第5話 セットの準備は唐突に…
召喚の儀式は中断された。
陛下から仕切り直そうと言われ、ミストは顔と髪を洗いに王宮の浴室へ行き、シマバラは病院へ運ばれ、俺はレイブンに笑われながら、床掃除をした。
理由を説明すると、陛下は驚くほど寛容な態度で話し、特にお咎めはなかった。
ミストが服を着替え、戻ってきた時に、監督が現れた。
「なかなか悪くないですね。」
「それは、どうも…」
監督なりのお世辞なのだろうか?
それはない。バカにしてるのだろう。
「明日やることの話ですが、戦士が仲間に入るイベントを撮影したいと思います。」
「戦士候補を王宮に集めて、シマバラに選ばせますか?」
「ん~。それだと捻りがなくて面白くありません。奴隷商人の所に行って、奴隷という設定で選ばせるとかどうでしょうか?」
監督はニッコリと笑う。
奴隷…か…
「それは、無理があります。この国と奴隷商人は犬猿の仲なんですよ。許可が下りるとは、思えないです。」
「え~、そうなんですか~。うちの国は仲良し子好しですよ~。」
ミストが、触れたらヤバイことをさらっと言う。
無視しよう。
「国と仲が悪くても、私の顔があれば、問題ないでしょう。」
確かに、監督が2、3人潰せば協力的になってくれるだろう。しかし、安易な殺生を俺は認められない。
それに…
「確かにそうかも知れませんけど、うちの国、数十年かけて奴隷商人を徹底的に追い出したんですよ。だから、国内に店が1つもないです。」
監督は目をまん丸くした。
「それは、本当ですか?実は、地下で秘密の奴隷販売とかしてないんですか?」
「騎士を10年以上やっていて1度も話を聞かないので、ほぼ間違いないですね。俺は歴史の勉強で習ったくらいで、本物は一度も見たことないです。」
これは、人権保障の面で我が国が他国に誇れることの1つだ。
「えー…世界観的にそれはないでしょ。何やってるんですか…?」
「正しいことだと思います。」
監督は呆れたような顔をしている。呆れられるようなことではない筈だが…
「威張るのは勝手に好きなだけやればいいですけど、奴隷商のセットと役者は準備してくださいね。では…」
ギョイン
言いたいことだけ言って、消えやがった。
しかし、俺は監督に対してここまでへりくだって良いものなのか?
多くの民や仲間達を殺した最大の敵に顎で使われる現状で本当に良いのか?
いや、良いんだ。
言うことを聞いておけば、これ以上、仲間を傷つけるリスクは減るんだ。
それが、良いんだ。最適解だ。
それを理解して…こうなることも承知の上で、俺は勇者になったんだ。監督の駒に成り下がったんだ。
耐えるしかない。
俺は黒くモヤがかかった感情を振り切って、レイブンに話す。
「レイブンどうする?首都の近くで奴隷商の建物の代わりになるものってあるか?」
レイブンは、暫く唸った後、閃いたかのように顔が明るくなった。
「奴隷商を見たことないから、俺もなんとも言えないが、1つだけ心当たりがある。ペットショップだ!!」
「ん?ペットショップってなんだ?」
あえて嘘をついた。
俺が、小動物好きなんてイメージに合わない。
「最近流行ってんだよ。お前、ホント流行りに疎いよな。」
「ハイハイ。そういうのいいから。で、どんなとこ?」
「ネヌとか、カメスター売ってる所って言ったら分かるかな?」
「ああ、小動物か。ネヌ、可愛いよな。」
「ええ~なんですかそれ~?行ってみたいです~。」
ミストも話に加わる。
どうやら、向こうの国ではペットショップは、ないらしい。
「ミストさんは、本物の奴隷商を見たことありますか?」
「は~い!何回か、子供を買いに行ったことがあります~!」
売りに行ったことがあるかは、聞かない方がいいな…
「そうか…そしたら、ミストさんに確認してもらう為に、ペットショップに行きますか。時間的に大丈夫だよな?」
