第一王子の来訪
ジュジュは、数日ぶりに家に帰ってきた。
アーヴァインの屋敷で骨董品を鑑定し、様々な本を読んで知識を頭に詰め込んだ。アーヴァイン曰く『鑑定のレベルを上げるには知力が大事』という。
だが、連日の読書や鑑定でジュジュは疲れ切っていた。アーヴァインに泣き付き、数日間だけ実家に帰ることを許されたのだ。
ジュジュは、アーヴァインが雇った鑑定士と入れ替わりで『ボレロ鑑定屋』に帰ってきた。
建付けの悪くなり始めたドアを勢いよく開ける。
「ただいま! おじいちゃん!」
「ん……おお、ジュジュ! ははは、久しぶりだなぁ!」
ジュジュの祖父ボレロは、ジュジュを暖かく出迎えた。
カウンターから『臨時休業』の看板を出すと、ジュジュに言われる。
「ちょっとちょっと。お店閉めちゃうの?」
「そりゃ、久しぶりに孫が帰ってきたのに、店なんぞ……」
「ダメダメ。お店は開けたままでいいよ。それと、何か特別なことしなくてもいい。あたしはいつものお店といつものお家に帰ってきたんだから!」
「むぅ。お前がそう言うなら」
「うん! じゃ、着替えてくるね!」
ジュジュは、店舗二階にある自室で着替え、店に降りてくる。
ボレロは驚いた。
「おまえ、店番するつもりなのか?」
「え、駄目?」
「いや、帰ってきたばかりだろう? 疲れてるんじゃ」
「へーきだって。それに、あたしはこのお店で働くのが好きだし。部屋でゴロゴロするより、このボロッちいカウンター席に座ってるのが好きだし」
「ボロッちいは余計じゃ! まったくもう」
久しぶりの祖父との会話は、とても楽しかった。
ボレロは、近所の友達の家に向かい、ジュジュは店番をすることに。
ジュジュは、コーヒーを淹れ、カウンター席で飲み始めた。
「はぁ~……落ち着「おいーっす! ジュジュ、いるかー?」ッッブ!?」
落ち着いたのも束の間。
ドアがバンと開き、見知った顔……第一王子ゼロワンが入ってきた。
ジュジュは、思わずコーヒーを噴き出す。
「げっほげっほ!? え、え!?」
「おま、大丈夫か? おーい。掃除してくれ」
「「はっ!!」」
「ちょ」
ジュジュの噴き出したコーヒーを、護衛騎士がせっせと掃除し始めた。
ようやく落ち着いたジュジュは、ニコニコしているゼロワンを見る。
「だ、第一王子ゼロワン様……」
「おいおい、敬語いらねーって。あのパーティーの夜みてーにさ、気楽に行こうぜ」
「き、気楽にって……」
よく見ると、ゼロワンは平民の服を着ている。
彼なりの変装なのだろう。護衛騎士も似たような服装だった。
「あの、一体何をしに……」
「遊びに来た。アーヴァイン兄ぃのところにいると思ったのに、家に帰ってるって聞いたからさ。あ、コーヒーあるならくれよ」
「……や、安物ですけど」
「いいって。ってか、何度も言うけど、そんな堅苦しい感じにしなくていいよ」
ゼロワンは、カウンターに乗り出す。
思いのほか接近し、ジュジュと真正面から見つめ合った。
あどけなさの残る容姿だが、あと数年もすればアーヴァインに負けないくらいの美青年になるだろう。同い年というだけあり、遠慮がない。
ジュジュは、小さくため息を吐いた。
「まぁ、いいか。じゃあ、今だけ敬語やめるね。不敬罪とかで逮捕しないでよ~?」
「あはは! しないしない。それよりコーヒーくれ。あと甘いのあったらくれ」
「注文多いなぁ……」
ジュジュは、コーヒーを出す。
ついでに、お茶請けのクッキーも出した。
ゼロワンは、クッキーを齧りながらコーヒーを飲む。
「うめぇな。これ、ジュジュの手作り?」
「そんなわけないでしょ。買ったやつよ。あたし、家に帰ってきたばかりだし」
「そっかー……それにしても」
ゼロワンは、鑑定屋ボレロをきょろきょろ見る。
「鑑定屋かぁ」
「そうよ。あたしの自慢の家よ」
「へぇ~……」
と、ここでドアが開いた。
入ってきたのは、大きな荷物を抱えた中年男性だ。
