第一話「廊下を進む」
「やっぱり、本物は迫力あるわね。浩太も、そう思わない?」
俺の左腕にしがみつく玲子の声は、少し震えているようにも感じられた。
セリフそのものだけならば、面白がっているようにしか聞こえないのだが……。もしかすると、彼女の心の中には、恐怖感も存在しているのかもしれない。
「ああ、そうだな」
当たり障りのない言葉を返しながら、チラッと彼女の方に目をやる。
スレンダーな体型に、不釣り合いにならない程度の豊かなバスト。艶やかな長い黒髪と、細面の顔立ち。くりっとした瞳に、すっとした鼻筋。恵まれた容姿の持ち主、と言って構わないだろう。やや厚めの肉感的な唇だけは、好みの別れるところかもしれないが、俺から見れば「色っぽい」ということで、それもチャームポイント。
今夜の玲子は赤いワンピースに包まれており、ペアルックというわけではないが、俺も彼女にあわせて赤いシャツを着て来ている。
俺の大好きな玲子は、外見的には、いつも通りの凜とした姿だった。それを確認してから、俺は視線を戻し、意識を周囲に向けた。
打ち捨てられた廃ホテルに電気が通っているはずもなく、元々の照明設備は使えない。それでも真っ暗闇ではないので、どこからか月明かりが差し込んでくるようだ。
窓もない廊下を歩いているのに……。少し不気味に思うが、壁や天井が破損して、夜空と繋がっている箇所がある、ということなのだろう。
「歩きにくいから、気をつけろよ」
「うん、わかってるわ」
玲子の返事を耳にしながら、瓦礫が散乱している足元を、右手の懐中電灯で照らす。
薄汚れた絨毯は、かつては鮮やかな赤色だったのかもしれない。だが今は、埃や塵にまみれて、もはや見る影もない有様だった。
「それにしても……。崩れ落ちた壁とか、天井板の破片とか。そういうのをかき分けて進むのって、なんだか障害物レースみたいね。ちょっと楽しいわ」
面白がっているのは、虚勢を張っているだけ……。そのようにも聞こえて、内心で苦笑する俺。
また「ああ、そうだな」と返しそうになったが、全く同じでは心がこもっていない返事に聞こえそうだ。だから、別の言葉を口にする。
「障害物レースというより、二人三脚じゃないか? 今の俺たちの密着ぶりって」
「あら!」
さらにギュッと、俺にしがみつく力を強める。それが玲子の返事だった。
ああ、腕に当たる胸の感触! 意識すると、少し興奮してしまう。
場違いな感情が、心の奥底から湧いてきた。それを拭い去るかのように、軽く頭を振りながら、俺は考える。
そもそも。
なぜ俺たち二人が、こんな廃ホテルの中を探索しているかというと……。