表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/24

第7話 崖っぷちの勝負師

 夜が明ける頃にやっと移動式の奴隷小屋が出来上がった。


 荷車は鉄製の四輪車だ。

 中古品に傷をつけて使い古した感じを出すが、サビまでは作る余裕はなかった。


 その上に、刑務所の牢屋を二部屋、丸々くり貫いて乗せることで何とか間に合わせた。一応、落ちないようにしっかり接合している。


 外壁を磨いて塗装し、ある程度見た目を整えた後で、四輪車全体に光魔法と隠蔽魔法とを付与して、外見は行商人が運びそうな運搬用の荷車にする。

 音魔法も併せて付与したため、中の音は外に()れずらい。


 一晩にしては、かなりのクオリティだろう。


 あとは、四輪車を引っ張るユニコーンが4頭来れば、準備完了だ。


「ここまで作ってもらい、ありがとうございます。」


「いや、兄ちゃんが刑務所の看守に頼み込んで、二部屋貰わなかったら、厳しかったわ。」


 建物をくり()く時、囚人が全員起きて苦情の嵐だったな…


「いやぁ。俺、正直間に合うと思ってなかったです。疲れた…」


「やりゃあ、以外と出来るもんだな。兄ちゃんも以外と、よく働くしな。緑茶だ。ホイ。」


 竹筒に入った緑茶を受け取る。

 一瞬で全部飲みきる。


 ウマイ。


「ホントに助かりました。馬がまだですけど、監督に確認してもらいます。」


 ピィー


 笛を吹く。

 吹き終わると笛が消えた。

 これで監督が来る筈だ。


 …そう言えば、この笛何の魔法でできているんだ?

 うちの研究者に一本、渡して調べさせよう。

 監督が、大量に渡してくるぐらいだから期待出来ないが、もしかしたら、ヤツの強さの秘密が分かるかもしれない。


 ギョイン


 監督が現れる。

 いつもどおりの姿だ。

 この老婆、いつ寝てるんだ?


