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第8話 奴隷商のセット作り2戦目

「アルス。俺は陛下に話をしてくる。」


「分かった。俺はすぐに会場準備に行く。」


 俺とレイブンは、互いに拳を突き合わせ、走り出す。


「ミストさん。」


「何ですか~?」


 ミストの方には、レイブンが説明する。

 俺は、最速でペットショップまで走る。


「支援魔法“最大強化”“限界突破”。雷魔法“雷閃”。風魔法“風足”。」


 自らが使用できる全ての身体強化に関わる魔法を総動員し、城門を抜ける。

 そこから、空に跳んで屋根を走り、再び跳ぶ。


 町全体を見下ろせる高さまで来ると実感させられる。

 首都を囲むように、貧困街が出来上がっている。

 監督によって幾つも都市が破壊され、職を失った大量の難民がいる。破壊を(まぬが)れた現在の首都に、職を求めて多くの民が集まっているのだ。


 俺は、この国をありとあらゆる敵から守らねばならない。

 それは、他国であり、監督であり、身内でもある…


 俺は、ペットショップの前に着地する。


 ミストが、上手いこと寄り道をして時間を稼いでも、6時間もたせるのが限界だろう。

 それまでに、ペットショップを奴隷商の建物に変える。


「店長!」


「昨日の騎士様か。中途半端に塗装した所を早く元に戻してくれ。」


 不機嫌なペットショップの店主に再度、事情を説明して渋々(しぶしぶ)了承してもらう。


「で、店のペットはどこに持っていけばいいんだ。二階の俺の家に連れていったら、声が漏れるぞ。」


 しまった。

 それを考えていなかった…


「後で王宮に連れていかせます。一先ず、家に入れさせてもらっていいですか?」


「分かったわ。」


 そこで、1度ペットショップを後にする。

 次は、建築業者と塗装業者だ。

 別の業者に頼むと報酬の話や、事情の説明で無駄に時間が取られる。


 申し訳ないが、昨日の所に行こう。


 再び、魔法を発動させ、2つの店を回る。

 昨日の作業員や責任者は、まだ出勤していなかった。


 結局、1から話をして、何とか仕事を受けてくれた。

 既に、2時間が経過した。


 戻ると、レイブンや他の戦士候補の者達が集まっている。何故だか、ペンキの匂いがする。


「アルス!お前、どこ行ってたんだ!?」


 レイブンは半分キレていた。


「すまん。昨日の業者の所に仕事を頼みに行ってた。」


 これは、レイブンとの連絡手段を持たずに(あわ)てて動いた俺に非がある。


「マジか…既に俺達で内装は塗り終わったぞ。」


 しかし、レイブンはそれ以上、文句を言うことはなかった。そういう男なのだ。


 急いで、ペットショップの中に入る。

 ペンキくせぇ…


 クオリティは酷いものだった。

 色ムラが多く、しかも途中から色の明るさが微妙に変わっている。


「ヤバイな…」


「ああ…でも、戦士候補の中に光魔法の使い手がいたんだ。壁に魔法を付与するのは間に合わないとは思うが、内装の見た目を一時的に誤魔化せるぞ。」


「これだけの広さで出来るのか?」


「問題ないらしい。」


 戦士候補は、猛者(もさ)(ぞろ)いだ。

 説得力はある。


「よし。不幸中の幸いだな。外装は業者に任せるぞ。」


 その後は、業者に外装の塗装を任せ、俺達は室内の仕上げに入る。


 戦士候補と手分けして、牢屋の位置をずらす。

 部下には、音魔法を部屋中に付与してもらい、防音加工を施す。

 その他、風魔法や聖魔法を使って、部屋の中のペンキや動物特有の臭みを取り除く。

