第1話【故郷】
「親方っ・・・、ひっぐ・・・、私・・・、わ゛た゛し゛ぃ゛ぃ゛~・・・」
少女は、おいおい泣いていた。
「お゛や゛か゛た゛っ・・・ひっく、わ゛た゛し゛、出てっ、ひっく、
おうちっ、出て行か゛な゛き゛ゃっ・・・ひっく、うえぇ」
少女は親方と呼んだ男に抱きしめられ、
嗚咽交じりに言葉を詰まらせながら必死に伝える。
「わた、わ゛た゛し゛・・・、な゛に゛も゛っ・・・、
何もできなっ・・・ひっ・・・、私のっ・・・せいでっ、ひっく、
まも、守れ゛な゛か゛っっ・・ひっぐっっっっ」
それ以上は言葉にならず、
「・・・・わあああああん!!」
・・・少女は泣き崩れた。―――――
ガタガタと揺れる馬車の荷台で、私は、緑色に輝く宝石を眺めていた。
吸い込まれるようなその美しさに見とれていると、
「・・・ん?」
嗅ぎなれた匂いが、私の鼻をくすぐった。
その匂いにハッとして外に目を向けると、平野に野花が咲き乱れていた。
視線を伸ばすと、遠くに小高い丘とその上に建つ一軒の家が見えた。
そこは、生まれた時から変わらない・・・、私の大好きな故郷だった。
「はあ~~~~、やーっと着いたぁ~・・・。
それにしても・・・スゥゥゥゥ・・・・、ハァァァァ~・・・。
やっぱり、この匂いは落ち着くなぁ・・・」
私は野花の香りにたまらず深呼吸すると、景色を横目に座りなおした。
そしてまた、手に持った宝石を見て呟いた。
「・・・これ、どうしよう・・・?」
宝石は日の明かりを反射してキラキラと輝いて、私はまた目を奪われた。
石を見つめたまま考えこんでいると、
「ライラちゃーん、着いたよー」
運転席から声が聞こえた。
「あっ、はーい!」
そう言って私は足元の籠を背負って、こぼれないように荷台から降りた。
「エイミーさん、こんな所まで本当に・・・、ありがとうございました!」
私が深々と頭を下げると、
「いーよいーよ!私も一応ニブルに行きたかった所だし!
おっと、忘れ物はしないでね?ここまで届けるのは流石にめんどうよ?あははは」
エイミーさんはいたずらな笑顔を浮かべて笑ってくれた。
「あはは、大丈夫です!ちゃんと全部持ちました!
でも本当に・・・、お家に泊めてもらったり・・・、送ってもらったり・・・」
私がどう感謝していいか分からずまごまごしていると、
「ううん、本当に気にしないで。
私もライラちゃんとたくさんお話し出来て楽しかったわ!
それじゃ、またね~」
エイミーさんはそう言って馬車を切り返すと、背中越しに手を振りながら去っていった。
「ありがとうございました~!エイミーさんもお気をつけて~!」
ちなみに、ニブルは私たちが住むウルク王国の城下町の事で、
彼女は一応、そこに用があるらしかった。
一応・・・と言うのは、どうやら私を送っていくために作ったみたいだっただから・・・。
そしてなんと言っても彼女は、100キロ以上離れた自分の住む村から
私の住む所まで、私を運んでくれたのだった。
エイミーさん・・・、なんと優しい人なのだろうか・・・。
私は馬車が小さくなるまで手を振って、
少し高い丘の上にある家・・・自宅へと歩き出した。
とぼとぼ歩く私は、ふと振り返り、丘の下に広がる平野を見つめて呟いた。
「・・・それにしても、今回は本当に大変だったなぁ・・・。
まさかあんな遠くに行くことになるなんて・・・。
その日に帰るつもりだったのに、三日もかかっちゃった・・・。
親方、心配してるだろうな~・・・。
まあでも!おかげでたくさん採れたし!とにかくお家お家!」
私は気持ちを切り替えると歩みを進め、ほどなくして家の前に着いた。
「ふぃぃ~・・・。やーーーーっと帰ってきた~・・・」
私の家は、横に工房が建てられている。
それは私の育ての父であり、親方のロハイが鍛冶屋をやっているからだ。
その影響で私も鍛冶屋を目指しているのだけど。
「あれ・・・?それにしてもずいぶん静かだな・・・。親方、家にいるのかな?」
今はまだお昼前で、この時間は普段であれば親方の鉄の打つ音が聞こえてくるはずなのに、
丘の上は静寂に包まれていた。
とりあえず私は家のドアを開けると
「親方~!親方~!!ただいま戻りました~!!」
と、叫んだ。
しかし返事はなかった。
「あれ、いない・・・?
・・・工房かな?」
私はすぐに隣の工房のドアを開けて、
「おやかっ、」
と言いかけて、
「ムプッ!!」
と、出かけた声を慌てて自分の手で押さえた。
「っぶな~い・・・、・・・・、ゴクリ。
・・・・よし、セーフ・・・」
そして工房が静かなのを確認すると、ホっと胸をなでおろした。
なぜそんな事をしたかと言うと、
工房で大きな音を出すと、親方に怒られるからだ。
なんでも、エレメンタル・・・っていう、
精霊さんの力を借りて火を操っているらしく、
とくに火の操作はとっても繊細な作業らしい。
だから操ってる時に気が散ると、とっても危ないんだとか。
私には出来ないからよくわからないけど・・・。
ちなみに何回かやらかして、そのたびにたんこぶを作られたのは内緒。
痛いんだよなあ・・・、親方のゲンコツ・・・。
「親方~・・・いる~・・・?」
今度はおずおずと声をかけてみるも、返事は無し。
仕方なく私は籠を背負いなおし、L字になった工房の奥へ進んだ。
角を曲がると、机の上に兜や鎧、盾などの様々な防具が並べられていた。
奥を見ると、親方が窯の前で火の調節をしていた。
ガサゴソと中の炭をいじってからふいごの器具で少し火を強めると、
火に向かってかすかに
「火の精霊よ・・・」
と、呟くのが聞こえた。
すると、
ブオォッ!!
