表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二話「恋人にせがまれて」

   

 発端は、一週間前の遊園地デートだった。

「やっぱり、作り物ってわかってると、あんまり怖くないわね」

 あるアトラクションの出口で、玲子れいこが呟いたのだった。

「えっ、怖くなかったのか?」

「うん、全然」

 そこは、かなり大きめのお化け屋敷。『夏の恐怖体験!』と銘打たれており、掲げられた看板には、おどろおどろしいモンスターが描かれている。

 別に俺は興味もなかったが、玲子れいこが「入ってみよう」と言い出したのだ。実際に入ってみると、暗い中を恋人と二人で歩き、時々恋人が俺に抱きついてくるというのは、なかなか楽しい体験だったわけだが……。

玲子れいこちゃん、何度も『きゃっ!』って言ってなかったか?」

「あら、それは違うわ。わっと驚かされて、びっくりしただけよ。驚愕と恐怖は違うもの」

「ああ、そういうことか」

 納得の笑顔を俺が返すと、

「どうせお化け屋敷なら、こういう人工のお化け屋敷じゃなくて、今度は本物の幽霊が出るところに行ってみたいわね」

 デート中なのに、次回以降のデートの話をし始める玲子れいこ

 いや『本物の幽霊が出るところ』なんて現実的な話とは思えないから、『次回以降のデート』というわけではないのかもしれないが……。

 俺にしてみれば。

 玲子れいこと二人で遊びに行けるのであれば、行き先はどこでも構わない。それくらい、俺は玲子れいこにベタ惚れだったのだ。それこそ「死が二人を分かつまで」と宣誓したいくらいに。

 何しろ玲子れいこは、女性と縁のない十代を過ごした俺が、二十歳はたちを過ぎてようやく出来た、生まれて初めてのカノジョだったのだから。


 一人暮らしの大学生同士が付き合うと、こうなるのが普通なのだろうか。

 いつのまにか玲子れいこは、俺の部屋に居着くようになり、彼女自身の部屋へ戻るのは、一週間に一度か二度くらいになっていた。着替えなどの私物も、俺の部屋に持ち込み済み。夜は一つのベッドで抱き合って眠る、という状態だが、欲情するような『抱き合う』ではなく、穏やかな幸せに包まれるような『抱き合う』の方だ。

 そして、今夜も、そんな感じで寝るつもりだったのだが……。

「ねえ、たまには少し、夜更かししない?」

「夜更かし……?」

「そう。夜のドライブデート! ちょっと、これ見て!」

 玲子れいこが俺に見せたのは、インターネットの不気味なサイトだった。

 オカルトとか心霊現象とかを扱ったサイトらしく……。

 その中に書かれていた一つ、廃墟となったホテル。そこに玲子れいこは関心を持ったらしい。

 とりあえずタイトルだけ、声に出して読んでみた。

「『連続怪死事件の舞台となったホテル』……?」

「ほら、面白そうでしょう? 本物の幽霊、見られるかも!」

 玲子れいこの言葉を聞き流しながら、黙って続きに目を通してみる。


 連続怪死事件といっても、実際には立て続けに起こったわけではなく、ある程度の期間を置いた三件の事件。家族旅行に来たお父さんが入浴中に心臓発作、二泊三日で宿泊予定のカップル二人が二日目に崖から転落死、部下と上司の不倫旅行中に大喧嘩となり女が男を刺殺、の三件なのだが、問題は三つとも同じ部屋の宿泊客だったこと。

 ホテル側では、以降その部屋は封印して、いわば開かずの部屋とすることで対応。どんな繁忙期でも絶対に使用禁止としたのだが……。

 今度は、他の部屋でも怪死事件が起こり始めた。

 こうなると「ホテル自体が呪われている」という噂が広まり、客が寄り付かなくなる。結果、そのホテルは潰れてしまい、今は廃墟となっているのだという。


「うーん……。読み物としては、確かに面白いだろうけど……」

「私、前に言ったわよね。本物のお化け屋敷に行ってみたい、って」

 実際、玲子れいこと同じようなことを考える人は、結構いるのだろう。

 廃墟となった後、心霊スポットとして、多くの人々が探索に訪れており、幽霊の目撃談もある、と書かれていた。しかも、そうした人々の中には、そのまま行方不明になった者までいるそうだ。

 そこまで書かれると、俺としては、少し眉唾に思えてしまう。箔を付けるために創作話が加わったとか、噂に尾鰭おひれが付いているとか、そんな感じだ。

「その廃ホテルなら、ここから車で一時間くらいの場所よね? ちょうどいいと思わない?」

 俺に同意を求めるような口調だったが、もはや玲子れいこの心の中では、行くこと自体は決定事項なのだろう。俺が反対するはずもない、と顔に書いてあった。

「それで、いつ行くつもりだ? 『たまには夜更かし』とか『夜のドライブデート』とか言ってたが、まさか、今から……?」

「そう、もちろん、今これからよ!」

 そういえば。

 玲子れいこが着ているのは、赤いワンピース。近場へ遊びに行く時に好んで着る服であり、間違っても部屋着などではなかった。

 一方、俺は、もう寝るつもりだったから、寝間着兼用のシャツと短パンだ。「いやいや。もう真っ暗だぞ。こんな時間に、そんな廃墟に行くのは……」

「暗い夜だからこそ、雰囲気が出るのよ、こういうのは! 幽霊だって、きっと昼間は出てこないわ!」

 明るいテンションで、俺の言葉を遮る玲子れいこ

 まあ、肝試しは普通は夜間に行われるものだから、その理屈はわからないでもないが。

 それでも俺が渋い顔をしていると、

「もしかして浩太こうた、怖いとか危ないとか思ってるの?」

「そんなわけないだろ」

 玲子れいこが少しニヤニヤ笑いを浮かべながら言うので、反射的に、そう返してしまった。「怖い」とは思わずとも「危ない」という考えは確かに浮かんだのだが。

 俺は幽霊の存在なんて信じていないが、でも『廃墟』だったら、浮浪者やホームレスの根城になっている可能性はあるよなあ……?

 それでも。

 玲子れいこは、俺の言葉を真に受けて。

「じゃあ、決まりね! 早速、行きましょう!」

 と、俺の腕を引っ張る。

「わかった、わかった。せめて服だけは着替えてから……」

 彼女にベタ惚れの俺は、結局、玲子れいこには逆らえなかったのだ。

   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