第7話 崖っぷちの勝負師
夜が明ける頃にやっと移動式の奴隷小屋が出来上がった。
荷車は鉄製の四輪車だ。
中古品に傷をつけて使い古した感じを出すが、サビまでは作る余裕はなかった。
その上に、刑務所の牢屋を二部屋、丸々くり貫いて乗せることで何とか間に合わせた。一応、落ちないようにしっかり接合している。
外壁を磨いて塗装し、ある程度見た目を整えた後で、四輪車全体に光魔法と隠蔽魔法とを付与して、外見は行商人が運びそうな運搬用の荷車にする。
音魔法も併せて付与したため、中の音は外に漏れずらい。
一晩にしては、かなりのクオリティだろう。
あとは、四輪車を引っ張るユニコーンが4頭来れば、準備完了だ。
「ここまで作ってもらい、ありがとうございます。」
「いや、兄ちゃんが刑務所の看守に頼み込んで、二部屋貰わなかったら、厳しかったわ。」
建物をくり貫く時、囚人が全員起きて苦情の嵐だったな…
「いやぁ。俺、正直間に合うと思ってなかったです。疲れた…」
「やりゃあ、以外と出来るもんだな。兄ちゃんも以外と、よく働くしな。緑茶だ。ホイ。」
竹筒に入った緑茶を受け取る。
一瞬で全部飲みきる。
ウマイ。
「ホントに助かりました。馬がまだですけど、監督に確認してもらいます。」
ピィー
笛を吹く。
吹き終わると笛が消えた。
これで監督が来る筈だ。
…そう言えば、この笛何の魔法でできているんだ?
うちの研究者に一本、渡して調べさせよう。
監督が、大量に渡してくるぐらいだから期待出来ないが、もしかしたら、ヤツの強さの秘密が分かるかもしれない。
ギョイン
監督が現れる。
いつもどおりの姿だ。
この老婆、いつ寝てるんだ?
「出来上がったんですね。」
「はい。これです。」
俺は、荷車を指差す。
監督は、四方八方あちらこちらから荷台を見て回る。
「一晩にしては、頑張った方ですね。」
「間に合わせました。これで勘弁してください。」
「まあ、この出来上がりなら十分ですね。戦士はこの荷車の中で決めましょう。あとは、雰囲気が出るよう、人目につかない所まで馬車を移動させてください。」
よし…
「分かりました。ユニコーンが来ましたら、部下に運ぶよう指示します。」
「よろしくお願いします。では…」
ギョイン
監督は、どこかに消えた。
よぉぉぉし。
なんとかなったぁぁ。
はぁぁぁぁ。
作業員のおっちゃん達の方を見る。
「ありがとうございました。」
深く頭を下げる。
「荷車は、俺が見ておくので、解散してもらって大丈夫です。見積書と請求書の方は、役所の受付に渡してください。報酬は色付けて渡すように言っておきます。」
「おう。兄ちゃんもお疲れな。」
「はい。お疲れ様です。」
おっちゃん達が各々の家の方角へ帰っていく。
あー。
この一晩、長かった。
最初、荷車を作れと言った時は、しこたま怒られたな。それでも、あーだこーだと言いながら、最後まで作ってくれた。
マジで感謝だ。
「よお、相棒。完成したんだな。」
裏切り者のレイブンだ。
今更来ても、遅いんだよ。
でもまあ、完成して今は気分がいい。
「テメーとは絶交だ。レイブン。ハッハッハッ。」
「冗談は顔だけにしてくれよアルス。お前、ペンキまみれになってんぞ。」
「お前にも、ペンキまみれに欲しかったよ。」
「ナイスガイの俺には似合わねぇな。」
「うるせ。」
軽口を叩き終わるとレイブンは、顔を引き締めた。
「まあ、顔洗ってこいよ。部下が来るまでは、俺が見てるわ。」
「おう。助かる。」
王宮内の浴場まで真っ直ぐ向かい、顔と体を洗った後で陛下に完成の報告をする。
その後、部下に荷車の護衛を任せ、監督の笛を1つ学者に届けるよう、役人に指示する。
次は、他国の戦士候補の者を全員集めて、今日の打合せをする。台本には、いつの間にか奴隷小屋でのセリフや、登場人物の動きが一通り、書かれていた。
休む暇もなく、シマバラとミストと3人で朝食を取る。
「アルス…様。なんか…機嫌…悪くないですか?」
