男の嫉妬は見苦しい
六時前に集合、という事で、僕は一時間早く来ていた。集合時刻ギリギリに来るよりは早く来た方が意欲が高いとみなされるだろう。僕が一番乗りなのは自明の理として、誰が一番早く来るだろうか。内裏は『待つのが馬鹿らしい』という理由からギリギリに来るらしいから、彼は無い。我妻先輩は直ぐ来ると言っていたが、途中で学校の先生に髪を染めた事を咎められていたので(しかも初犯じゃない)、本人の言葉とは裏腹に絶対素早くは来れない。
となると御影先輩かクオン部長か、はたまた萌か。僕個人の意見では萌が良い。萌が一番早く来てくれれば、他の人が来るまで僕達は二人きりの時間を過ごせる様になる。また、他の人達が来ても一番早く来ているという事実が評価点に繋がるので、損はない。
「あれ、藤浪君! 早いね!」
萌ッ!
やはり運は僕に向いている。僕は直ぐに振り返ったが、そこで声が聞こえた方向が明らかにおかしかった事に気が付いた。声が聞こえたのは坂の方ではなく校舎の方。九蘭高校の出身でも無ければ聞こえる筈がない方向なのである。
僕の予想は正しく、萌は校舎の方から満面の笑顔で近づいてきた…………クオン部長と一緒に。
「あ、も、萌……! 何で、そっちから……」
「実は『シュウキ』の噂が真実かどうか気になってる学生がこの高校にも居るらしくてな。どうしてもと頼み込まれてしまっていた所だ。まあ、本来なら許可は絶対しないんだが、情報提供者という事もあってな……」
「部長、終始押されてましたもんねッ」
「言うな。不法侵入を通報するとか言い出したんだから仕方ないだろう。怪異には対処法があるが、警察への対処は法律でしか無理だ。そして残念ながら、俺は法律には詳しくなくてな。捕まった日には弁護士に頼る必要がある」
かなり話がズレているが、そういうことを聞きたいんじゃない。どうして自分の学校でもない場所から出てきたのか、と聞いているのだ。情報提供者に頼み込まれたという話も、別の場所で会えばいいだろう。何故わざわざ入った。
喉まで言葉が出掛かるが、ここまで話がずれ込むと修正は不可能だと思い、やめた。僕が一番早く到着出来ていない時点で 全ての計画は頓挫している。何もかも台無しだ。全ては萌と部長が僕より早く来ていたから……いや、萌は悪くない。別に彼女だけが来る分には良かった。
全てはクオン部長が悪い。
萌に悪い点があるとすれば、それは僕みたいな欠点らしい欠点が交友関係くらいしかない男子と付き合うのではなく、胡散臭い部活の部長を務める彼に尻尾を振っているという事だ。自分の顔すら部員に見せられない男の何が良いというのだろう。僕には全くそれが理解出来ない。
「……因みに、その情報提供者は何処に? 同行するんですよね?」
「ああ。しかしここの学校の生徒だ。一旦裏門の方から帰宅してもらって、改めて来るように命じた。俺達が早く来すぎただけで、後一時間後には間違いなく来るさ。まあ来なかったら置いてくだけだがな」
「酷いですね。それが情報提供者に対する仕打ちですか?」
「そんな事を言われる筋合いは無いな。お前達は部活動として来なければいけないが、あっちは行きたいとせがんできたんだ。それを渋々承諾した。君にも言ったが、俺達の活動は命に関わる。巻き込まないで済むならそれに越した事は無いんだよ」
馬鹿馬鹿しい。
ゲームか何かの脅し文句か。そう簡単に命に関わってたまるかという話だ。ここは戦時中の国ではない。平和が保証された国だ。
「あ、私は行きたくて行ってるんですからね!」
ほら、見ろ。本当に命に関わっているなら萌もあんな嬉々とした表情を浮かべる筈がない。結局全部茶番なのだ。あんな小さい女の子が生きるか死ぬかの狭間に囚われて、あんな表情が出来る訳が無い。まして女子高生。僕が守らなきゃいけない存在だ。
肝が据わっている道理は無い。
「…………しかし、暇だな。流石に早く来すぎたか」
「それは僕も思いました。六時までどうしますか? クオン部長は家に帰ってもいいですよ、僕は萌と遊んでますから」
「部長たるもの、部員よりも先に到着するのが基本だ。男は背中で語るとも言うだろ。その言葉の意味とはな、先頭を歩く姿を示す事で、部員に俺が部長たる所以を知らしめる為だ」
「え、部長って男だったんですかッ?」
「逆に考えろ、こんな女が居たら怖いだろ」
部長は腕を捲り、オカルト部にしては随分と鍛え上げられた筋肉質な腕を見せつける。僕の偏見だが、オカルト部は肌が青白くて身体もガリガリで、頬はこけていると思っていたので、萌にしても部長にしても、どうしてそこまで体つきが優れているのだろうか。僕の方がよっぽどオカルト部じゃないか。
いや、萌はちんちくりんだが。
「じゃあ顔見せてください!」
「お前もいい加減しつこいな。俺の顔がそんなに見たいか」
「見たいです!」
完全に蚊帳の外に居る僕だが、それでも萌が目をキラキラさせて部長を見ているのだけは分かった。それが男を見る目ならば僕は絶対許さないが、好奇心全開の目についてとやかく言うつもりはない。確かに僕も部長の顔は気になる。
「私達オカルト部の間では、部長の顔の存在について疑問視する声も高まっています!」
「顔の存在ってどういう事だよ」
「のっぺらぼう説とか! 顔のパーツがバラバラとか!」
「俺は福笑いか。そこまで気になるなら勝手に調査したらどうだ。止めはしないぞ」
「もうしてますッ。でもぜんっぜん情報が集まらないんですよ!」
「集め方が悪い。俺の友達に聞けば一発に済むのにな」
……友達?
このうさん臭さ全開の部長に、友人がいるというのか?
「友達って誰ですか! 教えてください!」
部長の素顔を知りたくて仕方ない萌は、食い気味に部長の肩を掴んで揺さぶった。だが身長差がありすぎて、揺さぶっているというよりは引っ付こうとしている様にしか見えない。大して揺れてもいない。
「断る。アイツは病弱だからな。会わせる訳にはいかない」
「む~やっぱり部長はケチですッ!」
「ケチで結構。こう見えても俺は優しいんだ」
自分で自分を善人だと宣う奴に善人は居ない。同様に、自分を優しいという奴ほど根は極悪だ。僕は彼が優しいとは思わない。本当に優しい部長なら、今すぐにでも僕の想いに気が付いて、萌とくっつける筈だから。
「戻れないと自覚して暴走している奴が、まあ例えば居たとしよう。戻れないって言うのは犯罪に加担したとか、人を殺したとか、誰かと大喧嘩して絶交したとか。だけど自覚っていうのは結構いい加減でな。その後の行動方針を確固たるものにする代わりに、視野を狭めてしまう。もしかしたら救えるかもしれない。俺は現代にジャックザリッパーが居たとしても、そこに救う余地があるなら救うだろう。愉快犯なら生かす余地はない」
さらっと物騒な事を言った気がするが、部長の表情は読めない。きつい表情を浮かべた狐面しか見えない。日常的に『殺す』だとか『死ね』だとか使う人間も居るが、だからと言って実際に殺す人間は極々一部だ。部長は果たしてどちらなのか。それは言うまでもないだろう。
―――高校生にもなって、しかももうすぐ社会人の癖に厨二病って。
出来もしない事を言う人間は、総じて痛いものだ。