第四話「仲間たち」
若い男女の二人組が、部屋に入ってくる。
男の方は、黒のTシャツに青いジーンズ。女の方は清楚な白いブラウスと緑色のキュロットだが、髪が少し茶色がかっているのは、染めているのだろうか。
「ねえ、やめようよ。ほんとに何か出そうだわ……」
「大丈夫、俺がついてるさ!」
「でも、色々と事件があった、って噂でしょう? つい最近も、ここを訪れたカップルが、逃げ込んでいた強盗犯に刺し殺されたとか……」
「しょせん噂だろ、そんな話」
と、男が軽く返した時。
「いやあぁぁっ!」
驚きの声とは違う、甲高い悲鳴を口にして。
女は、部屋から飛び出していく。連れの男を、その場に残したまま。
少しの間、男は呆気にとられて、その場に突っ立っていたのだが、
「おい、待てよ!」
と、女を追って、部屋を出ていった。大きな足音を響かせて。
そんな二人の挙動が、新たな衝撃となったらしい。脆くなっていた天井の一部がさらに崩れて、人間の頭くらいの瓦礫が一つ、上から落ちてくる。その落下場所は、奇しくも、先ほどまで男が立っていた場所だった。
結局、後に残ったのは……。
「今回の二人組、特に女の方。結構、霊感あったみたいだな」
「そうだね。よっちゃんが頬を撫でたら、あの有様だもんなあ」
「浩太たちの時なんて、二人とも霊感ゼロ。俺たちが肩を叩こうが足を掴もうが、全く気づいてもらえなかったからなあ」
「『そっちは危ないぞ、近寄るな!』って、せっかく警告したのにね」
俺をからかう仲間たち。
当然、みんな生者ではない。死者たち、つまり幽霊だ。
そう。
今の俺は、この廃ホテルに漂う幽霊たちの一人になっていた。
先ほどの二人組の会話に出てきた、逃げ込んでいた強盗犯に刺し殺されたカップル。それが、俺と玲子のことだった。
幽霊を見に来て自分が幽霊になってしまうなんて、とんだお笑い草じゃないか!
しかも、最愛の玲子は、今ここにいない。地縛霊になった俺とは異なり、玲子はアッサリ成仏してしまったのだ。
彼女にベタ惚れだった俺は、常々「死が二人を分かつまで」と思っていたわけだが、それは言葉の綾というもの。実際には『死が分かつ』ではなく、死んでも一緒のつもりだった。玲子さえ一緒ならば、地獄だって極楽気分のはずだった。
それなのに……。
ああ、玲子! なぜ俺を残して、君だけ先に成仏してしまったのか!
そんな俺の胸の内を察したかのように、仲間の幽霊の一人が、ニヤリと笑う。
「それだけ、あんたの未練が強かった、ってことだよ」
「いや浩太の場合、『未練』とは少し違うような……」
「いいじゃねーか。未来永劫、ここで仲良くやろうぜ!」
慰めの言葉をかけてくれる幽霊もいるのだが……。
それで気が晴れるような俺ではなかった。
衣装戸棚に隠れていた強盗犯。
それが包丁を手に飛び出してきて、俺の胸を刺した瞬間。
俺は思ったものだ。
やはり危険な場所だった、と。
いくら玲子の頼みとはいえ、来るんじゃなかった、と。
強い後悔。痛恨の念。死ぬ間際の俺の魂に、それが強烈に刻まれてしまった以上、残念ながら、もう成仏は出来ないらしい。
だから……。
俺たち幽霊に出来ることなど、一つしかない。
今日も俺は、仲間と共に、人間を脅かすのだ。肝試しに来た連中を怯えさせて、彼らが危ない目に遭う前に、この廃ホテルから追い返すのだ。
そう。
これ以上ここで、誰かが事件や事故に巻き込まれて、命を落とすことがないように。俺たち幽霊の仲間入りをしないように……。
(『廃墟探訪』完)