第6話 セットの視察
転移者シマバラに王宮内の部屋を簡単に紹介し、今は、夕ご飯を勇者パーティー3人で食べている。
「ミストさん。このお肉って何ていう動物のお肉なんですか?」
シマバラは、俺に全く話しかけない。
そりゃそうだ。
朝一で腕を切り落としたところだからな。
「え~、分かんないな~。アルスさん、分かります~?」
ミストが気を使って、俺に話を振る始末だ。
「野生のディルーだな。この固さと歯ごたえは、家畜では無理だな。」
「へー…そうなんですか…」
そこまで、恐がらないでくれよ。
ネヌを渡した時は、比較的普通に話してくれたんだけどな…先が長いぞ…
「アルスさん…じゃなくてアルス様とミストさんって知り合いなんですか?」
これは、朝に2人で打ち合わせをしていた内容だ。しっかり用意してあるぞ。
「実を言うとですね~。幼馴染なんですよ~。」
という、設定だ。
監督に指示されたから仕方なくだな。
「え!?そうだったんですか。実は恋人だったりするんですか?」
シマバラは、初めて俺に笑顔を見せた。
ほんの少しだが、確かに見せてくれた。
恋バナが楽しいのは、世界を越えても共通のようだ。
「それはナイナイ。」
俺も笑って返す。
「…す…すみません。」
何で急にテンション下がるんだよ。
結構、準備したのに話が終わりそうだぞ。
まあ、それはそれでいいか。
「シマバラはいくつなんだ?」
「あ…今年で16…です。」
16の頃の俺、ここまで引っ込み思案だったかな?
朝の案件のせいか?
「そうか。もう成人なんだな。」
「え?…ああ、こっちだと成人なんですね。」
「そうそう。そっちは幾つで成人なんだい?」
「20です。」
「だったら、成人式やらないとな。」
「そこまで、必要なものなんですか?」
「一生に一度のお祝い事だ。やった方がいい。」
俺は成人式の後、直ぐに師匠と一緒に修行の旅に出たんだっけな。レイブンもいて、他の死んでいった仲間達も沢山いたな…
「そうなんですね。」
「よし。ミスト、企画するぞ。」
「私、お祝い事の準備はけっこう得意なんですよ~。シュンジ君、楽しみにしててね~。」
「ありがとうございます。」
食事の後半は、それなりに話ができたのかな?
夕ご飯が終わるとシマバラは「寝ます」と言って寝室へ行った。
俺とミストは、レイブンや陛下達と合流し、監督を待つ。
やがて、彼女が現れた。
「待ってましたか。それは、申し訳ありません。」
なんか、テンションが低いな。
魔法使いが見つからないからか?
彼女は、魔法で幾つか笛を作り、それを俺達全員に渡した。見たことのない魔法だ。
「次から用事がある時は、これで呼んでください。数が減ってきたら作りますので。」
作れるなら、最初から作ってくれよ。
監督と名乗ってる割に、その辺の事前準備が下手な老婆だな。
「分かりました。」
「それで、奴隷商のセットはどうにかなりましたか?」
監督はこれの確認に来ると思っていた。
「はい。まだ、小道具や、大道具を準備しているところではありますが、会場は何とかなりました。」
「それは、良かったです。一度、確認したいと思いますので、道案内をお願いします。」
「はい。」
監督をペットショップまで連れていく。
ペットショップは、町の建築業者やペンキ塗りの業者にお願いし、奴隷商っぽい外見に変えてもらっている最中だ。
「えっ?ここですか?」
監督は驚いている。
「どうですか?朝になると港が見えます。なかなかのロケーションじゃないですか?」
「ま…まあ、そうですね。」
「陛下は、どう思います?」
「平和な時代になって良かったと思います。」
ん…なんか違和感があるぞ。
監督や陛下の反応から、コレジャナイ感が伝わってくる。
しかし、既にペットショップの店主にお願いして、店を借り上げた後だ。今更、引き下がれない。
多少の違和感なら目を瞑ってもらおう。
時間がなかったんだ。仕方ない。
「店内も見せてもらいますね。」
監督が、気を取り直して話しかける。
「分かりました…」
ワニャー
ワニャン
カラカラカラカラカラ
「ここ、ペットショップじゃないですか。」
監督は、ペットショップを知っているのか。
「はい。檻の広さが丁度いいので、ここにしました。」
「いや、これは狭すぎないですか?」
…なんとしてでも、押し通す。
「まあ、多少狭いとは思いますけど、奴隷の入る檻ってこんなもんじゃないですか?」
「そう思うなら、入ってみてください。」
空いてる檻の中に頭を入れる。
膝を曲げて、なんとか中に入る。
小動物は嫌いじゃないけど、流石に獣臭いな…
「入れました。ギチギチですね。これが、奴隷の気持ちなんですね。やはり、奴隷制度は撲滅すべきでしたね。」
「ダメだコイツ。話にならん。」
「え?」
あれ…この流れ…
ヤバイのでは…
「国王よ。他の案はありませんか?」
「私としては、これはこれで良いと思うのですが、リアリティを求めると言うのであれば、移動式の奴隷小屋を作るというのはどうでしょうか?」
陛下…作る時間ないですよ…
明日が締切なんですよ…
「ほう。何故ですか?」
「建物1つを丸々作るよりは、コストも時間がかかりません。加えて、我が国が実際に奴隷商人を廃業に追い込んだ時は、店舗を構えている所より、鳥車で移動しながら営業している所の方が、捕まえづらかったことを記憶してます。」
「ほう。この国で今も奴隷で商売が行われているとしたら、移動販売の方が現実味があるということですね。よろしい。それにしましょう。」
これからやり直しかよ…
もう、夜だぞ…
業者の人に何て説明すればいいんだ?
「では、私はこれにて…」
ギョイン
監督は消えた。
「悪いが後は、君らで頑張ってくれ。」
陛下も王宮へ帰る。
その後ろを着いていくように、ミストとレイブンは、そろりそろりと歩く。
「おい。お前らは待てよ。」
「アルスさん、仕方ないですよ~。これは流石に無理がありましたよ~。」
「でも、ミストさんも大丈夫って言ってたじゃないですか?」
「私、そこまでは言ってないです~。」
ミストは、俺を切り捨てた…
背を向けて歩き出す。
「レイブン。お前も大丈夫って言ってたよな?」
「いや、俺は寧ろ止めたんだけどな。それに、陛下の護衛も必要だろ?」
「まあ、確かに…」
レイブンも背を向けて歩き出す。
やりやがった…
はあ…
これで、徹夜二日目だよ。
俺は、建築業者とペンキ塗り業者に謝り倒した後、一緒に移動式の奴隷小屋の制作に取りかかった。
親が建築業者で本当に良かった。
何とか、作業の手伝いが出来る。