 奴隷商に窓があるのは違和感があるため、適当な大きさの棚を置いて隠す。

 棚の中にも、鎖や、手錠、ナイフといったそれっぽい物を集めて値札を書き、商品に見えるようにする。手錠等は、刑務所から借りてきた。


 更に二時間かけて、何とか完成した。

 外装は、ぱっと見ると、金物屋に見えるような物に仕上げてくれた。

 内装は、素人が作っているが、他国の戦士候補の1人が、奴隷商の内装を熟知していたため、違和感の少ない物になった。


 再度、打合せを行った後、戦士候補の者には、(おり)の中に入ってもらう。

 本来、ペット用の檻のため、若干、はみ出る者もいたが、無理矢理押し込んで鍵をかける。

 レイブンも入った。


 準備完了だ。


 あとは、適当な所でミスト達と合流し、偶然を装ってこの店に入ればいい。

 商人役は、ペットショップの店主にお願いした。


 監督にも、許可をもらう。

 今度は異常に機嫌が良く、不気味だった。


 よし。

 間に合った。


 俺はペットショップを後にした。




「よう!旅の道具は(そろ)ったか?」


 シマバラに、声をかける。

 よし。ちゃんと、事前に買わせるように仕向けた装備を着ているな。


「…はい。アルス様。…なんか、良いことでもありました?」


 昨日よりも、少しだけ普通に受け答えしてくれてるような気がする。

 いい兆候(ちょうこう)だ。


「特に何もないぞ。シマバラ、こっちの世界もなかなかのもんだろ?」


「なんか、2、3百年前に巻き戻ったような感じですね!!」


 馬鹿にしてんのかコイツ?


「そうか。まあ、気にいってもらえたら俺も嬉しい。ここは、数少ない人間中心の独立国家だ。他種族の国よりは、ずっと馴染(なじ)みやすいと思うぞ。」


 この国のPRもしっかりしておく。

 少しでも、良い印象を持ってもらいたい。

 転移者だからという側面もあるが、同じ人間として人の国の良さを知って欲しい思いもある。


 次は、ミストを見る。


「お疲れ様です~。」


 彼女は小さな声で、俺だけに聞こえるように言った。


「これからだぞ。」


 俺も小さな声で返答する。

 ミストは、小さく頭を縦に振って(こた)えた。


 さあ、ここからが本当の勝負だ。


 俺は、可能な限りレイブンを戦士にするように仕向ける。


 他の候補がなんと言おうが、そうさせてみせる。


「シマバラ。俺からこれをプレゼントしておく。首に下げとけ。」


「首飾りですか。…ありがとうございます。」


 シマバラは、シンプルで無駄のない装飾が施された首飾りを下げる。勿論、ただの首飾りではなく、精神魔法への抵抗力を上げる道具だ。

 戦士候補の中に、そういった魔法を扱う者がいるため、念のためだ。


「調理用の包丁は買ったか?」


「あ、予備があってもいいですね~。」


 いいぞミスト。

 上手く合わせてくれた。


「よし、あそこに金物屋があるから、見てみるか?」


 実際は、金物屋に見せかけた奴隷商という設定のペットショップだがな。


「はい~。」


 3人でペットショップへ向かう。


 俺が無理にレイブンを推し過ぎると、他の候補と一触即発の事態になりかねない。

 言葉を選ばないとな…


 ドカン!!


 ??


 ペットショップから、エルフが1人、壁を壊して吹っ飛んでいった。戦士候補の1人だ。


 おい…

 ここで緊急事態発生かよ!!

 中で何やってんだよ!!


 ペットショップから今度は、獣人の男が、出てきた。あの男は危険人物だ。遠目でも、ガタイの大きさで分かる。

 喧嘩(ケンカ)なら他所でやってくれ…


「えっ?…喧嘩してるん…ですか?」


 ヤバイ!

