどうすればいい!?」
レイブンは周りの目など気にせず、半狂乱になって叫ぶ。完全に目が逝ってる。
髪の毛を掻き毟っている。
俺にもハゲるぞなんて言ってやる余裕がない。
どうすればいい?
「俺が聞きてぇよ…」
終わった…
俺の頭に…これまでの思い出が蘇る。
仲間から、しょっちゅうパシリにされて、おにぎり買いに行ってたな…
昔は、レイブンにイジメられてたな…
修行がツラくて脱走して師匠に捕まった時は、死ぬかと思った…
毎日、ツラくてツラくて…たまに家族から手紙が来た時は、温かい言葉が一杯で泣きそうになりながら読んでたな。
陛下に始めて会ったのは、酒を飲み過ぎて酒屋で暴れた後だった。
小さい頃に結婚しようと言ってた幼馴染とは、縁が切れた。
師匠からは、刀を研ぐのだけは一流と、よく言われた。
仲間達からは、ウドの大木だと馬鹿にされていた。
ああ…なんてありきたりで、クソみたいな思い出なんだ。
でも…
みんなで、苦難を乗り越えてきたんだ。
俺は…
やっぱり、この国が好きだ。
良いことも悪いことも含めて好きだ。
今、この国は窮地に立たされている。いつ、どんな理由で内乱が発生するか分からない。
だからこそ、英雄が必要なんだ。
ありとあらゆる外敵を排除する、圧倒的な英雄が必要だ。国民の意思を統合する、絶対的な英雄が必要だ。
台本には、こう書かれていた。
主人公は規格外の力を持つ異世界人と…
レイブンや陛下にはコントロールすると説明したが、本当はそれより上を目指している。
俺はシマバラを英雄にしたいんだ。
そのために…
少しでも、シマバラに近づくために…
俺は勇者になったんだ。
もう…賽は投げられた。
どれ程、残酷な結末が待っていたとしても、俺が止まってはならない。
だから…
俺は…あってはならない可能性に手を伸ばす。
脳裏に浮かんだ1つの可能性。
つい数ヶ月前までは、誰もが笑って馬鹿にするような可能性。
しかし、今の王国なら決して笑うことの出来ない可能性。
「雷魔法“電波探知”…」
これは、周囲の物体を知覚する魔法。
本来、索敵に使う魔法だ。
多くの戦士候補達は俺を警戒し、臨戦態勢に入る。
そんなものは無視して、探知を続ける。
もっと遠くへ…
もっと深くへ…
最初に俺の意図を理解したのは、レイブンだった。
アイツは、俺を見てニヤリと笑い…
「アテは外れたか?」
と、言ってくるものだから、俺は…
「いや、大正解だ。」
と、一抹の寂しさを感じながら言い返した。
陛下や先輩方が費やしてきた長年の努力は今…無に帰した。
いや…
もう、とっくに砕け散っていた…
レイブンは、即座にペットショップの店主を取り押さえる。
そして、彼は店主に向けて言い放つ。
「まさか、本当に奴隷商人だったとは…」
「何故、バレた?地下室であるうえに、隠蔽魔法と結界魔法の二重防御だったんだぞ?」
「そんなものは、簡単さ。シマバラの攻撃で、付与していた魔法術式が壊れたんだよ。」
「そうか。ここにきてバレるとは…想定外だ。」
店主は…
金物屋に見せかけた奴隷商という設定の、ペットショップに見せかけた奴隷商だった。
俺は、奴隷商人に向けて話す。
「安心しろ。誰にも想定出来なかった。」
奴隷商人はニヒルな笑みを浮かべて、俺達を馬鹿にするように話し始める。
「王国の騎士よ。これが、現実だ。俺を捕まえた所で、人が商品として売られ続けることに変わりはない。」
国を守れなかった敗残兵は、言い返す。
「しかし、俺達がお前を捕まえることで、お前は確かに裁かれる。」
「ハッハッハッハッハッハッ!!」
彼は、自ら望んで悪事に手を染めた訳ではないのだろう。そして、その行いは皮肉にも、俺達を首の皮1枚で繋げた。
俺は、シマバラの肩を叩く。
「よくやった。大金星だ。」
「えっ?…えっ!?…でも、僕は町を…」
「ギリギリ、なんとかなる。」
失態を、少しでも正当化出来る言い訳が出来たんだ。運が良かった。
おもむろに、空を見上げる。
空は…
炎に包まれていた。
同時に、精神魔法“精神感応”で伝言が入る。
[合衆国宣戦布告。王宮防衛集合。]
想定外に想定外が上乗せされる。
「おいおい…いくらなんでもそれはないだろ…」
炎が町に降り注いだ。