「出来上がったんですね。」


「はい。これです。」


 俺は、荷車を指差す。


 監督は、四方八方あちらこちらから荷台を見て回る。


「一晩にしては、頑張った方ですね。」


「間に合わせました。これで勘弁(かんべん)してください。」


「まあ、この出来上がりなら十分ですね。戦士はこの荷車の中で決めましょう。あとは、雰囲気が出るよう、人目につかない所まで馬車を移動させてください。」


 よし…


「分かりました。ユニコーンが来ましたら、部下に運ぶよう指示します。」


「よろしくお願いします。では…」


 ギョイン


 監督は、どこかに消えた。


 よぉぉぉし。

 なんとかなったぁぁ。

 はぁぁぁぁ。


 作業員のおっちゃん達の方を見る。


「ありがとうございました。」


 深く頭を下げる。


「荷車は、俺が見ておくので、解散してもらって大丈夫です。見積書と請求書の方は、役所の受付に渡してください。報酬は色付けて渡すように言っておきます。」


「おう。兄ちゃんもお疲れな。」


「はい。お疲れ様です。」


 おっちゃん達が各々の家の方角へ帰っていく。


 あー。

 この一晩、長かった。


 最初、荷車を作れと言った時は、しこたま怒られたな。それでも、あーだこーだと言いながら、最後まで作ってくれた。


 マジで感謝だ。


「よお、相棒。完成したんだな。」


 裏切り者のレイブンだ。

 今更来ても、遅いんだよ。

 でもまあ、完成して今は気分がいい。


「テメーとは絶交だ。レイブン。ハッハッハッ。」


「冗談は顔だけにしてくれよアルス。お前、ペンキまみれになってんぞ。」


「お前にも、ペンキまみれに欲しかったよ。」


「ナイスガイの俺には似合わねぇな。」


「うるせ。」


 軽口を叩き終わるとレイブンは、顔を引き締めた。


「まあ、顔洗ってこいよ。部下が来るまでは、俺が見てるわ。」


「おう。助かる。」


 王宮内の浴場まで真っ直ぐ向かい、顔と体を洗った後で陛下に完成の報告をする。

 その後、部下に荷車の護衛を任せ、監督の笛を1つ学者に届けるよう、役人に指示する。

 次は、他国の戦士候補の者を全員集めて、今日の打合せをする。台本には、いつの間にか奴隷小屋でのセリフや、登場人物の動きが一通り、書かれていた。


 休む暇もなく、シマバラとミストと3人で朝食を取る。


「アルス…様。なんか…機嫌…悪くないですか?」


 どっと疲れがくる。

 少し眠りたい…


「気のせいだ。」


「いや…目元のクマが…スゴいなと…」


「気のせいだ。」


 ミストは、知らんぷりをしている。

 シバき倒してやりたいが、相手は女だ。

 グッと抑える。


「シュンジ君~。今日から、魔王退治の旅に出るから装備揃えよう~。」


 俺と話しづらくて、シマバラに話しやがった。


「はい。分かりました。そしたら、武器屋とか防具屋に行くんですね?」


 シマバラの世界だと、武器屋と防具屋が分かれているのか。

 それぞれの生産を専門としている者がいるとは、技術力が高そうな世界だな。


「え~?鍛冶屋で全部揃うよ~。」


 なるほど。

 共和国だと、民間で武器の販売が認められているんだな。少し、物騒(ぶっそう)だな。


「あ、そういうヤツですなんでね。」


 訂正しないと。


「いや、違う。うちの国は、武器や防具の販売を国が一括して行っている。だから、王宮で揃うぞ。」


「え~。農機具とか包丁とかどうしてるんですか~?」


「それは、民間で販売して良いことになっている。」


「変な基準ですね~。」


「そういう決まりだから、仕方ないだろ。それに治安維持の面でも、効果的だ。」


「まあ~、この国なら、それで上手くいくんですね~」


「そうだな。」


 朝食を食べ終わると、旅の準備のため武器と防具を買いに行こうとする。その道中で、たまたま奴隷小屋を見つけて助け出し、戦士を仲間にするというシナリオだ。


 その時、突然レイブンが現れ、俺に手招きをする。

 何の話かよく分からないが、話を聞きに行く。

 ミストとシマバラから十分距離はある。これなら、問題ないな。


「何だ?」


「アルス。荷車が壊れた。」


「はい?」


「ユニコーンが来て、人目につかない所まで引っ張ろうとしたらな…荷台の上の牢屋の部分が落ちたんだ。何度か乗せて再挑戦したんだが、あれはダメだ。」


「はい?」


 昨日…一晩かけて…

 頑張って作ったんだぞ…


「アルス!現実を受け入れろ!荷車は使えない!どうする?」


 頭が真っ白になる。

 俺の努力は…無に帰した…


「オイ!アルス!」


「ドッキリだったら怒るぞ。」


「マジだ!大マジだ!」


 マジかよ…

 マジかよ…

 マジかよ…

 マジかよ…


「とりあえず、監督。」


 ピィー


「タイムストップ!!」


 ギョイン


「あまり、転移者の近くで呼んで欲しくないのですが、何ですか?」


 監督が不機嫌そうな顔で現れる。

 これから、更に不機嫌にさせることを言うと思うと、気が重い。


「あのですね…」


「早く言ってください。私は、魔法使いを探すのに必死なんですよ。」


 そんなこと、どうでも良くなるぞ。


「荷車が壊れました。無理に今日、戦士を決めなくても…良いとは思いませんか?」


 監督は目をまん丸くする。

 そして、目を細める。


「やりなさい。絶対やりなさい。なんとしてでもです。」


「1日遅らせるだけでも駄目ですか?」


 監督は少し悩んだ後、俺に向き直る。


「どうしてもと言うなら、よろしいです。」


「…ありがとうございます。」


 俺は頭を下げる。


「ただし、この国の人間1万人の命と引き換えにです。」


 そうだった。

 コイツは監督だったな。

 この国の人間を無差別的に100万人以上殺した化物だったな。


 師匠や仲間を殺した化物だったな。


 忙しさのあまり、大切なことが抜けていた。


 俺は顔を上げた。


「それなら結構です。なんとしてでも、成功させます。」


「あまりに杜撰(ずさん)だったり、転移者に映画だとバレたりしたら、もっと酷い結末になることを覚悟してくださいね。」


「上等です。」


 彼女は気持ち悪い笑みを浮かべる。


 ギョイン


 監督は消えた。


「おい。アルス。大丈夫か?名案でもあるのか?」


 レイブンは、慌てた様子で俺の顔を見る。


 もう…

 ここまできたら…

 アレしかないだろう…


 レイブン…


 俺は覚悟を決めるぞ。



「ペットショップだ。」



 レイブンは一瞬戸惑(とまど)い…

 悩み…

 天井を見上げる。


 そして…静かに瞳を閉じる。


 2回、深呼吸をしてから俺の顔を真っ直ぐ見た。



「それは確かに迷案だ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