レイブンは、チラリと時計を見る。
「まだ、召喚の儀式まで時間があるし、店までそんなに離れてないから行けるな。」
王宮を出て商店街を暫く歩くとペットショップに着いた。
港町のため、潮の香りが風に流れてやって来る。
俺は、あんまり好きじゃないんだよな。
「商店街に奴隷商ってあるものですか?」
ミストに確認する。
明日までに準備しないといけない以上、あまり会場を選んでられない。正直、ここで固めてしまいたい。
「裏路地にあったりしますね~。表通りにはなかなかないかな~。」
「なかなかないってことは、多少あるってことですね。」
「どうですかね~。」
一応、OKをもらったことにしよう。
「よし。店の中を確認しよう。」
レイブンを先頭に店の中に入る。
ワニャー
ワニャン
カラカラカラカラカラ
「え~!可愛いですね~。」
「いやー、ミストさんが喜んでくれて俺まで嬉しいですよ。」
レイブンが、さっぱりとした笑顔を見せる。
若い頃は完璧なイケメンだったんだが、どうしても若ハゲがな…
昔は才能があり過ぎて先輩方から疎まれることが多かったけど、若ハゲが隠せなくなった辺りから、皆優しくなったんだよな。
今じゃ騎士団長だ。結果として、ハゲて良かったんじゃないかな…
「そうですか~。」
ミストは、檻の中に入ったネヌの頭を撫でている。
完全に流されてる。
心の中でレイブンに同情する。
俺もネヌを撫でて、顔をスリスリしたいところだが、それは俺のイメージに合わない。遠目に見ながら我慢する。
檻は、成人男性が体を丸めて入れば、ギリギリいけるぐらいの広さだ。
奴隷商は、極めて劣悪な環境で奴隷を売っていたらしいから、こういう所だったのだろう。
「ミストさん。これを奴隷商の店の代わりにして大丈夫ですか?」
「え~?これは、ちょっと狭いような~。」
もう、ここにしよう。
会場を借りる話もつけないと行けないし、ペットショップの内装は華やか過ぎるから、業者を呼んで塗装を頼まないといけない。
ただでさえ、今は監督との戦争の復興で業者がフル稼働している。
今から始めてもかなり余裕がない。
「ちょっと狭いんですね。なら、いけますね!」
「ん~。どうかな~。」
「ちょっと待ってくれ。俺、本当にここに入るのか?」
レイブンが心配そうな顔をする。
「入れなくはないだろ。」
その後、店の人に事情を説明し、渋々ではあったが認めてもらった。
「一匹、買わされちゃいましたね~。私にも触らせてくださいよアルスさ~ん。」
俺が自腹を切ってネヌを購入した。
1日店を借りるレンタル料の代わりだ。
今は、俺の頭の上に乗せている。
この温かみが心地良い。
出来れば渡したくないが、俺がネヌ好きだとバレるのは癪だから、ミストにネヌを渡す。
ミストは、嬉しそうにネヌを抱き締めた。
心なしかネヌもミストに抱っこされてる方が嬉しそうだ。
悲しすぎる…
飼い主、俺だぞ…
その後、陛下に戦士の選抜についての説明をし、ペットショップを借りることについても話すと、陛下は微妙な顔をしながらも頷いてくれた。
陛下はペットショップのことを知らないようだったが、まあ、問題ないだろう。奴隷商人を追い払った張本人からOKが下りたんだ。問題ない。
「あっ…僕のせいで…すみません…すみません…」
挙動不審のシマバラが病院から帰ってきた所で、召喚の儀式を再開する。今度は、何事もなく終わった。
儀式が終わった後、シマバラにネヌを渡すと…
「これ…ネコ…ですか?それとも…イヌですか?」
と、訳の分からないことを言ってきたので…
「ネヌだ。」
と、答えたら…
「ああ…そういうヤツ…ですね。…分かりました。」
と、1人で納得していた。
多分、元の世界に近しい見た目の動物がいたのだろう。