と窯の中から火が吹き出し、そのまま轟々と燃え出した。
親方はとても集中しているようで、私に気付かないまま火の調整を続けた。
私は親方の邪魔をしないよう、
そばにあった机の上にそーっと籠を置いて、机に寄りかかった。
・・・、その時だった。
ミシミシミシ・・・っ
「ふぇっ?」
ベキッ!!
「わわわっ」
バキバキバキバキッッッ
「わーーーっ」
ドゥワングワシャーン!!!!!!
ゴロゴロゴロゴロ・・・
盛大な音を響かせながら、私は机の上の物と一緒にひっくり返った。
「いてててて・・・」
周りを見ると防具は散乱し、机はぺちゃんこになっていた。
「あわわわわ・・・・」
私はハっとして親方を見ると、
火の調節をしていた親方は窯の前で固まっていた。
窯の中の火は、
ゴウウッゴウッボボボボッゴワァ!!
一瞬強くなったかと思うと、
プスプスプスプス・・・
完全に消えた・・・。
と同時に、
バタッ
と、親方は倒れた。
「お、親方!だ、大丈夫ですか!?」
「ぬうう・・・」
声をかけると親方は唸りながら目をくるくるさせていた。
いつも険しい顔してるけど、これはちょっと可愛いかも・・・。
などと考えていると、
「ウグググ・・・。オォ・・・?」
親方が意識を戻した。
「あっ、親方!良かっ!?」
声をかけた直後、頭のてっぺんに衝撃が走った。
ゴンッ―
「イデッッッッ!!」
巨大なゲンコツが、私の頭に落ちたのだった。
今度は私が目をくるくる回すことになってしまった・・・。
私は何故だか体だけは頑丈で、滅多に傷も出来ないのだけど、
親方のゲンコツは何よりも痛くて、いつもたんこぶが出来てしまう。
(ううう、痛い・・・!)
「うぅっ、す、すいません!ま、まさか机が壊れるなんて思わなくてっ・・・!」
私が頭をさすりながら言うと親方は、
私と後ろの散らかった部屋を交互に見て、
「はぁ・・・、まったくおめぇは・・・。
今更言いたくもないが・・・、
おめぇも職人を目指すってんなら、精霊にもっと敬意を持ちな・・・」
と言って、私をジロリと見た。
ひぇー怖い!!!ごめんなさい!!!
そして親方はまた火起こしの準備を始めてしまった。
「お、親方!!ごごご、ごめんなさい!!!本当にごめんなさい!!
あ、あのそれで!」
火を付けなおそうと準備を始める親方を見て、私は工房に来た理由を思い出し
「採ってきましたよ!!星空石!!!」
と、慌てて告げた。
「ん?おぉ、そうだったそうだった!
・・・それにしてもおめぇ、大丈夫だったのか・・・?」
と言うと、急にいぶかしげな顔になった。
「おめぇが出て行って次の日だったか・・・、
ギルドが使えねえって話が新聞に出ててな・・・、
そんな連絡受けた覚えもなかったし、
おめぇも中々帰ってこねえもんだから、流石に心配してたんだが・・・。
何はともあれ、よく帰ってきたな」
そう言うと親方は、
「おかえりライラ。ご苦労さん」
と言って、大きな手で軽く撫でてくれた。
厳しくも優しい親方の手に、私も安心してはにかんで見せた。
しかし安心したのも束の間、
「どれ、見せてみな」
と言われ、私はギクっとして、
「あっ・・・アハハ、こ、ここに・・・」
苦笑いを浮かべながら、さっき起こった有様を見せた。
「おめぇは・・・、はあ、まったく。仕方ない・・・、片付けながら見るとしよう・・・」
「は、はい!」
床に転がった大小さまざまな鉱石を、私たちは一つずつ確認しながら拾った。
その中に、鈍色の光を放つ、子犬ほどの鉱石が数個、転がっていた。
部屋の明かりを浴びたその石は、一層に不思議な光を放っていた。
それを見た親方は目を見開いて石を手に取り、少し興奮した様子で
「おめぇこりゃあ・・・、とんでもねえ、ミスリルじゃねえか。
・・・おいおい、こんなもん・・・一体どこで取って来たんだ・・・?」
と、怪訝な顔をしつつも、嬉しそうに聞いてきた。
「えへへへ・・・。えーっと、それはねぇ・・・」
仕事の成果を褒められて満更でもない顔で私が語り始めようとした時、
親方はまた何かを見つけ、呟いた。
「はて・・・、なんだこりゃあ・・・?
おめぇさん・・・、本当にどこへ行ってきたんだ?」
親方の問いかけの答えは、三日前に遡る。―
果たして、ライラはどこへ行っていたのか。
そして冒頭の涙のワケとは・・・。
っていうかまず星空石見ろや。
読んでいただきありがとうございます。
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