どっと疲れがくる。
少し眠りたい…
「気のせいだ。」
「いや…目元のクマが…スゴいなと…」
「気のせいだ。」
ミストは、知らんぷりをしている。
シバき倒してやりたいが、相手は女だ。
グッと抑える。
「シュンジ君~。今日から、魔王退治の旅に出るから装備揃えよう~。」
俺と話しづらくて、シマバラに話しやがった。
「はい。分かりました。そしたら、武器屋とか防具屋に行くんですね?」
シマバラの世界だと、武器屋と防具屋が分かれているのか。
それぞれの生産を専門としている者がいるとは、技術力が高そうな世界だな。
「え~?鍛冶屋で全部揃うよ~。」
なるほど。
共和国だと、民間で武器の販売が認められているんだな。少し、物騒だな。
「あ、そういうヤツですなんでね。」
訂正しないと。
「いや、違う。うちの国は、武器や防具の販売を国が一括して行っている。だから、王宮で揃うぞ。」
「え~。農機具とか包丁とかどうしてるんですか~?」
「それは、民間で販売して良いことになっている。」
「変な基準ですね~。」
「そういう決まりだから、仕方ないだろ。それに治安維持の面でも、効果的だ。」
「まあ~、この国なら、それで上手くいくんですね~」
「そうだな。」
朝食を食べ終わると、旅の準備のため武器と防具を買いに行こうとする。その道中で、たまたま奴隷小屋を見つけて助け出し、戦士を仲間にするというシナリオだ。
その時、突然レイブンが現れ、俺に手招きをする。
何の話かよく分からないが、話を聞きに行く。
ミストとシマバラから十分距離はある。これなら、問題ないな。
「何だ?」
「アルス。荷車が壊れた。」
「はい?」
「ユニコーンが来て、人目につかない所まで引っ張ろうとしたらな…荷台の上の牢屋の部分が落ちたんだ。何度か乗せて再挑戦したんだが、あれはダメだ。」
「はい?」
昨日…一晩かけて…
頑張って作ったんだぞ…
「アルス!現実を受け入れろ!荷車は使えない!どうする?」
頭が真っ白になる。
俺の努力は…無に帰した…
「オイ!アルス!」
「ドッキリだったら怒るぞ。」
「マジだ!大マジだ!」
マジかよ…
マジかよ…
マジかよ…
マジかよ…
「とりあえず、監督。」
ピィー
「タイムストップ!!」
ギョイン
「あまり、転移者の近くで呼んで欲しくないのですが、何ですか?」
監督が不機嫌そうな顔で現れる。
これから、更に不機嫌にさせることを言うと思うと、気が重い。
「あのですね…」
「早く言ってください。私は、魔法使いを探すのに必死なんですよ。」
そんなこと、どうでも良くなるぞ。
「荷車が壊れました。無理に今日、戦士を決めなくても…良いとは思いませんか?」
監督は目をまん丸くする。
そして、目を細める。
「やりなさい。絶対やりなさい。なんとしてでもです。」
「1日遅らせるだけでも駄目ですか?」
監督は少し悩んだ後、俺に向き直る。
「どうしてもと言うなら、よろしいです。」
「…ありがとうございます。」
俺は頭を下げる。
「ただし、この国の人間1万人の命と引き換えにです。」
そうだった。
コイツは監督だったな。
この国の人間を無差別的に100万人以上殺した化物だったな。
師匠や仲間を殺した化物だったな。
忙しさのあまり、大切なことが抜けていた。
俺は顔を上げた。
「それなら結構です。なんとしてでも、成功させます。」
「あまりに杜撰だったり、転移者に映画だとバレたりしたら、もっと酷い結末になることを覚悟してくださいね。」
「上等です。」
彼女は気持ち悪い笑みを浮かべる。
ギョイン
監督は消えた。
「おい。アルス。大丈夫か?名案でもあるのか?」
レイブンは、慌てた様子で俺の顔を見る。
もう…
ここまできたら…
アレしかないだろう…
レイブン…
俺は覚悟を決めるぞ。
「ペットショップだ。」
レイブンは一瞬戸惑い…
悩み…
天井を見上げる。
そして…静かに瞳を閉じる。
2回、深呼吸をしてから俺の顔を真っ直ぐ見た。
「それは確かに迷案だ。」