第三話「ホテルの客室」
そして今。
俺と玲子は、廊下の探索に続いて、廃ホテルの一室に入ってみた。
このホテルが客で賑わっていた頃には、宿泊客のために毎日きれいに掃除されていた部屋のはず。だが、もはや当時の面影もなく、荒れ放題になっていた。
壁紙が剥がれている部分は、まだマシな方だろう。壁そのものが壊れて、中の建材――黄色いウレタンのようなもの――が剥き出しになっているところもあった。
足元に目を向ければ、床に投げ出されているのは、ベッドから外されたマットレス。穴が空いて、螺旋状の金属が飛び出している。その先端は尖っており、刺さったら怪我しそうだ。寝心地を良くするためのスプリングも、こうなってしまうと、単なる危険物に過ぎない。
「やっぱり、本物は違うな……」
玲子とは異なるニュアンスで、似たような言葉を口にする俺。
作られたアトラクションのお化け屋敷ならば、利用者の安全性には十分配慮がなされているはず。だが、ここのような自然の廃墟は管理されていないから、そうもいかないのだ。
だから、自分たち自身で注意しないと……。
そう思って、改めて気を引き締めた時。
玲子が緊張を強める気配。それが、しがみつく腕を通じて伝わってきた。
懐中電灯の光は前方に向けたまま、軽く振り向いて尋ねる。
「どうした?」
「ねえ、浩太。なんだか、視線を感じない? 誰かにジーッと見られているような……」
「怖いこと言うなよ、おい。ここには、俺と玲子しかいないじゃないか」
俺にしろ玲子にしろ、霊感なんて持っていないはずだ。たとえ幽霊がいたとしても、俺たち二人には、わかりっこない。
そもそも幽霊の存在なんて信じていない俺だったが……。玲子にそう言われてしまうと、場所が場所だけに、少しは「何かがいる」という気分になってきた。
「いやいや。そんなはずないだろ……」
口に出して、その考えを否定しながら。
懐中電灯を動かして、一通り、部屋の中を照らしてみる。
すると。
「そういえば……。トイレの扉を開けるとお化けが出てくる、って都市伝説、あったわね」
と言い出す玲子。何を見てそう思ったのか、推測は難しくなかった。
たった今、光に照らし出されたもの。それが目に入ったのだろう。
候補は二つ。一つは、浴室へ通じる扉。もう一つは……。
「あれって、クローゼットよね?」
右手で俺の左腕を掴んだまま、玲子が左手で指し示したのは、壁に内蔵された衣装戸棚だった。周りの壁が崩れかけている中、そこの戸板には大きな裂け目もなく、ほぼ無傷のクローゼット。かえって周囲から浮いて、悪目立ちしていた。
浴室ではなく、そちらから玲子は視線を感じたのだろう。俺にはよくわからなかったが、それでも、彼女に対して一つ頷いてみせてから。
そろりそろりと、二人でクローゼットに近づいていき……。
「いいな? じゃあ、開けるぞ」
確認の意味で玲子に声をかけながら、俺が扉に手を伸ばすと。
俺の手が触れるよりも早く、勝手に開く扉。
そして中から、白い影が――幽霊とは思えぬくらいにハッキリとしたそれが――飛び出してきた!