プロローグ承 出会い
「遠征にでるぞ」
タクトは三匹のスライムに話しかける。
タクトの目覚めから一ヶ月ほどが経過していたが、世界はとにかく平和であった。
魔王城は山頂付近に位置し、特殊な結界によって一般人が入れない、らしい。
とはいえ魔王不在につき絶賛観光地と化している始末。
遠くから聞こえる牛の鳴き声と子供の笑い声。
ハ○ジ的な少女でもいるのだろうか。
「えーっと・・・スラ吉」
「私はスラ美ですわ、魔王様」
「悪いな、違いが全くわからん」
「んもう、魔王様ったら。ひどいお・ひ・と」
これを淫靡なサキュバスにでもやってほしかったよと言う言葉は心にしまった。
「そろそろお前達の実力が知りたい、手始めに近くの町を征服するぞ」
「さっすが魔王様!カッコイイ!」
「お前は・・・スラ男!」
「スラ吉でっす・・・」
「すまん・・・」
因みにスラ吉はタクトの中では最も仲のよいスライムであった、顔こそ覚えられていないが。
時にはともに魔王城の酒蔵で酒をしこたま飲み、時には山の散策に一緒に行き山菜を取り。
「俺達のしているのはもはや老人の生活だ!」
「だって魔王様優しいんですもの・・・」
前魔王の印象を引きずっていたであろう魔物との距離も現魔王タクト政権に代わりその
人間のような性格からか確実に近づいていた。
今となっては畏怖の眼差しなど皆無。親しみやすい上司、くらいの立ち居地でしか
見られなくなっていた。
「俺は優しくなど・・・!だから!今度こそ攻めに出るのだ!」
「それでこそ・・・それでこそ魔王ですぞ!!」
骸骨男がけたたましく音を立てタクトのほうに転がってくる。
「この一ヶ月ダラダラダラダラすごし続けた魔王様を見て正直殺してやろうかと何度も
何度も何度も頭をよぎりましたが・・・このケルト耐えた価値があったというものです!」
「物騒なこと言うなよ・・・俺にも心の準備というか・・・」
「さあ行きましょう!即断即決即行動!いきますぞ~~~!」
「なんだかあいつが一番張り切ってないか?ケルトって名前だったんだ・・・」
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人口は、百人近くだろうか。
山をくだり、森を抜けた先に見える集落。
集落の周りには農作業をする者達。
林の茂みの中にタクトと魔物四体は身を隠す。
「よし、スラ男。お前の実力をみせてやれ。」
「俺ッスか!う・・・ううう。戦闘は自信ないんスよ・・・」
「大丈夫だって」
「嫌ッス!嫌ッス!俺最終決戦のときだって厨房でスイカのフリしてたんスよ!
勝てるわけないッス!」
「いいから・・・」
「無理ッス!」
「行け!」
タクトは杖を振るう。
「あ!卑怯ッス!う。う、うう!身体が!」
スラ男の身体が震える。
茂みから飛び出し興奮したスラ男がこちらを振り返る。
「うおお!急に人間に勝てる気になってきたッス!やってやる、殺ってやるッスよ!」
「その意気だ!」
勢い良く飛び出し、農作業をしている中年男にスラ男は体当たり!
男は勢い良く転ぶ。
「やったッス~!」
うれしそうな声が遠くから聞こえる。
「初めて人間を倒したッス!俺もこれでいっちょまえのスライムとして!」
「後ろ!後ろ!」
「み゛!」
スラ男の頭にスコップがめり込む。
「よくもやってくれたな!この害獣が!この!この!」
「スラ・・・おい・・・」
スラ吉とスラ美はガタガタと震えていた。
あ、同レベルか。と悟る。
「スラ男~~!お前弱すぎるよ!!」
タクトは茂みから飛び出し中年男の目の前にスライディング。
プライドなき土下座を慣行する。
「何だァ・・・お前」
「スマン!離してやってくれ!そいつは俺の・・・俺の・・・」
「あ・・・?なんだよ」
明らかに怒り心頭といった表情でこちらを見る。
「ペ、ペットなんだ・・・許してやってくれ。たぶん魔が差したんだと思う。
魔物だけに、ハハ。飼い主として謝る!このとおりだ!」
「魔物がペットォ~?ブハハハハハ!おもしれェ兄ちゃんだ!正気じゃねえ~!」
嘲笑。
侮蔑する瞳。
腹を抱え笑い転げる男はスラ男の頭を踏みにじる。
「足、どけてくれないか。それに俺何かおかしいこと言ってるか?」
「魔物をペットなんて、無理無理!スライムだからまだ飼ってるつもりに
なれてるのかも知れねえけどよ!」
「スラ男はいい奴なんだ。飯だって作るのが一番うまくて」
「魔物が飯~?夢でもみてんじゃねえのか?ギャハハハハ!そいつらが人間になつくはず
なんてねえよ!生まれながらにして魔に落ちてる屑だぜ!ハハハッ!」
その言葉がタクトの逆鱗に触れる。
そんな筈が無いだろうこの気のいい奴らが人間になつくはずが無い?
馬鹿を言うな、壁を作っているのは貴様達人間の方だろう。と心から怒りが溢れる。
誰の感情だ?俺か?そうか一ヶ月だけの思い出だがそれでもタクトは自身の想像以上に
自分の周りの魔物に愛着がわいていたらしい。と彼はこの感情を消化した。
「お前、不快だな」
男が後ずさる。
「な、なんだお前、身体が、どんどん黒く・・・」
「もう、いいか。死・・・」
「どうされました?」
若い女の声。
振り返ると長いブロンドの髪を一まとめにした小柄な少女。
「ライト!お前が来てくれりゃ安心だ。コイツが魔物をペットだとか
訳のわからんことを抜かしてて!」
「まぁ」
「それをありえねえ!って笑ってやったら逆切れしやがって!イっちまってるぜあいつ!
お前が来なかったらどうされてたか」
「落ち着いて。後は私にお任せください」
男は悪口をはきながら足早にその場を立ち去った。
「さて、煩いのは行きました。貴方達もさっさと家に帰ってください」
ライトと呼ばれた少女はスラ男を抱くタクトを何の指摘もせず、気味悪がる素振りもない。
「・・・アンタはおかしいとは思わないのか」
「おかしいとは思いますよ。ただ、私のしていた旅で魔物と共存する集落を
見たことがあります。だから私は貴方達を馬鹿になんてしません。」
ライトと呼ばれた少女は物憂げな表情を見せる。
「この村では理解は得られないとおもいますけどね。貴方達はどこから?」
「魔お・・・山の方から」
「なるほど、放牧をされている方々の。であれば納得ですね。低級の魔物と共存することが
できれば狼退治にでも利用できるのかもしれませんね」
「・・・そんなところだ」
スラ男が苦しそうに服を引く。
早く引き上げたいのだろう。
「どうやら貴方に本当に懐いているようですね・・・」
ライトがスラ男に手を伸ばす。
「魔王様、早く回復薬をとりにいこう。死んじゃうよ」
「ピーピー鳴いて、甘えているのかしら」
どうやらスラ男の声はタクトにしか理解できないらしい。
「そのようだな・・・すまん、今日は助かった。俺も頭に血が上ってたよ」
「いえ、でも今後この村に来るときは魔物は同伴せずでお願いしますね」
「ああ」
「お名前」
「・・・ん?」
「教えていただけます?」
ニコリ、と手を差し伸べられる。
握手の習慣は異世界でも共通らしい。
「俺はタクトだ」
「私はライト、また会う日まで」
林の茂みの中には未だに震えている骸骨とスライム二体。
「お前ら、今日から修行だな」