 シマバラが引いてるぞ。

 金物屋に入らないと言いかねない。


 何とかして、ペットショップに戻ってもらわないと…


「おい!!お前ら!!()()()()()のお通りだぞ!!」


 声を張り上げて2人に伝える。

 これで、意図が伝わってくれ。

 頼む。


「え?」


 シマバラ…俺をそんな目で見ないでくれ。

 まるで俺が、権力を振りかざして民を黙らせる、極悪人みたいな勇者じゃないか。


「オイ!お前ら何してんだ!さっさと戻って来い!!」


 ペットショップの店主が出てきて大声を上げる。

 ナイスアシストだ。

 実は奴隷商の店主という設定だから、ああいう発言をしても違和感がない。


 2人も俺達に気づくと、そそくさと店の中に戻る。


「行くぞ。」


 シマバラの目を見て言う。

 彼は断りきれない様子で、渋々(しぶしぶ)俺に着いてくる。


 ギリギリセーフだ。


 奴隷商の前に着く。

 壁の穴が異常に目立つが、無視して店の扉を開ける。


 店の中は、殆んど光が入らず、薄気味悪い雰囲気が漂っている…予定だった。

 穴のせいで台無しだ。

 いや、これはこれで気味が悪いな。


 ミストが次に店へ入る。

 昨日と、大分建物の中が変わっているため、驚きの表情を見せるが、すぐにいつもどおりのニコニコした顔に戻った。


 最後に、シマバラが入る。

 恐る恐る入ると、商品棚に陳列されている手錠や鎖を見て驚く。


「えっ…この店…ただの金物屋じゃ…」


 いい反応だ。

 準備していた立場として、凄く嬉しいぞ。


「タスケテー。」


 女性の小さな声が聞こえる。

 うちの騎士団の1人だ。

 現在、檻は光魔法でカモフラージュしていて、シマバラや、俺には見えないようになっている。

 実は、部屋の奥に並べて置いてあるのだがな。


「えっ!?ええっ!?」


 シマバラは更にビビる。


「ここ~なんですか~?」


 ミストはいつもどおり過ぎて、緊迫感がない。

 話すなら、もう少しマトモな演技をしろよ…


「気のせいですよ。」


 ペットショップの店主が、ニヒルな笑みを浮かべて俺達に話しかける。

 名演技だ。


「タ、タスケテー。」


「いや、これ絶対、金物屋じゃないですよ!!」


 よし。いい反応だ。

 そろそろ、うちの騎士が飛び出してきて、俺が奴隷商と見抜き、店主を捕まえる頃合いだな。


 バッ!!


「助けて!!」


 手錠を付けて、みすぼらしい服を着た騎士が出てくる。


 よしきた!!

 ここで俺が_


 その前にシマバラが…


「まさか!!奴隷商!?」


 シマバラぁぁ…

 お前のセリフじゃねえぇんだよ…


「犯罪だ!!た!た!た!倒さなきゃ!!重力魔法“大気圧力6万気圧砲”!!」


 おい!!

 何でそうなる!?


 自分の強さを理解していないのか!?


 そうだった…

 教えてもいなかったな…

 確かめる前に、俺が腕切ったし…


 シュ


 素早くシマバラの腕を切り落とす動作に入る。


 しかし…


 もし、もう一度、シマバラの腕を切り落としたら、2度と口を聞いてもらえなくなるんじゃないか?

 それは、我が国の将来を考えると、極めて避けるべきことではないのか?


 ピタリ


 しまった…

 躊躇(ちゅうちょ)が、自分の体を止めてしまった。

 シマバラの魔法が発動すれば、吹き飛ぶのはここだけじゃ済まされない。


 とんでもない失態を犯してしまった。


 シューーー…


 周囲の空気が、シマバラの腕の前で圧縮されていく。

 体が引き寄せられる。尋常(じんじょう)じゃない出力。

 もう、間に合わない…


「概念魔法“NO.1”」


 ドン…


 小さな音とともに、地面が(めく)れあがり、壁と天井が俺達の方へ向かってくる。


 俺には…

 ミストと自分を守ることぐらいしか出来なかった…


 頭がおかしくなる程の轟音(ごうおん)が鳴り響き、風の強さで目を開けることすら困難になる。

 瓦礫(がれき)(はじ)く動作は、これまでの経験と直感だけでやっていた。


 それ程に、危機的状況。

 それ程に、島原駿二(シマバラシュンジ)は才能の(かたまり)だった。




 風の流れが、ようやく収まり始める。

 やっとのことで目を開くと…


 俺は驚愕(きょうがく)した。


 シマバラの前には、1人の獣人が立っていた。

 彼が立つことで、周囲の被害は大幅に軽減されていた。

 あれをモロに受けられるとは…


 噂は、あながち間違いではなかったのか。


 身長2mを超える圧倒的な巨体。

 それは比較的、小柄な狼獣人としては間違いなく規格外。

 ギラギラと輝く瞳。

 俺の腕より太い尻尾が揺れる。

 つい先程、エルフを吹き飛ばした男。


 彼の名は【暴君】ウォルボール・モストーリ。

 この世界の三強に、唯一単体で届く可能性がある怪物。


 彼は笑っていた。


「転移者。俺の仲間になれ。」

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