「あ、いらっしゃいませ! ほらほら、どいてどいて」
「おう」
ゼロワンは、なぜかカウンターへ。
男性は、カウンターに大きな銅像を置いた。
「これ、鑑定を頼む」
「はい。お任せください」
どこか愛想の悪い男性だ。
でも、客は客。ジュジュはにっこり笑い、銅製のモノクルで銅像を見る。
◇◇◇◇◇◇
**の金像(*品)
**が空洞になっている金像
隠し金庫でもあり**を隠す役割がある
◇◇◇◇◇◇
「…………これは」
ジュジュは、嫌な予感がした。
名前の横に()がある鑑定品は、大抵が盗品やいわく付きの道具。
この像は、隠し金庫らしい。
「おっさん。これ盗品だろ?」
「な、何!? なんだとこのガキ!!」
「とぼけても無駄だぜ。あんたが盗んだこの金像は金製じゃない。隠し金庫だ。そのことも知ってんだろ? 下町の外れにある鑑定屋なら『金の像』で鑑定書を付けてくれそうだもんなぁ? 大方、隠し金庫じゃなくて『金の像』で売るつもりだったんだろ。何かあっても責任は鑑定書出したこの店に被せられるしな」
「て、テメェ……!!」
「それに……あんた、窃盗犯だろ。窃盗件数七十三件もあんのか……こりゃ大泥棒だな」
ゼロワンの目は、鋭くギラギラしていた。
男は、ゼロワンに指を突き付ける。
「で、出まかせ言ってんじゃねぇぞガキ!! お前に何が」
「わかるんだよ。この特級鑑定士の証に賭けて、噓は言ってない」
ゼロワンは、胸元からクリスタルモノクルを取り出す。
これを見た男は蒼白になった。
「く、クリスタルモノクル……まさか、特級鑑定士……」
「そう言ってんだろ。お前ら、こいつ逮捕しろ」
「「はっ」」
「しまっ……は、離せ!! 離せぇぇ!!」
男は拘束され、警備隊に連行された。
◇◇◇◇◇◇
久しぶりの客が窃盗犯。しかも、第一王子ゼロワンが見事に逮捕した。
呆然としていたジュジュは、ようやく覚醒する。
「あ、あの」
「おう。よかったな、変な奴に絡まれなくて」
「う、うん……その、ありがと」
「気にすんなって」
ゼロワンは、ニコッと笑った。
優しい───ジュジュは、ゼロワンが本当に「いい奴」に見えた。
そして、自分なりにお礼がしたくなった。
「あのさ、よかったら夕飯食べてく? その、お礼したいし」
「お、いいの? じゃあ食う!」
「ん、でもあんまり期待しないでよ?」
「期待しちゃいまっす! あはははっ!」
と、二人で笑っていると───またもやドアが開いた。
「こんにちは。ジュジュさんは───おや」
「ん、あれ? カーディウスじゃん」
「ゼロワン殿下……なぜここへ?」
「遊びに来た」
「……やれやれ。アーヴァインがいない隙を狙ったのですが」
長身、長髪、細身、メガネの美青年。カーディウスだった。
手には花束を持ち、カウンターまでゆっくり歩いてくると、花束を優雅に差し出す。
「先日のパーティー以来ですね」
「は、はい……」
「ふふ。そう緊張なさらないでください。今日は、個人的なお願いがしたくて参りました」
「お、お願いですか?」
「おいカーディウスぅ、話はメシのあとにしろよ。これからジュジュの晩飯食うんだからさぁ!」
「ほう。ジュジュさんの手料理ですか。これは興味深い」
「え、えっと……」
「ジュジュさん。代金は支払うので、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「は、はい」
ジュジュは、迷うことなく返答した。
というか、カーディウスの穏やかな雰囲気にのまれていた。
そんな時だった。
「…………嫌な予感がしてみれば」
いつの間にか開いていたドアの先に、アーヴァインがいた。
不機嫌さを隠そうともせずに言う。
「カーディウス、ゼロワン……お前ら、俺の所有物に何してんだ!!」
アーヴァインの叫びが、店内に響き渡った。
夕飯は、祖父を入れて五人分の準備となった……。




